2 Split Game ①


「要するに、だれもここがどこだかわからない」


 男の声。

 混乱は不自然にしゆうそくしていた。部屋の十一人は、部屋の中央でうように座っている。腕をつなくさりが外れないのだ。鎖がこすれる音と呼吸音だけがみみざわりに響いていた。


「まずは脱出することだよ。ここがどこだかは、それから考えよう」


 声を出した者は、先ほどなかと名乗った、ひょろりと背の高い男だ。見た感じ大学生ほど。

 ふくはらは、部屋の天井からぶら下がっている物に視線をやった。首をっている人間。誰もれないが、あれがあるだけで、強烈な圧迫感と息苦しさを感じる。福原は必死で、ただ心を落ちつかせた。

 部屋を確認する。学校の教室よりもせまい程度、五メートルほどの正方形。天井も同じくらいの高さだろうか。要するにキューブ状の箱に閉じ込められている。そんなさつぷうけいな部屋は、がらんとした自分の部屋を連想させた。

 ドアのようなものが二つほどある。先ほどパニックになった女が必死で扉に駆け寄ろうとしたが、あっけなく鎖に引き戻された。ゆかと左手首を繫ぐ鎖の長さは一メートルほどしかない。その女は現在ひざを抱えて座っている。

 部屋にいる人数は十一人だった。福原は人数を何度も確認していた。何回数えても、もっと人がいる気がしたのだ。そして何度も背後を振りかえった。背中に誰かがいる気がしてならなかった。

 ジャラジャラと部屋に音が響いている。鎖はとてもではないが切ることはできなかった。必死になって外そうとしたのだが、じようが手首に食い込むだけだった。扉を調べることは不可能だ。

 そもそも、扉にはドアノブのたぐいは見当たらない。本当にドアなのかすら確認できていない。

 自分の姿を確認した。ジーンズと英字がプリントされた黒いTシャツ。自分の私服だった。いつもはめている腕時計などはなくなっている。


「大丈夫?」


 小さな声が聞こえた。ロングヘアーの若い女性が、小学生ほどの女の子を抱きしめていた。彼女はもうひとりの女性のように取り乱したりはしなかったが、ずっと体をふるわせ続けていた。

 部屋にはトランク状の箱が積み上げられている。まだ誰もそれにはれていない。不自然に存在をアピールしているそれは、何か妙な不安をかきたてた。

 またキューブ状の部屋の壁に丸いアナログ時計が一つかかっていた。しかし、それは十二時を指したまま動いていない。見ているうちにおかしな事にも気づいた。その時計は、針が一本しかなかった。

 部屋は不自然なバランスでこうちやくしていた。どう動いていいのか判断がつかなかった。


「とにかく、なんとかしないと」


 なかと名乗った男がまた声を出した。彼だけは立ちあがりくさりを揺らしている。


わけわかんねえ」


 だれかがつぶやいた。


「なんとかしてよお」


 頭を抱えた女性の声は震えていた。


「落ちつこう。この鎖だって外せるはず。大丈夫だから」


 田中が作った声を出した。やっとパニックのしゆうそくした空間を刺激したくないのだろう。微妙なバランスを保っている状態なのだ。しかし、動かないわけにもいかなかった。


「ずっと考えていても、どうしてこうなったかわからない」


 小学生の女の子を抱きながら女性が言った。

 この膠着状態を動かすには何かが必要だった。状況打開のかりや、現状の情報か、ほんの少しの希望。


「そのトランク」


 ふくはらは積みあがった箱を指差した。福原と反対側の位置に積み上げられている。こちらからではだが、トランクに近い側の人間は届かないか。


「なんか嫌な感じだけど、見てみようか」


 田中がうなずいた。確かに嫌な予感がするが、これ以上状況が悪くなることはないはずだ。


「……とどかない。そっち届かないか?」


 田中のポジションからトランクまでは距離が足りない。田中は一番距離が近そうな男を見た。

 福原たちの視線にうながされ、しぶしぶその男はトランクへと近づく。左手を鎖に引っ張られながらトランクに右手を伸ばす。


「もう少し……少し右」


 ぎりぎりまで両手を伸ばしている男に、田中が指示を出す。男の指先が積みあがっているトランクの持ち手のひとつに引っかかる。


「よし」


 男がトランクを引っ張った。


「きゃっ」


 少女が小さく悲鳴を上げた。ガラガラっと激しい音が部屋に反響した。くずれたトランクはゆかに投げだされちつじよにバウンドし、こうちよくする福原の近くまでトランクのひとつが床をすべってきた。

