序.追憶ノ空、二ツノ星 ①

 満天の星が、夜の世界を照らしていた。

 少年はひとり、草地にころんで、その空を見上げている。

 ちかちかとまたたく星々の、ひとつひとつにじっとらし、その光の様子を確かめる。

 星は同じように見えても、よく見れば、わずかに色が違うものもあった。

 光の色が違うのは、その星のとしのせいだと言われている。

 もっとも多い白色の輝きを宿す星は、人でいえば壮年期にあたるらしい。黄色っぽい星はまだ生まれたばかりの子供で、薄い赤や緑が混ざり始めた星は、もう老齢に達している──

 まちせんせいじゆつたちは、まことしやかにそんなことを言っていた。そのしんは知れない。

 星の中には、ある日、突然に強く輝き始めて、数年から数十年がつと、消えてしまうものもあるという。それらの星は、突然死ということになるらしい。

 ──星のひとつひとつは、それじゃあ生き物なんだろうか──

 幼いフェリオは、ぼうっとそんなことを考えていた。

 今、寝そべった自分の背中にも、一つの星が接している。大地は生き物とも言われるが、人のような生き物とは明らかに違う。小さな魚が、群れをして一匹の大魚にけるようなもので、生物でないともいえないが、一つの命として星を数えるのもはばかられた。

 ──空の上から見たら、ここはどんなふうに見えるんだろう──

 フェリオはそんなことも考えた。ほかの星々と同じように白く光って見えるのか、それとも他の色を発しているのか、それとも、そもそも光っては見えないものなのか──フェリオには、わからない。

 空の星々が、年を経て色を変えるという占星術師達の伝承には、異を唱える者もいるらしい。温度の違いだとか、環境の違いだとか、あるいは距離の違いと言う者もいる。

 どの言が正しいのかは、それほど問題にされることもなかった。空の彼方かなたの事情など、地上で暮らす者達にとってはでしかない。

 フェリオにとっても、それは同様だった。ただ星を眺めるだけならば、知識も真実も必要ないのだ。

 星空の下、今夜の王宮では、一番上の兄の誕生日を祝ううたげもよおされていた。

 その席を抜け出して、フェリオはここにいる。

 宮殿の中庭に設けられたつきやまの、ゆるやかな斜面に寝そべって、星を眺めている。

 そこは宴の続く広間から遠く離れていた。

 とうかいを演出する楽隊の演奏がかすかにこえる。

 いまごろは、父や兄達、それに招かれた貴族らが、皇太子の誕生日を祝いつつ、退たいくつな社交の時を過ごしていることだろう。

 黙って勝手に抜け出してきたが、四番目の王子であるフェリオ一人がいなくなったところで、だれも気にしてはいないはずだった。えんせきどころか、この城から永遠に抜け出しても、それほど気にされないのではないかとさえ思う。

 ねているわけではない。兄達にとっても貴族達にとっても自分がその程度の存在であることを、フェリオはよく知っていた。一応は王家の人間ながら、政治的な立場にはほど遠く、取り入ろうとする者もいない。

 このアルセイフという国において、フェリオは明らかに必要とはされていなかった。いずれ将来はしんせきに下り、兄達に仕える貴族となる道があるのみである。ろん、兄達が全員死亡すれば、フェリオに王位が巡ってくることもあるだろうが、その可能性はごく低いものだったし、またフェリオ自身も望まぬことだった。

 じやつかん九歳の少年にとって、王位はさほど魅力的なものでもなかった。むしろ王子などという立場を捨てて、外の世界を見たいという好奇心のほうが強い。

 王族などというのは、いんな商売だと思う。

 兄の皇太子を見ていると、フェリオはつくづく気の毒になる。

 同格の友人もおらず、朝から晩まで取り巻きやら世話役やらに付きまとわれ、一人でまちを散歩することさえ許されない。フェリオは剣術が好きで、いつも騎士団のウィスタルにけいをつけてもらっていたが、兄にはそんなさんじになりそうな趣味もなかった。

