第二章 特別モニター ③

『ワシはドクター・マロンフラワー。二つの企業にやとわれたおろかなる地球人よ。聞いておるか? ワシはこれから三丁目なんじゃえ横町において最初の行動を開始する。ろん最終的にはこの町、いやこの星をせいふくするつもりじゃ。もしワシと戦う勇気があるのならば来るがよい。勇気があるのならばな。待っているぞ』


 もともと向こうから発せられた一方的な通信だったのだろう。一方的に通信は消えた。


「今のはなにっち?」


 なんともおまぬけな質問をするすずとなりで、タンポポは表情を固くしていた。


「なんてことなの。A級犯罪人を無罪と引き換えにけんすると言っていたけど。まさかドクター・マロンフラワーだなんて」

「そんなにおそろしい犯罪人なのか?」

「超A級犯罪人、マロンフラワー。彼に目を付けられて無事にすんだUFOキャッチャーとコンビニキャッチャーはありません」


 タンポポが乾いたくちびる湿しめらせる。


「さあ、鈴雄さんのばんです」


 タンポポが目を向けると、鈴雄は何やらふろしきに物を詰めて逃げる準備をしていた。


「鈴雄さん。何をなさっているんですか?」


 タンポポは少々語尾をふるわせつつたずねた。


「逃げるんだよ」


 鈴雄は即答するとふろしきをよっこらしょと持ち上げた。


「それじゃあ」


 ドアの方向へ走り始める。


「あなたが逃げてどうするんですか!」


 タンポポのれつぱくの叫びに鈴雄は体をビクリとさせた。


「あなたが戦わなくてだれが戦うんです。エメラルドカンパニーに先を越されたらど~~するんですか?」

「そんな恐ろしいこと言うなよ。僕の今までのケンカの戦歴は三十八試合中三十七敗してるんだ」

「一勝してるじゃないですか?」

「不戦勝だよ!」

すずさん」


 わめく鈴雄を安心させるかのごとくタンポポは口調をおだやかにした。


「安心してください。そんなあなたのためのパワードスーツなんです。いつたんそのベルトを発動させれば特殊な音波であなたの深層心理に働きかけてきようとかちゆうちよとかなんか吹き飛ばして、正義の心を燃え上がらせます。ヒーローのはんのような性格になれるんです」


 しかしそんな言葉など鈴雄にとってなんのなぐさめにもならなかった。


「とにかく僕は逃げる」


 駆け出す鈴雄の前に立ちはだかったタンポポは早口に言った。


「犯行こくが届いたのにもかかわらずあなたが行動しなかった場合は、契約違反として銀河警察機構にたいされてしまいますよ」


 鈴雄のはいかみなりが落ちた。


「た、逮捕…………」


 ここまで築き上げてきた僕のけつぱくを絵に描いたような人生にてんがついてしまう。


「さぁ。信じてください。あなた自身と、そして我が社の作り上げたパワードスーツ、ドッコイダーを」


 両者とも信じられるものではなかった。

 特に前者を信じたら人生おしまいのような気もした。

 しかし………。

 ただでさえ家族にはめいわくをかけている。この上犯罪者にでもなったら家族はどうなるのだろうか?

