2 Split Game ④

「それでは、ゲームのスタートでーす。パンパカパーン」


 同時に発砲音がして、再び悲鳴が起こった。人形が銃を撃ったのだ。福原は反射的に伏せたが空砲のようだった。

 しばしの沈黙。待っても、もう人形がしやべることはなかった。


「……動いてる」


 指差し言ったのはまいだった。

 時計の針が少しだけ動いていた。通常の時計の長針でいうと、一分経過した程度の角度。あの時計は一周一時間だと言っていた。一時間がタイムリミット。

 ──ゲームのスタートです。

 ゲーム? これはゲームなのか?

 福原は頭を振り、部屋の中を見つめた。ドアどうすると言った。あの二つの扉が出口なのだ。作動の条件もある。ボタンを押したプレイヤーが過半数となった時点で、扉が作動します、と。そして、作動するのは一回だけとも言った。

 まず思った。人形の言葉は真実なのか。そして、かんじんなことが教えられていないことにも気づく。何故なぜ自分たちがここにいるのか、それが一番知らねばならない、知る権利のある情報だった。

 しかし、そんな福原のこうとはうらはらに、室内の人間は人形の言葉に流された。

 金を持ちだすことができる。そんな言葉。

 もうひとつ。一時間後にここの場所に残っていたプレイヤーがいた場合、その中のプレイヤーの一人が首を吊られてしまう。

 つまり、ここからの脱出を果たしたプレイヤーは金を手にすることができ、残されたプレイヤーは死の可能性がつきまとう。

 そんなあめむちのような条件に、彼らは行動を開始した。

 すでに、ほとんどの人間が立ちあがり、再びドアを調べ始めていた。ドアノブのない二つの扉にむらがっている。

 部屋の中央には、先ほどまでしやべっていた人形がぽつんと取り残されたように座っている。ぼさぼさの髪にかくれた両目がかすかに光っていた。


「あなたは調べなくていいの?」


 振り向くと、少女がかべぎわに座ってじっとこちらを見つめていた。


まいちゃんだっけ?」


 彼女とふくはら以外は扉を調べている。先ほどまで舞をかばっていたも、トランク片手に扉を見ている。


「心配しなくても大丈夫だよ」


 福原は彼女の前にしゃがみ込み、やさしく言ってやった。十一人の中で彼女だけ飛び抜けて若い。次に高校生の福原となか西にしがおり、それ以外はすべて大学生以上の年齢だった。


「別に心配してないよ。ママかパパがきっと迎えに来てくれるもん」


 舞は言った。


「そうだね」


 福原はうなずきつつあんした。下手へたに状況を知ってわめかれでもしたら大変だった。

 舞は指示どおりにカードを胸にそうちやくしている。それを見て、ふと気づいた。カードの表示。イエスのタッチパネルは同じ。ただ、その上の数値。彼女の数値は0だった。福原は1である。この違いの意味はなんなのか。そういえば、イエスのタッチパネルの意味はわかったのだが、この数字の意味は教えられていない。まだ伝えられていない事柄があるのだろうか。