 よく気がらないものだと思うが、二十五歳の皇太子・ウェインは常に自らをりつし、父王や官僚達の言うことによく従っている。おそらくは、良い王になるだろう。なにをもって〝良い王〟というのか、フェリオにはわかっていなかったが、それでも兄が、この国にとって大事な皇太子であることは理解していた。

 ──夏の夜。

 フェリオはほおに生暖かい風を感じながら、芝生に寝ていた。

 数分もして、少しうとうととし始めたころつきやまの宮殿に面した側に、ふと人の気配が差した。


「──フェリオ様。こちらにおいででしたか」


 涼しく感じられるほど、澄んだこわだった。

 声だけで誰かはわかったが、フェリオは半身を起こして振りかえる。

 しんかんころもをまとった子供が、小さな築山の上にたたずんでいた。星明かりを受けて、空色の髪がきらきらと光っている。


「なんだ、ウルクか。よくここにいるって、わかったね」


 同年の友人に微笑を向け、フェリオは彼を手招きした。

 幼いながら神殿の神官であるウルクは、ていちように一礼をして、フェリオのそばへと歩み寄る。


「フェリオ様が何処どこかへ行かれるのを見つけて、失礼ながら追いかけてきました。もっとも、夜のやみで見失ってしまいましたけれど」

「そうか。とりあえず座れよ」


 フェリオは、隣の芝生をぽんぽんとてのひらたたいた。

 ウルクはすっとそこに腰を下ろす。

 彼は、遠く離れたウィータ神殿の人間だった。きようである親のごうで、ここしばらくこの国に滞在している。

 フェリオがウルクと知り合ったのは、一年ほど前、宮廷における社交の場でのことだった。としが近いせいもあって気が合い、それ以来、たまに会っては話をしていた。

 ウルクは大人おとなしく、そしてはつな子供だった。

 同年代の子供のように、まちなかを駆け回るようなことはなく、いつも静かに本を読んでいた。活動的なフェリオとは、性格がまるで違うものの、妙にが合っている。

 フェリオは、ウルクと並んで星空を見上げた。

 二人とも、しばらくは何も言わない。視線を合わせることもなく、黙っていた。

 フェリオは知っていた。

 ウルクはもうじき、ウィータ神殿に帰るのだ。うわさでは、神殿の上層部で政治的な動きがあり、そのことが影響しているらしい。

 しんかん達の間にも、貴族達と同じような権力闘争がある。それがどういった質のものかまではフェリオも知らないが、その現実が、ウルクや自分にとっても無関係でないことは理解できた。

 そう遠くない将来に、自分達もそのただなかに身を置くであろうこともわかっている。


「──いつ、向こうに帰るんだ?」


 フェリオは先に問いかけた。

 ウルクはぴくりと反応した。フェリオが知らないと思っていたらしい。

 言いにくそうに声をひそめて、ウルクは答える。


「一週間後にしゆつたついたします。フェリオ様には、お世話になりました」


 ていちように頭を下げるウルクに、フェリオは首を横に振って見せた。


「いまさら、他人ぎようあいさつはよそう。ウルクと遊べたこの一年、僕も楽しかったよ。ありがとう」

「──残念です。あと数年は、こちらにいられると思っていたのですが」


 ウルクの声はさばけていたが、そこにはかなしげな響きが確かにもっていた。

 フェリオとウルクは、この一年、ともによく遊んだ。遊ぶといっても、街中の子供のように駆け回ることはなく、フェリオはウルクの読書に付き合い、またウルクはフェリオの剣術しゆぎようを見物したりと、そんな付き合い方をしてきた。そして空いた時間に、将来の国のことや、互いの立場のことについても、話を重ねてきた。

 それは確かに、子供じみた会話ではあった。

 しかし今では、互いが互いの理解者と呼べる存在になっている。

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