 それにこのままあのマロンフラワーとかなんとかいうやつに世界をせいふくされてしまっては、保父になるという壮大な夢がとんしてしまうではないか。

 夢はかなえたい。


『男ならシャキッとしろよシャキッと』


 あさの言葉をはんすうする。

 鈴雄は目を開いた。


「行こう……かな」

「やっとその気になってくださいましたね」


 タンポポはかんるいした。

 すぐさまランドセルを拾い上げるとそれを背中に背負う。


「タンポポール!」


 軽くそう叫ぶとランドセルからいくすじもの光の帯が現れタンポポを包み込んだ。

 三秒ほどで消え去った光の後には別人のような少女がいた。

 それまで深い黒だったオカッパがみき通るような緑へと変化していた。

 服装も近未来的なピッタリとしたものへと変化している。

 かすかな胸のふくらみが確認できたがそんなものでへらへらするようなロリコンの気はすずにはなかった。


「さぁ」


 タンポポは不思議な素材でおおいつくされた指先を鈴雄に向けた。


「このようにポーズを決めて」


 右手をななめ上空に上げて、左手を腰に当てる。


「へ~~~んしんと言いながらこのように手を動かし」


 その右手を大きく振り回しながら腰へと持っていく。


「続いて胸の中央で手をクロスさせ、それからこのようにやってください」


 あれやこれや実演して見せるタンポポ。


「最後にここで右手をにぎり締め空へ突き出してドッコイダーと叫んでください」


 鈴雄はぼうぜんとそれを見つめていた。


「それを僕がやるのか?」

「はい。ちなみに振り付けは私です。かつこういいでしょ」

「う~~む」

「お願いします。このプロットを通過しないとそのベルトはどうしないんです」


 確かに、見かけ通り変身ベルトだな。

 すずはしぶしぶ従った。


「こうか?」

「違います、もっとこぶしをきかせて!」

「こうだな」

です。しゆうしんを捨ててください!」

「それじゃこうか?」

「腰のひねりが足りません!」

「どうだ?」

「もう少し!」

「よ~し。これでどうだ!」

「……かんぺきです。やはりあなたには才能があると思っていました」

「よし」


 鈴雄はかくを決めると息を大きく吸い込んだ。

 天をつらぬくかのごとく右手を突き上げる。


「へ~~~~~~~~~~んしん」


 確かにずかしかったが、何かしらなつかしいものも感じていた。

 幼稚園のころやったライダーごっこ。

 戦闘員役でキーキー言うことしか許されず、いつもライダー役の子をうらやましそうに見ていた自分。

 鈴雄は拳をにぎり締めると空へ突き出しそして叫んだ。


「ドッコイダー!!!!!!!!!!!」


 ベルトから光がほとばしる。タンポポの時とほぼ同様に光の帯が鈴雄の体を包み込んだ。

 き通るように美しい青い光だった。

 目の前で変身をげた鈴雄をタンポポは満足気に見つめた。

 そして自分のこめかみを軽く押し、うすまくの電子ゴーグルを出現させると鈴雄に向かって微笑ほほえんだ。


「さあ、行きましょう。鈴雄さん」


 そこでゆっくりと横に首を振る。

 そしてほこらしげに鈴雄をえて言った。


「正義の味方。ドッコイダー」


     2


 なかそらまち三丁目なんじゃえ横町。そこは飲み屋さんがのきつらねる通りだった。

 ぱらったおじさん達が肩を組み合う姿が三々五々。

 彼らこそこの日本を背負っているりつなサラリーマンの方々なのである。

 はくしゆ


「男には~~♪ 二つのたましい~~~♪ それは秘密なの~♪」


 調子っぱずれた声が響くなんじゃえ横町にとうとつれつが走った。


「おっと」


 すでに血液がアルコールへとへんぼうしているジャパニーズサラリーマンが、とつぜん走った亀裂に足をひっかけると盛大にころんだ。


「いてててててててえてって」


 サラリーマンは神経質そうに眼鏡メガネを押し上げると腰をさすりつつ起き上がった。


「なんだよ。こんな所に。危ないなぁ。道路公団と東京消防庁にもんを言ってやる」


 サラリーマンはいかりがおささえられないのかその盛り上がった亀裂をげしげしとりつけた。


「いててててててってて」


 今度はつま先が痛い。

 ヒーヒー飛び回るサラリーマンのとなりでその亀裂はさらにグモモモって盛り上がった。


「えっ!」


 サラリーマンが引きつった表情を見せる中、道路のアスファルトは見事にはじけ飛んだ。

刊行シリーズ

住めば都のコスモス荘SSP お久しぶりにドッコイの書影
住めば都のコスモス荘SP 夏休みでドッコイの書影
住めば都のコスモス荘(4) 最後のドッコイの書影
住めば都のコスモス荘(3) 灰かぶり姫がドッコイの書影
住めば都のコスモス荘(2) ゆ~えんちでどっこいの書影
住めば都のコスモス荘の書影