「もう一度、みんなで出口を探そうか」
ざわつく空間の中、田中がトランクを手に立ちあがった。
すでに二つある扉らしきものは調べている。ノブもないそれは開かなかったのだ。しかし、その他に出口らしきものはなかった。だからといって、このままここに閉じ込められているわけにはいかない。
その意見に同調する仕草を見せた周囲。そんな時、小さな声が行動を遮った。
「あの人、あのままでいいの?」
言ったのは舞だった。彼女はぺたんと座り込んだまま、天井から吊り下がっている人間を指差していた。
そんな舞の言動に、周囲の人間はあからさまに顔をしかめた。福原も同じく思った。正直、何故このような余計なことを言うのだと感じた。無視せねばならない現実があるということを、子供は知らないのだ。
「……無理だろ」
誰かが言った。
「でも、まだ生きてるかもしれないよ」
「もう死んでるよ」
舞はそれでもぶら下がる人影にじっと視線を向けている。部屋の空気が再び停滞した。無理やり頭の中から排除していた現実を直視せねばならなくなった。乱暴で無作法な言葉が原因だった。
「……降ろすだけ降ろしてみようか?」
言ったのは田中だった。
「無理だよ。それに届かない」
その人間の足は三メートルほどの高さで揺れている。例え肩車をするなり届いたとしても、降ろすことはできない。
福原はぶら下がる人間を見つめた。薄暗く男か女かも判別できなかった。だぼだぼの真っ黒い服を着ている。顔はわからない。
「…………」
空気の停滞した部屋の中で、福原は何故か学校の教室を思いだした。生徒だけでのホームルームの時間。大した議題もなく、来月の目標の設定など、だらけた時間が流れていた時に発言したのは由紀だった。
発言内容はクラスに馴染めない立花飛鳥のことについてだった。もう少し、私たちが気を遣うべきじゃないか、クラスメイトじゃないか、とそんなことを言っていた。その時に飛鳥の姿はなかった。
誰もが思った。余計なことを言いやがって、と。目を逸らすべき正論を、何故ここに持ち込む必要があるのか、と。そして、後ろめたさを感じながらも、その議論は却下された。
その日の下校途中で、福原は久々に由紀に真剣に怒った。無邪気すぎる由紀の言葉に対して、家に着くまで責め続けた。由紀は反論せずに、ただ涙をこらえていたことを憶えている。
由紀の言動は、飛鳥の孤立した現状を浮き彫りにしただけではないか。時に正論は冷たい現実だけを露出させるのだ。
「まずは、俺たちが出ることを考えるべきだろ。それから、警察かなんかに通報すりゃいい」
言ったのは滝川だった。眼鏡を指で押さえながら、吊り下がった人間を見上げている。しっかりとトランクを持っていた。彼の思考は、すでにトランクの金を持って外に出ること。そう明確にシフトしているようだった。
トランクの中のアイテムは、持ち主の物となります。そんな表記を信じたようだ。トランクの中の金はもう自分の所有物だと。
「そうよね。まずは外に出ることよ」
カオルが立ちあがって言った。周囲もそれに同調する空気の中、カチンとロックが外れたかのような音がどこからか聞こえた。
一瞬時が止まり──絶叫。
「いやあああ!」
どさっと鈍い音と振動。甲高い悲鳴が部屋に響いた。福原は啞然と呼吸を止めた。
紐が緩み、首を吊っていた人間がいきなり落ちてきたのだ。それは、ただ無造作に落下した。
その下にいた滝川は直撃を免れたが、腰を抜かしたようにへたり込み固まっている。その横で、首にロープを巻きつけた人間が仰向けに倒れている。
悲鳴がおさまっても誰も動けなかった。体を固めたまま、思考停止と沈黙。
全ての人間が、自分以外の誰かが行動を起こすことを待っていた時、沈黙が破られた。
「……うあ」
滝川がうめきながら後ずさりをした。
喘息のようなか細い悲鳴が聞こえた。その悲鳴は自分の口から漏れたものだった。福原は体を震わせたままそれを見つめた。
ずっと首を吊られていたはずの人間の上半身が、いきなりすっくと起き上がったのだ。
そんな光景を十一人は身動ぎせずに凝視し続ける。
「…………」
体を起こしていた人間は、しばしその状態で硬直していたが、不意にその首がくるりと一回転した。
「ヒャーハッハッハッハ、ハハハハハハハ、ウヒャヒャヒャヒャヒヒャー」
甲高い笑い声に、周囲の人間が尻から崩れ落ちた。福原も背中を激しく壁に衝突させた。
それは大口を開けてケタケタと笑いつづけている。
その時、福原はやっとそれが人間ではなかったことに気づいた。それは人形だったのだ。人間大のパペットのような粗雑な物。ぼさぼさの髪にのっぺりとした顔。だぼっとした袋のような服装で、右手に銃を持っている。
思考停止の周囲をよそに、それはいきなり喋りだした。
「みなさーん、こんにちはっ」
チカチカと人形の瞳が点滅している。パカパカと開く口からは、甲高い電子音声が響いた。
「カード持ってます? ちゃんと左胸に装着してくださいねっ」
手に持っていたカードを見ると、いつのまにか数字が表示されている。カードには薄い電子ビジョンがついているのだ。そこには、数字で1、その下にYESという丸いタッチパネルが表示されていた。
「カードを持っている方をプレイヤーと呼びまーす。プレイヤーは、常にカードを一枚持っていることが条件でーす。取り換えっこをしてもいいですけど、ひとり一枚でーす」
人形は再びクルクル首を回した。人形はこの状況の説明をしているのだと気づいた。
「それでですねー、プレイヤーは選択をしなければなりません。ここから出るか、待機をするか。上手くいけば、トランクのお金を全て持ちだすことができちゃいます。ラッキー」
人形は言葉を止めてからケラケラと甲高い声で笑った。その金切り声に周りの人間の体がびくっと反応した。
「さーて、ちょっと難しい説明するので、よーく聞いてくださいね」
人形の声のトーンが低くなった。
「ここには十一人の人間がいます。ここから出るには、カードのイエスボタンを押して、プレイヤーの過半数を確保することです。ボタンを押したプレイヤーが過半数となった時点で、扉が一回だけ作動します。ボタンを押せるのはひとり一回だけです。取り消しはできません」
部屋の壁を見た。やはりあれは扉だったのだ。人形は作動すると説明した。
「しかし、上手くプレイヤー要素を分配して扉を作動させなければなりません。分配に失敗した集団は、トランクの中のお金を没収されてしまいます。アンラッキーですね。ショボーン……」
静まり返る室内で、全ての人間が人形の言葉に聞き入っていた。聞き逃してはまずいという感覚があった。運命はあのパペット側が握っているのだ。操られる側はこちらなのだ。
福原は必死で人形の言葉を頭に入れ理解しようとした。プレイヤー要素の分配? 要素とはなんなのだ?
また、人形の説明で妙に回りくどい表現があるような気がした。しかし、それが何であるかはっきりとしないまま人形が続けた。
「交渉はスマートに。また、時計の針が一回転、つまり一時間経過した時にですねえ、ここの場所に残っていたプレイヤーがいたら……」
人形がしばらく言葉を止めた。
「その中のプレイヤーのうち、一人が首を吊られてしまいまーす。ウゲー……こんな感じ」
人形が自分の首についたロープを引っ張った。
どくんと心臓が高鳴った。一人が首を吊られる?