フェリオにしても、別離が哀しくないといえば噓になる。だがこのことは、とっくに覚悟していたことでもあった。
こうして共に星を眺めるのも、今宵で最後のことだろう。これから一週間は、ウルクの周りも忙しくなるだろうし、一週間が過ぎた後には、彼はもう旅路についているはずだった。まだ会うことがあったとしても、二人でゆっくりと話せるのは、これが最後の機会かもしれない。
しかしフェリオもウルクも、口数は少ない。話すべき言葉がないわけではなかったが、二人の間には話さずとも通じる言葉があった。
しばらくの重い沈黙の後に、ウルクは自らがつけていたペンダントを外した。
「フェリオ様に、これを──受け取っていただけますか」
それは無色透明の小さな丸い玉だった。
ただのガラス玉のようにも見えたが、フェリオはその品が何かを知っていた。
ウルクは、ペンダントを差し出した。
「神殿より下賜された、〝生命の輝石〟です。フェリオ様に、どうか生命のご加護がありますよう──」
輝石は、神殿から生み出される神の力を内包している。ただのガラス玉のように見えても、その価値は高価な宝石にも匹敵した。仮に手放せば、一財産にはなる。
そんな品を、フェリオはためらわずに受け取った。
その品は、ウルクなりの友情の証だった。ならば、その価値にこだわって無粋に遠慮したり、また形だけでも断るような真似はしたくない。
「ありがとう──大切にする」
フェリオは、受け取ったペンダントを後生大事に掌で包んだ。
ウルクは嬉しそうに微笑んだ。
それから夜空に視線を転じ、髪と同じ水色の眸を、す──と細めた。
「──フェリオ様。私は、いつか神師になります」
ウルクの言葉に、フェリオは頷きを返した。
〝神師〟は、神殿における最高権力者である。無論のこと、なろうと思ってなれる地位ではない。しかしウルクがその地位を目指すことは、神官として自然なことでもあった。
フェリオは、その動機についても理解している。
「がんばれよ、ウルク。〝君ならなれる〟なんて、適当なことは言えないけれど……がんばれ」
「はい」
ウルクは頷き、フェリオを見つめた。
「フェリオ様は、将来において何をなさるおつもりですか」
「僕? 僕は──」
フェリオは、一瞬だけ言葉を止めた。
「──まだ、わからないよ。何も決めていない。だけど多分、僕はずっと、このままだと思う」
答えた後で、自分に言い聞かせるように言い直す。
「このままで、いい」
フェリオは、草地へ仰向けに寝転んだ。
四番目の子供である自分が妙な野心を抱けば、国を割ることになりかねない。今のフェリオは国王の立場などには惹かれていないが、将来においても、そうありたいと願っていた。
ウルクが何かを言おうとして、しかし口を噤む。
彼が何を言おうとしたのか、そして何故それを言わないのか、なんとなくだったが、フェリオにはわかるような気がした。
王族の血というものは、往々にして足枷となる。権力の座についても足枷は消えないが、しかし周囲の者を動かすことができる。
だが、権力から遠い王族は、そうした影響力もあまり持たない。美食や女に関する程度の我が儘ならば、それなりにかなうだろう。しかし、もっと本質的な部分で、王族は血に縛られる。王の親族として保護されるばかりで、自らの力で出世する楽しみもない。
しばらくして、ウルクは小声に呟いた。
「フェリオ様。いずれ機会があれば、ウィータ神殿にもお越しください。何年でも、お待ちしております」
「うん。いつか行くよ」
フェリオは、できるだけ明るい声で応えた。
この先、この国を出ることはないだろうと思いながら、そう応えた。
見上げた空の星は、眼にうるさいほどに輝いている。
ウルクはこれから、きっと輝きを増していくことだろう。
同い年の自分は、しかし老齢の星のように、これからその色を変えていくのだろうと思った。
鬱々としがちな思いを振り切って、フェリオは遠い眼をした。
傍らのウルクも、黙って同じ方向を見つめている。互いに眼を合わせることもなく、ただただ、手の届かぬ高い空を見上げている。
その夜、宴が終わりに近づく頃まで、二人はずっと、そうしていた。