『ワシはドクター・マロンフラワー。二つの企業に雇われた愚かなる地球人よ。聞いておるか? ワシはこれから三丁目なんじゃえ横町において最初の行動を開始する。無論最終的にはこの町、いやこの星を征服するつもりじゃ。もしワシと戦う勇気があるのならば来るがよい。勇気があるのならばな。待っているぞ』
もともと向こうから発せられた一方的な通信だったのだろう。一方的に通信は消えた。
「今のはなにっち?」
なんともおまぬけな質問をする鈴雄の隣で、タンポポは表情を固くしていた。
「なんてことなの。A級犯罪人を無罪と引き換えに派遣すると言っていたけど。まさかドクター・マロンフラワーだなんて」
「そんなに恐ろしい犯罪人なのか?」
「超A級犯罪人、マロンフラワー。彼に目を付けられて無事にすんだUFOキャッチャーとコンビニキャッチャーはありません」
タンポポが乾いた唇を湿らせる。
「さあ、鈴雄さんの出番です」
タンポポが目を向けると、鈴雄は何やらふろしきに物を詰めて逃げる準備をしていた。
「鈴雄さん。何をなさっているんですか?」
タンポポは少々語尾を震わせつつ尋ねた。
「逃げるんだよ」
鈴雄は即答するとふろしきをよっこらしょと持ち上げた。
「それじゃあ」
扉の方向へ走り始める。
「あなたが逃げてどうするんですか!」
タンポポの裂帛の叫びに鈴雄は体をビクリとさせた。
「あなたが戦わなくて誰が戦うんです。エメラルドカンパニーに先を越されたらど~~するんですか?」
「そんな恐ろしいこと言うなよ。僕の今までのケンカの戦歴は三十八試合中三十七敗してるんだ」
「一勝してるじゃないですか?」
「不戦勝だよ!」
「鈴雄さん」
喚く鈴雄を安心させるかのごとくタンポポは口調を穏やかにした。
「安心してください。そんなあなたのためのパワードスーツなんです。一旦そのベルトを発動させれば特殊な音波であなたの深層心理に働きかけて恐怖とか躊躇とかなんか吹き飛ばして、正義の心を燃え上がらせます。ヒーローの模範のような性格になれるんです」
しかしそんな言葉など鈴雄にとってなんの慰めにもならなかった。
「とにかく僕は逃げる」
駆け出す鈴雄の前に立ちはだかったタンポポは早口に言った。
「犯行予告が届いたのにも関わらずあなたが行動しなかった場合は、契約違反として銀河警察機構に逮捕されてしまいますよ」
鈴雄の背後に雷が落ちた。
「た、逮捕…………」
ここまで築き上げてきた僕の潔白を絵に描いたような人生に汚点がついてしまう。
「さぁ。信じてください。あなた自身と、そして我が社の作り上げたパワードスーツ、ドッコイダーを」
両者とも信じられるものではなかった。
特に前者を信じたら人生おしまいのような気もした。
しかし………。
ただでさえ家族には迷惑をかけている。この上犯罪者にでもなったら家族はどうなるのだろうか?
それにこのままあのマロンフラワーとかなんとかいう奴に世界を征服されてしまっては、保父になるという壮大な夢が頓挫してしまうではないか。
夢はかなえたい。
『男ならシャキッとしろよシャキッと』
朝香の言葉を反芻する。
鈴雄は目を開いた。
「行こう……かな」
「やっとその気になってくださいましたね」
タンポポは感涙した。
すぐさまランドセルを拾い上げるとそれを背中に背負う。
「タンポポール!」
軽くそう叫ぶとランドセルから幾筋もの光の帯が現れタンポポを包み込んだ。
三秒ほどで消え去った光の後には別人のような少女がいた。
それまで深い黒だったオカッパ髪は透き通るような緑へと変化していた。
服装も近未来的なピッタリとしたものへと変化している。
かすかな胸の膨らみが確認できたがそんなものでへらへらするようなロリコンの気は鈴雄にはなかった。
「さぁ」
タンポポは不思議な素材で覆いつくされた指先を鈴雄に向けた。
「このようにポーズを決めて」
右手を斜め上空に上げて、左手を腰に当てる。
「へ~~~んしんと言いながらこのように手を動かし」
その右手を大きく振り回しながら腰へと持っていく。
「続いて胸の中央で手をクロスさせ、それからこのようにやってください」
あれやこれや実演して見せるタンポポ。
「最後にここで右手を握り締め空へ突き出してドッコイダーと叫んでください」
鈴雄は呆然とそれを見つめていた。
「それを僕がやるのか?」
「はい。ちなみに振り付けは私です。格好いいでしょ」
「う~~む」
「お願いします。このプロットを通過しないとそのベルトは作動しないんです」
確かに、見かけ通り変身ベルトだな。
鈴雄はしぶしぶ従った。
「こうか?」
「違います、もっと拳をきかせて!」
「こうだな」
「駄目です。羞恥心を捨ててください!」
「それじゃこうか?」
「腰の捻りが足りません!」
「どうだ?」
「もう少し!」
「よ~し。これでどうだ!」
「……完璧です。やはりあなたには才能があると思っていました」
「よし」
鈴雄は覚悟を決めると息を大きく吸い込んだ。
天を貫くかのごとく右手を突き上げる。
「へ~~~~~~~~~~んしん」
確かに恥ずかしかったが、何かしら懐かしいものも感じていた。
幼稚園の頃やったライダーごっこ。
戦闘員役でキーキー言うことしか許されず、いつもライダー役の子を羨ましそうに見ていた自分。
鈴雄は拳を握り締めると空へ突き出しそして叫んだ。
「ドッコイダー!!!!!!!!!!!」
ベルトから光がほとばしる。タンポポの時とほぼ同様に光の帯が鈴雄の体を包み込んだ。
透き通るように美しい青い光だった。
目の前で変身を遂げた鈴雄をタンポポは満足気に見つめた。
そして自分のこめかみを軽く押し、薄膜の電子ゴーグルを出現させると鈴雄に向かって微笑んだ。
「さあ、行きましょう。鈴雄さん」
そこでゆっくりと横に首を振る。
そして誇らしげに鈴雄を見据えて言った。
「正義の味方。ドッコイダー」
2
中空町三丁目なんじゃえ横町。そこは飲み屋さんが軒を連ねる通りだった。
酔っ払ったおじさん達が肩を組み合う姿が三々五々。
彼らこそこの日本を背負っている立派なサラリーマンの方々なのである。
拍手!
「男には~~♪ 二つの魂~~~♪ それは秘密なの~♪」
調子っぱずれた声が響くなんじゃえ横町に唐突に亀裂が走った。
「おっと」
すでに血液がアルコールへと変貌しているジャパニーズサラリーマンが、突然走った亀裂に足をひっかけると盛大に素っ転んだ。
「いてててててててえてって」
サラリーマンは神経質そうに眼鏡を押し上げると腰をさすりつつ起き上がった。
「なんだよ。こんな所に。危ないなぁ。道路公団と東京消防庁に文句を言ってやる」
サラリーマンは怒りが抑さえられないのかその盛り上がった亀裂をげしげしと蹴りつけた。
「いててててててってて」
今度はつま先が痛い。
ヒーヒー飛び回るサラリーマンの隣でその亀裂はさらにグモモモって盛り上がった。
「えっ!」
サラリーマンが引きつった表情を見せる中、道路のアスファルトは見事に弾け飛んだ。