 情報が少なすぎた。福原は、舞に声をかけてやってから、自分もドアを調べることにした。

 片方の扉に近寄り、調べていたなかに声をかける。


「出られそう?」


 田中は首を振った。


「開かない。やっぱり電動だ、ほら」


 田中が指を差したのは、扉の下のゆかだった。床には半円のラインがあり、扉の下部とつながっている。要するに円の上に扉を置いたような位置になっているのだ。


「開く時どうなるのよ、これ」


 カオルがまゆを寄せている。


「回転するんだよ。この半円の床ごと回転する。ほら、にんじやかくとびらのようなもんだ」


 田中がそう説明した。もうひとつの扉も同じ感じだった。壁にターンテーブルが付いている。電動でテーブルが回転し、壁の一部が扉として回転するのだ。


「スイッチは、このカードというわけか」


 ふくはらはじっとカードを見つめた。ターンテーブルの上に乗り、カードのスイッチを入れどうさせる。そうすれば外に出られるということだ。要約すればとてもシンプルだ。


「イエスボタンを押すって言ってたわね。押してみる?」

「待ったほうがいいだろ。取り消しはきかないって言ってた」

「押すんなら、ドアに乗らないと」

「条件を満たさないと金を持ちだせないって言ってた」

「出ることが最優先だろ」

「半円の上に全員は乗れないぞ。多くても六人ぐらいだ」

「言われたルールどおりにやるべきだよ」

「分配ってなんだかわからないだろ」


 議論が交わされる中、福原は扉部分の壁を調べてみた。すでに他の連中が調べたとおり、動く気配はない。やはり電動ロックされているのだ。


「……ん?」


 福原は扉をさわりながら顔をしかめた。


「どうした?」


 議論していたなかがこちらを向いた。


「いや、ざわりがなんか変なんだ」


 福原は扉をごしごしとこすってみる。扉の上に何かりつけられているような感じだった。


「やっぱり」


 福原はうなずいた。扉と同じ色の紙が貼り付けられていたのだ。その紙の端をつかんでしんちようにめくる。紙はペリペリと音をたててがれていった。


「…………」


 扉には文章が書かれていた。


扉A プレイヤー要素の1|4の人間が脱出できる

この扉から脱出したプレイヤーは全ての金を持ちだせる


「四分の一だよな。どういう意味だ?」


 その文章をじっと眺めるプレイヤーたち。


「そっちの扉を調べてくれ」


 田中が向こうの扉近くにいた数人に言った。すぐに同じように扉が調べられる。


「……剝がれる」


 やはり、同じく紙ががれ文章が出現した。


扉B プレイヤー要素の1|2の人間が脱出できる

この扉から脱出したプレイヤーは金が半分減る


 それらの文章を見つめて皆は沈黙した。

 ふくはらは意味が理解できずに、ただ文章を見つめていた。わかったことは、どちらかのドアから脱出すること。選ぶ扉によって、持ちだせる金額に違いが出ること。

 扉Aから脱出すれば一千万をすべて持ちだせる。扉Bは五百万円となる。

 わからないのは、1|4だけ脱出できる、という言葉の要素。扉Bは1|2だけ脱出できる。

 どういう意味だ?

 そして十一人に何をやらせたいというのだ? 目的はなんなのだ?


「あれじゃねえか。プレイヤーを分配するとかなんとか……」


 言ったのは眼鏡めがねをかけたたきがわだった。


「そうだ、プレイヤーの二分の一が扉のBから脱出。四分の一がAから脱出。それでいいんだよ」


 なかが同意した。しかし、カオルが口をはさんだ。


「ちょっと待ってよ。そんな分配はできないわ」

「なんでだい?」

「だって、私たちは十一人じゃない」


 カオルはそう言った。

 そのとおりだった。十一人の半分などはない。四分の一だってそうだ。再び室内は沈黙した。

 福原は時計を見た。時計の針はさらに動いていた。十分ほど経過している。残り時間は五十分ほどだ。

 ほかの連中も時計を見て顔をゆがめている。針が一周回った時に、この場所に残っていたら、その中のプレイヤーの一人が首をられることになる。あの人形パペツトのように。

 人形の言葉を信じているわけではなかった。しかし、この状況が異質すぎるのだ。すでに十一人はこの状況をセッティングした者のうちにある。それだけは事実だった。

 室内にぴりぴりとした空気が流れだした。れや不安や恐怖がざりうずよどんでいる。


「落ちつこう。だれか思いだせる? あの人形の言葉を」

「なんて言ってたかしら」

「正確に思いだそう」


 なかの言葉に皆がかいそうする。しばしの沈黙。


「──十一人の人間がいます」


 意外な声の方向にふくはらは周囲を見まわした。声を出したのはまいだった。彼女はかべぎわに座ったまま続けた。

刊行シリーズ

ツァラトゥストラへの階段3の書影
ツァラトゥストラへの階段2の書影
ツァラトゥストラへの階段の書影