「いや、なんか戦えって聞こえたような気がしたんだけど」
「ええ、戦っていただきます」
鈴雄は恥ずかしいベルトをしたまま立ち尽くした。
「よく状況が飲み込めないんだけどさ」
「最初にお送りした手紙にホログラフィーデーターを添付しておきましたが拝見なさってませんか」
鈴雄はコクコクと頷いた。
「先程言いませんでしたか?」
「いや、僕はこの玩具のモニターをしろとしか聞いてない」
「玩具なんかじゃありませんよ」
タンポポは憤慨したかのように頰を膨らませた。
「それはドッコイダー変身ベルトです」
玩具としか思えないネーミングだった。
阿呆のように口を半開きにする鈴雄にタンポポは息を吐き出した。
「それじゃあご説明致します」
タンポポは空となった鈴雄の茶碗に茶を注ぎ込んだ。
「どうぞ」
鈴雄はとりあえず腰を下ろすと茶を一杯。
タンポポは鈴雄の喉がゴクリと音を立てるのを待ってから口を開いた。
「今から二百三十八年前、星系ごとにバラバラだった警察組織が統一されました。こうして設立された銀河連邦警察機構は宇宙の秩序を守るため、数々の犯罪に対処してきました。しかし多発する凶悪宇宙犯罪に対してどうしても強力な武装警察隊、APが必要となったのです。そのため銀河に散らばる数多の企業にパワードスーツの開発を要請したのです。もちろん公式採用されればその会社は巨万の富を得るでしょう。何千何万という企業が研究、開発し、そして発表しました。そして最終審査に二つの会社が残ったのです」
「なんかいきなり関係のない話になったような気がするんだけど」
「ですから、その最終審査に残ったのが私の会社なのです」
「君の会社は玩具会社じゃないのかい?」
「初の試みでした」
「ふ~~~~~~ん」
鈴雄はひとしきり頷いてから言った。
「で、最終審査はどうなったの?」
「審査委員長から言い渡された最終審査の方法は過酷なものでした」
タンポポは遠い目をして言った。
「はるか彼方にある未開の星。二つの会社はそれぞれその星に住む知的生命体を一匹選びその生物にパワードスーツを与えます。そして審査委員会が用意した宇宙犯罪者を幾名逮捕できるか。それを競わせるのです」
「へえ」
「審査委員会は特別牢獄惑星、アバシリーから投獄中の超A級犯罪人を三名、その星へ送り込むそうです。二匹のモニターには彼らを逮捕すべく死闘を繰り広げていただき、最終的に逮捕者が多かった方のパワードスーツが採用となるのです」
「そいつは大変だ」
「ええ。事前の訓練も何もが禁じられてました。より公平を期すためこのような未開の星を選んだのでしょう」
「どこの世界でも生き残り競争ってのは大変なんだなぁ」
鈴雄は感慨深く腕を組んた。
「で、その話と僕に一体どんな関係があるんだい」
驚くほど察しが悪い男である。
タンポポは頭に重りが乗っかるような感覚を覚えた。
なんとか鉛のように重い頭を持ち上げたタンポポは、子供に相対性理論でも説明するかのごとく一言一言区切るようにして言った。
「ですから、あなたが今装着なさっているのが、私の会社が開発したパワードスーツなのです!」
鈴雄は腰のベルトに目を落とした。
間違ってもパワードスーツなどには見えない。
「またまたまた。冗談でしょ」
へらへらと笑ってみせるがタンポポは真剣な表情だった。
「冗談じゃありませんよ。審査委員会は太陽系第三惑星、地球。小さな島国、日本。神奈川県の中空町。そこを審査会場に選びました。株式会社オタンコナスでは肉体的に健康な二十歳前後の中空町住人をピックアップし、厳正な審査、抽選、占い、くじびき、あみだくじの結果あなたに決定したのです」
「つまり、君の言ってることを総合的に判断するとだな」
鈴雄は唇のはしっこをヒクヒクさせつつ、
「僕はその宇宙犯罪人とかいう連中と戦わなくちゃいけないってゆ~~ことかい?」
「やっと分かっていただけましたか」
タンポポは安堵の息を吐き出した。
鈴雄は引きつった笑顔のまま目の前の可愛らしい少女の顔を見続けた。
タンポポもニコニコ。
鈴雄もニコニコ。
なんとも和やかな空気が流れた。
「いやじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
鈴雄は喉の奥からほとばしる絶叫を発した。
「絶対いやじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「いやと言われましても」
「辞退じゃ辞退。僕は止めるからな」
金は惜しいが命はもっと惜しい。
金と命の天秤は当然命の方に傾く。
鈴雄はきっぱりと辞退の意志を示すとすぐにそのベルトに手をかける。
必死にそれを外そうと試みるのだが…………。
外れなかった。
鈴雄がいくら引いてもそのベルトは外れる気配を見せない。
なんとも強情なベルトだった。
それでも諦めずにベルトをうんうんと引っ張る鈴雄にタンポポは気の毒そうに言った。
「残念ですけど。そのベルトはそう簡単には外れません」
「あんだって」
「すでに契約が成立している今、勝負がつくまでは外れないようになっています。あ、心配しなくても防水加工はしてますから」
「んな」
「諦めて戦ってくださいよ」
「僕はいやだからな!」
「お願いしますよ鈴雄さん」
「いやなもんはいやなんだ!」
「こんな体験できるのはあなたとそしてもう一人しかいないんですよ。貴重な体験ですよ。あなた英雄になれますよ」
タンポポは煽てるように鈴雄を持ち上げた。
「地位とか名声とかお金とかそういったものは命に比べると紙切れのようなものなんだよ!」
さすがに馬鹿の鈴雄もそう簡単には持ち上がらなかった。
「鈴雄さん!」
タンポポがそう叫んだ時だった。
タンポポの赤いランドセルからピーピーという電子音が響いたのは。
「わ! わ! わ!」
タンポポは慌ててランドセルに手をつっこむと中から小さな白い塊を取り出した。
卵形をしたそれは今更説明するまでもないだろう。
少々、ブームの時期は過ぎているが間違いなくタマゴッチだった。
タンポポは素早い手つきで三つのボタンを押す。
まるで法則があるかのように親指を器用に動かし続けている。
鈴雄とて現代に生きる馬鹿。
タマゴッチくらい知っている。
一年くらい前、旅行に行く姉のタマゴッチを預かってしばらく子守りをしたことだってあるのだ。
しかし………。
エサを与えるにしても、ウンコを掃除するにしてもあのような素早い指さばきが必要なのだろうか?
鈴雄の目の前でピコピコタマゴッチを操作するタンポポ。
途端、タマゴッチのディスプレイ画面から薄い光が漏れた。
そしてそこに浮かび上がる白衣の老人。
見事なまでの白髪が風になびいていた。浮かび上がったホログラフィーの老人は彫りの深い笑みを浮かべた。
『ふふふふ』
音声は下のたまごっちから出ているのだが驚くほど違和感はない。