序.追憶ノ空、二ツノ星 ②

 フェリオにしても、別離がかなしくないといえばうそになる。だがこのことは、とっくに覚悟していたことでもあった。

 こうして共に星を眺めるのも、今宵こよいで最後のことだろう。これから一週間は、ウルクの周りもいそがしくなるだろうし、一週間が過ぎた後には、彼はもう旅路についているはずだった。まだ会うことがあったとしても、二人でゆっくりと話せるのは、これが最後の機会かもしれない。

 しかしフェリオもウルクも、口数は少ない。話すべき言葉がないわけではなかったが、二人の間には話さずとも通じる言葉があった。

 しばらくの重い沈黙の後に、ウルクは自らがつけていたペンダントをはずした。


「フェリオ様に、これを──受け取っていただけますか」


 それは無色透明の小さな丸い玉だった。

 ただのガラス玉のようにも見えたが、フェリオはその品が何かを知っていた。

 ウルクは、ペンダントを差し出した。


「神殿よりされた、〝生命の輝石セレナイト〟です。フェリオ様に、どうか生命のごがありますよう──」


 輝石セレナイトは、神殿から生み出される神の力を内包している。ただのガラス玉のように見えても、その価値は高価な宝石にも匹敵した。かりに手放せば、一財産にはなる。

 そんな品を、フェリオはためらわずに受け取った。

 その品は、ウルクなりの友情のあかしだった。ならば、その価値にこだわってすいえんりよしたり、また形だけでも断るような真似まねはしたくない。


「ありがとう──大切にする」


 フェリオは、受け取ったペンダントをしよう大事にてのひらで包んだ。

 ウルクはうれしそうに微笑ほほえんだ。

 それから夜空に視線を転じ、髪と同じ水色のひとみを、す──と細めた。


「──フェリオ様。私は、いつかじんになります」


 ウルクの言葉に、フェリオはうなずきを返した。

〝神師〟は、神殿における最高権力者である。ろんのこと、なろうと思ってなれる地位ではない。しかしウルクがその地位を目指すことは、しんかんとして自然なことでもあった。

 フェリオは、その動機についても理解している。


「がんばれよ、ウルク。〝君ならなれる〟なんて、適当なことは言えないけれど……がんばれ」

「はい」


 ウルクは頷き、フェリオを見つめた。


「フェリオ様は、将来において何をなさるおつもりですか」

「僕? 僕は──」


 フェリオは、一瞬だけ言葉を止めた。


「──まだ、わからないよ。何も決めていない。だけど多分、僕はずっと、このままだと思う」


 答えた後で、自分に言い聞かせるように言い直す。


「このままで、いい」


 フェリオは、草地へあおけにころんだ。

 四番目の子供である自分が妙な野心を抱けば、国を割ることになりかねない。今のフェリオは国王の立場などにはかれていないが、将来においても、そうありたいと願っていた。

 ウルクが何かを言おうとして、しかし口をつぐむ。

 彼が何を言おうとしたのか、そして何故なぜそれを言わないのか、なんとなくだったが、フェリオにはわかるような気がした。

 王族の血というものは、おうおうにしてあしかせとなる。権力の座についても足枷は消えないが、しかし周囲の者を動かすことができる。

 だが、権力から遠い王族は、そうした影響力もあまり持たない。美食や女に関する程度のままならば、それなりにかなうだろう。しかし、もっと本質的な部分で、王族は血にしばられる。王の親族として保護されるばかりで、自らの力でしゆつする楽しみもない。

 しばらくして、ウルクは小声につぶやいた。


「フェリオ様。いずれ機会があれば、ウィータ神殿にもお越しください。何年でも、お待ちしております」

「うん。いつか行くよ」


 フェリオは、できるだけ明るい声でこたえた。

 この先、この国を出ることはないだろうと思いながら、そう応えた。

 見上げた空の星は、にうるさいほどに輝いている。

 ウルクはこれから、きっと輝きを増していくことだろう。

 おなどしの自分は、しかし老齢の星のように、これからその色を変えていくのだろうと思った。

 うつうつとしがちな思いを振り切って、フェリオは遠い眼をした。

 かたわらのウルクも、黙って同じ方向を見つめている。互いに眼を合わせることもなく、ただただ、手の届かぬ高い空を見上げている。


 その夜、うたげが終わりに近づくころまで、二人はずっと、そうしていた。

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