2 Split Game ③

「もう一度、みんなで出口を探そうか」


 ざわつく空間の中、なかがトランクを手に立ちあがった。

 すでに二つあるドアらしきものは調べている。ノブもないそれは開かなかったのだ。しかし、そのほかに出口らしきものはなかった。だからといって、このままここに閉じ込められているわけにはいかない。

 その意見に同調するぐさを見せた周囲。そんな時、小さな声が行動をさえぎった。


「あの人、あのままでいいの?」


 言ったのはまいだった。彼女はぺたんと座り込んだまま、天井からり下がっている人間を指差していた。

 そんな舞の言動に、周囲の人間はあからさまに顔をしかめた。福原も同じく思った。正直、何故なぜこのようなけいなことを言うのだと感じた。無視せねばならない現実があるということを、子供は知らないのだ。


「……だろ」


 誰かが言った。


「でも、まだ生きてるかもしれないよ」

「もう死んでるよ」


 舞はそれでもぶら下がる人影にじっと視線を向けている。部屋の空気が再びていたいした。無理やり頭の中から排除していた現実を直視せねばならなくなった。乱暴で無作法な言葉が原因だった。


「……降ろすだけ降ろしてみようか?」


 言ったのはなかだった。


「無理だよ。それにとどかない」


 その人間の足は三メートルほどの高さで揺れている。例えかたぐるまをするなり届いたとしても、降ろすことはできない。

 福原はぶら下がる人間を見つめた。薄暗く男か女かも判別できなかった。だぼだぼの真っ黒い服を着ている。顔はわからない。


「…………」


 空気の停滞した部屋の中で、ふくはら何故なぜか学校の教室を思いだした。生徒だけでのホームルームの時間。大した議題もなく、来月の目標の設定など、だらけた時間が流れていた時に発言したのはだった。

 発言内容はクラスにめないたちばな飛鳥あすかのことについてだった。もう少し、私たちが気をつかうべきじゃないか、クラスメイトじゃないか、とそんなことを言っていた。その時に飛鳥の姿はなかった。

 だれもが思った。けいなことを言いやがって、と。目をらすべき正論を、何故ここに持ち込む必要があるのか、と。そして、後ろめたさを感じながらも、その議論はきやつされた。

 その日の下校途中で、福原は久々に由紀に真剣に怒った。じやすぎる由紀の言葉に対して、家に着くまでめ続けた。由紀は反論せずに、ただ涙をこらえていたことをおぼえている。

 由紀の言動は、飛鳥のりつした現状をりにしただけではないか。時に正論は冷たい現実だけをしゆつさせるのだ。


「まずは、おれたちが出ることを考えるべきだろ。それから、警察かなんかに通報すりゃいい」


 言ったのはたきがわだった。眼鏡めがねを指で押さえながら、り下がった人間を見上げている。しっかりとトランクを持っていた。彼のこうは、すでにトランクの金を持って外に出ること。そう明確にシフトしているようだった。

