2 Split Game ②

 トランクの裏側には紙がってあった。


トランクの中のアイテムは、持ち主の物となります。

アイテムは自由に使ってください。

拳銃の弾丸は一発です。

拳銃には実弾か空砲のどちらかが込められています。

カードは左胸に装着してください。


 福原はかべぎわに座り中の物を調べていた。札束は本物だった。指が切れそうなほどぴんとした一万円札がおそらく千枚。カードの裏には服にそうちやくするためのフックがあったが、まだ胸に付けてはいない。指示どおりにすることにかんがあった。

 そして拳銃。回転式のものだが、シリンダーが接着されているようで動かない。開くこともできなかった。しかし、確かに弾丸は一発入っているように見える。

 自由に使ってくださいとあるが、これらをこの部屋でどう使えばいいというのだろうか。風船のようにふくらむ疑問と不安。

 しかし、これがこの部屋の空気の流れをなめらかにした。どす黒い空気であったとしても、よどみは解消された。金がじゆんかつとなり歯車が回転しだした。

 そんな金を手に、じようの外れた人間たちは交流を始めた。けんじゆうをトランクの奥にしまい、札束をもてあそびながら会話を始める。自分のこれまでの人生にれつつ自己紹介をした。


「……こんなわけだよ」


 なかちよう気味な笑みを浮かべながらへいを調べている。トランクはこの部屋にいる十一人すべてに行き渡った。中のものは全て同じ物。金額も同額だった。

 今声を出していた大学生の田中は、パチンコぞんしようで、サラ金などに多額の借金があるようだ。実家からの仕送りをせびっては、借金の返済に当てることもなく、ただパチンコにきようじて、学校にもほとんど行っていないらしい。


「朝いちでパチ屋に並びに行こうとして、駅に向かうサラリーマンや学生とすれ違う時に、このままじゃあダメだなって思うんだけどな。でも、つい行っちまう」


 田中は軽い口調で言った。


「わかるな。パチンコやってない時、すげえイライラするんだよな」


 隣の男が同意した。


「そのうち、やってる時もイライラしだすから、そうしたら完全にちゆうどくだよ」


 ほかも同様に、金銭的に困っている人間が多かった。などで多額の借金を背負ったり、女にみついだりと。追いつめられている人間たち。


おれも借金があるんだよな」


 壁を背にして座る男が言った。眼鏡めがねをかけている細い男性はたきがわと名乗っていた。現在はフリーターのようだ。年齢は二十歳。


「何でこしらえたのよ?」


 女が視線を向ける。ずっと取り乱していた彼女だが、現在は落ちついている。よく観察すると化粧が濃く、髪も毛先がぼさぼさと荒れていた。若く見積もっても二十代なかばだろうか。女性の年齢としは首筋のはだを見ればわかるのだ。


「キャバクラ。最初は付き合いで行ったんだけど、その店の女の子と付き合うようになって……」

「お金をむしられたのね」

「彼女はそんな子じゃないさ」

「優良客ね。それで、彼女は店をめて連絡が取れないんでしょ?」

「…………」

「私もそんな店で働いていたもの。ちなみに、さっき名乗ったカオルって名前はお店のげんなのよ」


 カオルは少々疲れたような笑みを浮かべた。


「あんたも金に困ってたのか?」


 たきがわが言った。


「私は……とししたの男の子にみついでね。こうしてお金は回っていくのよね。あなたも、もう少し大きくなったら気をつけなさいね」


 カオルは、もうひとりの女性といつしよにいる女の子に言った。

 少女はこくりとうなずいたが、一瞬だけ冷たく笑ったように見えた。


「あなたの名前は?」

まい……です」


 少女はか細い声をしぼり出した。クリーム色のキュロットスカートから細い足が伸びている。白いミュールに手入れされた足のつめ。妙に大きく見える目と小さなピンク色の唇をぎゅっと閉じた。