 福原は細く息を吐いてから、トランクを引き寄せた。

 スチール製のトランクは真っ黒にペイントされている。ビジネスマンが持ち歩くものより少し大きい程度だ。


「開かない」


 同じくトランクを調べたなかが首を振った。


「なんだ? このアルファベット」


 ふくはらが持っているトランクのボディーには、Dと書かれてる。


「こっちにもアルファベット……Bだ」


 田中が言った。

 数人でさらに調べると、トランクそれぞれに別のアルファベットが割り振られていることがわかった。


かぎが掛かってるんだ」


 福原はトランクとしばらくかくとうしたが、全く開く気配はなかった。鍵穴はあるのだが、鍵がどこにあるのかわからない。

 そんな時、ふと気づいた。左手首のじようにもアルファベットのマークがついている。アルファベットはCとある。


「なあ、手錠にもマークついてないか?」


 福原が聞くと、他の手錠にも同様に割り振られていることがわかった。Cの手錠をしている福原は、Cのトランクを受け取れということかもしれない。しかし、トランクも手錠も開きはしない。


「何か使えるものは……」


 田中がポケットを探っている。福原もズボンを調べる。部屋の鍵には、小さなナイフのキーホルダーがついていたのだが、財布や部屋の鍵などの小物はすべてなくなっている。


「ん……?」


 福原はしりポケットを探って顔をしかめた。ポケットの中に鍵があったのだ。取り出してみる。自分の部屋の鍵ではない。自転車用のようなチープで小さなものだった。

 持ち物を調べていた周囲の数人も声を上げた。同じく鍵を見つけたようだ。


「この鍵だ」


 福原の鍵にはCとマジックで表記されていた。

 Cのトランク。しかし、手元にCのトランクはなかったので、迷うことなく手錠に差しこんでみる。手がふるえなかなか鍵穴に入らない。自分が相当に緊張していることに今気づいた。


「……開いた」


 鍵が回り、左手の手錠がガチャリとゆるんだ。鎖を外すと体がすっと楽になった。体全体がくさりに対してストレスを感じていたようだった。


「ポケットを調べてみな、手錠が外れる」


 同じくロックを解除した田中が、まだ行動していない数人に声をかけた。

 そんな間にふくはらはCとマークのあるトランクを見つけていた。かぎあなに鍵をそうにゆうして回した。ごたえがあり、シリンダーの回るかんしよくのあと、ロックの外れた音がカチッと室内に響いた。

 その音に周囲が視線を向けた。ごくりとつばを飲み込む音が聞こえた。

 部屋は静まりすべての視線が集中している。福原はトランクをゆかに横にし、ゆっくりと開いてみる。視線が注がれた。


「うお……!」


 周囲の男性が声を上げた。福原はただ、トランクの中の物をぎようした。

 トランクの中には様々な物があった。ビスケットの袋。ペットボトル。カードのような物。そして十個ほどの分厚い札束と……けんじゆう


       *


 トランクの中の物は、ぎようしていた密室の人間を変化させた。

 全ての人間は鍵を持っており、十一個全てのトランクが開いた。それぞれ中の物は同じだった。真っ赤なパッケージのウエットタイプのビスケットの袋。五百ミリリットルのミネラルウオーターのペットボトル。カードのような物。札束は百万円の束が十個、合計一千万円。そして拳銃。本物を触ったことはなかったが、その重さと冷たさにはリアリティーがあった。

刊行シリーズ

ツァラトゥストラへの階段3の書影
ツァラトゥストラへの階段2の書影
ツァラトゥストラへの階段の書影