 トランクの中のアイテムは、持ち主の物となります。そんな表記を信じたようだ。トランクの中の金はもう自分の所有物だと。


「そうよね。まずは外に出ることよ」


 カオルが立ちあがって言った。周囲もそれに同調する空気の中、カチンとロックが外れたかのような音がどこからか聞こえた。

 一瞬時が止まり──ぜつきよう


「いやあああ!」


 どさっとにぶい音と振動。かんだかい悲鳴が部屋に響いた。福原はぜんと呼吸を止めた。

 ひもゆるみ、首を吊っていた人間がいきなり落ちてきたのだ。それは、ただぞうに落下した。

 その下にいた滝川は直撃をまぬかれたが、腰を抜かしたようにへたり込み固まっている。その横で、首にロープを巻きつけた人間があおけに倒れている。

 悲鳴がおさまっても誰も動けなかった。体を固めたまま、思考停止と沈黙。

 すべての人間が、自分以外の誰かが行動を起こすことを待っていた時、沈黙が破られた。


「……うあ」


 滝川がうめきながら後ずさりをした。

 ぜんそくのようなか細い悲鳴が聞こえた。その悲鳴は自分の口かられたものだった。福原は体をふるわせたままそれを見つめた。

 ずっと首をられていたはずの人間の上半身が、いきなりすっくと起き上がったのだ。

 そんな光景を十一人は身動みじろぎせずにぎようし続ける。


「…………」


 体を起こしていた人間は、しばしその状態でこうちよくしていたが、不意にその首がくるりと一回転した。


「ヒャーハッハッハッハ、ハハハハハハハ、ウヒャヒャヒャヒャヒヒャー」


 かんだかい笑い声に、周囲の人間がしりからくずれ落ちた。ふくはらも背中を激しく壁にしようとつさせた。

 それは大口を開けてケタケタと笑いつづけている。

 その時、福原はやっとそれが人間ではなかったことに気づいた。それは人形だったのだ。人間大のパペットのような粗雑な物。ぼさぼさの髪にのっぺりとした顔。だぼっとした袋のような服装で、右手に銃を持っている。

 こう停止の周囲をよそに、それはいきなりしやべりだした。


「みなさーん、こんにちはっ」


 チカチカと人形のひとみてんめつしている。パカパカと開く口からは、甲高い電子音声が響いた。


「カード持ってます? ちゃんと左胸にそうちやくしてくださいねっ」


 手に持っていたカードを見ると、いつのまにか数字が表示されている。カードには薄い電子ビジョンがついているのだ。そこには、数字で1、その下にYESという丸いタッチパネルが表示されていた。


「カードを持っている方をプレイヤーと呼びまーす。プレイヤーは、常にカードを一枚持っていることが条件でーす。取り換えっこをしてもいいですけど、ひとり一枚でーす」


 人形は再びクルクル首を回した。人形はこの状況の説明をしているのだと気づいた。


「それでですねー、プレイヤーは選択をしなければなりません。ここから出るか、たいをするか。上手うまくいけば、トランクのお金をすべて持ちだすことができちゃいます。ラッキー」


 人形は言葉を止めてからケラケラと甲高い声で笑った。その金切り声に周りの人間の体がびくっと反応した。


「さーて、ちょっと難しい説明するので、よーく聞いてくださいね」


 人形の声のトーンが低くなった。


「ここには十一人の人間がいます。ここから出るには、カードのイエスボタンを押して、プレイヤーの過半数を確保することです。ボタンを押したプレイヤーが過半数となった時点で、ドアが一回だけどうします。ボタンを押せるのはひとり一回だけです。取り消しはできません」


 部屋の壁を見た。やはりあれは扉だったのだ。人形は作動すると説明した。


「しかし、上手くプレイヤー要素を分配して扉を作動させなければなりません。分配に失敗した集団は、トランクの中のお金をぼつしゆうされてしまいます。アンラッキーですね。ショボーン……」


 静まり返る室内で、すべての人間が人形の言葉に聞き入っていた。聞き逃してはまずいという感覚があった。運命はあのパペット側が握っているのだ。あやつられる側はこちらなのだ。

 ふくはらは必死で人形の言葉を頭に入れ理解しようとした。プレイヤー要素の分配? 要素とはなんなのだ?

 また、人形の説明で妙に回りくどい表現があるような気がした。しかし、それが何であるかはっきりとしないまま人形が続けた。


「交渉はスマートに。また、時計の針が一回転、つまり一時間経過した時にですねえ、ここの場所に残っていたプレイヤーがいたら……」


 人形がしばらく言葉を止めた。


「その中のプレイヤーのうち、一人が首をられてしまいまーす。ウゲー……こんな感じ」


 人形が自分の首についたロープを引っ張った。

 どくんと心臓が高鳴った。一人が首を吊られる?

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ツァラトゥストラへの階段3の書影
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ツァラトゥストラへの階段の書影