 その少女を先ほどからケアしているのが、たぶん二十歳ほどだろうと名乗った女性だった。

 ふくはらはそんなやり取りを横目に、何故なぜこうなったのか考え込んでいた。このメンバーに何か共通点でもあるのだろうか。

 確認できた範囲で、頭の中でメンバーを整理してみる。


 カオル 推定二十七歳 女性 サービス業

 舞   推定十二歳  女性 小学生

 理沙  推定二十歳  女性 短大

 田中  二十一歳   男性 大学生

 滝川  二十歳    男性 フリーター

 中西  十八歳    男性 高校生


 その他に四人の男性。二人がフリーターで残りの二人が大学生だと話していた気がする。福原を含め合計十一人。

 なか西にしは福原と同じく高校生だが、名前と年齢を名乗っただけでずっと沈黙している。あとの男性はそれぞれ、この状況から目をらすかのように会話を続けていた。

 福原はそれらの会話を聞きながら思った。ほとんどの人間が金に困っているようだった。トランクの中の一千万で、この異常な状態にフィルターがかかってしまうほどに。しかし、それだけの理由でこの状態になったとは思えなかった。


「ねえ、君って何か知ってんじゃないの?」


 考え込んでいた福原に、ささやくように言ったのは理沙だった。理沙は舞の頭をでながら疑わしげな視線を向けている。


「なんで?」

ふくはら君だっけ? だってほかの人はこの場所がどこなのか調べるように見てるけど、福原君は人間のほうを見ている気がするから」


 おびえているだけかと思ったが、彼女は意外によく観察していた。


「どうしてここにこのメンバーが連れてこられたのかって考えていたんだよ」

「理由なんてわからないって結論が出たじゃない」

「理由はわからなくても、この十一人の理由はあるはずだ。何か共通することがあったりとかさ」


 プロフィール以外にこのメンバーに共通することがあるのだろうか。住所も出身地もバラバラだった。全体的に若くはあるが、共通点はその程度だ。


「そっか、そうだよね」


 はうなずき考え込んでいる。


「最近の行動で何かあった? 例えば何かを拾ったり、何かを見たり」

「……ないなあ。いて言うなら、やっぱり頭が変な感じだったくらい。みんなもそう言ってたよね。ここまでの記憶もないし」

「共通するのはそれくらいなんだよな」


 福原の感じていたかんは、他の人間にもあった。ここに来るていおぼえていないだけではなく、それ以前の違和感。妙に頭がボーっとしたり体調の変化など。妙な夢に不安定な感情。しかし、それがこの状況に直接結びつくとは思えない。


「……あと、変な夢も」

「やっぱり見てるのか」

「うん。真っ黒なほのおに巻かれる夢。あと、リアルな映像。人々があらそうようなこわい感じの映像なんだけど、夢の中ではそれに興奮している私がいて。起きてから怖くなった」


 福原の見る夢もそんな感じだった。なんらかのメッセージなのだろうか。


「小説だとさあ……」

「え?」

「ほら、共通の知人がいたりとかするじゃない」

「……ああ、そっか。それで、ここに集められたり」

「それで、どうしてここに集められたの?」


 理沙にもたれていたまいが目を開けた。


「ストーリーで一番多いのはうらみを買ってたりとか。それでここに集められた」

「舞は何もしてないよ」


 舞が目をぱちくりとさせた。


「そういうのは自分じゃ気づかないんだよ。理由は恨みじゃないかもしれない。とにかくおれらをここに集めて……」

「それでどうなるの?」

「例えば、クリスティーの、そしてだれもいなくなった、だと、ひとりずつ……」

「やめなよ。こんなちっちゃな子に」


 が目をまばたいた。怒ったその表情は意外に色っぽかった。こんな状況でなければ魅力的に見えたかもしれない。


「悪かったよ」


 ふくはらは素直にあやまった。死の恐怖はすぐそこ、頭上にあった。そんな恐怖から目をらそうと、ついくだらないことを言ってしまった。

刊行シリーズ

ツァラトゥストラへの階段3の書影
ツァラトゥストラへの階段2の書影
ツァラトゥストラへの階段の書影