第二章 特別モニター ①

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 室内では見覚えのある家具たちが、まるで何百年も前からそこにいたかのように座りこんでいた。

 せまいながらも台所、、トイレ、すべてが分割されているアパート。部屋の数も一つではない。せんたくものを干せるベランダだってついている。

 まだ子供の小さな夫婦なら十分問題なしに暮らせるスペースだろう。

 すずはリビングのちゃぶ台の前に座り、タンポポと名乗る少女に入れてもらったげんまいちやを飲み干した。

 それからけんにシワを寄せると首をかしげつつこんわく気味にその言葉を口にした。


「特別モニター?」

「そうです。あなたはこのたび、株式会社オタンコナスの開発した新製品のモニターとして選ばれたんですよ」


 タンポポはどこからかクラッカーを取り出すとパンパンとならした。


「おめでと~~~」


 一人盛り上がるタンポポを前に、すずはポカンとした。

 はいそうですか。それはラッキー! なんて素直に喜べないのだ。

 それはあまりにもタンポポの説明が常識を超えていたからである。


「つまり……」


 鈴雄はこめかみをポリポリっとくとにがわらいを浮かべつつ言った。


「君はその宇宙………からやってきたって言うのか?」

「そうです」


 タンポポはコクリとうなずき、ほこらしげに薄い胸をはった。


「株式会社オタンコナスは小さいながらも良質のがんを提供し続けているらしい企業です。私はその新製品開発プロジェクトチームで外装デザインを担当しました。なおこのたび、モニター、モニターの健康管理、その他モロモロの業務をこなすようれいを受けここにやって来ました」

「で、君が言うには、母さんや姉さんの記憶をそうしたと」

「はい。関係のない男女が共に生活するのは大変みような行為だと聞いたので、いろいろと下準備をしました。この星では私はあなたの妹ということになっています。当然表向きは小学生ですから学校にも通います。私がてつ退たいする時には元通りにしていくのでご心配なさらないでください」


 タンポポは手元のランドセルから紙のたばを取り出した。


「それじゃあ、ここの所にサインをお願いします」


 ちゃぶ台に分厚い紙の束が広げられる。今まで見たこともないような図形やら文字やらでびっしりとくされている。


「すいません、日本語訳を作っているひまがなかったんです。質問があったら言ってください。私が説明しますから」

「ちょっと待ってくれよ」


 鈴雄はにぎらされたボールペンを音をたてて置いた。


「僕はやるなんて言ってないぞ」

「え? だってあなたはこの間、モニターを引き受ける意志があると返事をなさったじゃないですか?」

「知らんぞ」

「一月ほど前、郵便が送られてきたはずですよ。あなたからの返事は」


 鈴雄はちんした。

 そういえば一月ほど前、何か妙な手紙が送られてきたような記憶がある。

 金になるならと適当に丸を書いて返事をポストに投げ入れた覚えもある。


「もうあなたに決めちゃったんですよ。そのために記憶そうとかお金のかかることも実行しましたし新製品の規格、サイズ調整もあなたに合わせてしまったんです。代わりはきかないんです。お願いします」

「お願いしますって言われてもなぁ」


 しんぴようせいける少女の話。

 しかし記憶操作なんて普通の小学生に出来ることではないだろうから少女が何かしら特別な存在なのはうなずける。

 しかしあやしげな新商品のモニターなんぞを引き受けて僕に明日があるのだろうか?

 うんうんとあんするすずにタンポポは言った。


「もちろんモニター料はお支払いしますから」


 鈴雄のこめかみがピクリと動いた。


「モニター料?」


 ずいっとばかしににじり寄る。


「え、ええ」


 少し引き気味ながらタンポポは頷いた。


「ただうちの会社そんなに大きくないし、本当を言うとけつこう赤字なんですよ。だからそんなに多くはないんですけど」

「ちなみにどれくらい」

「とりあえず引き受けてくだされば契約金1000クリリウム。それからは一月500クリリウム。特別手当もあります」

「クリリウム?」

「ちょっと待ってください。今、日本円にかんざんしますから」


 タンポポは同じくランドセルから電卓を取り出すとピコピコ始める。


「1クリリウムの価値が今のレートだとこれくらいだから」


 宇宙金融業界に地球の金融レートが関係あるのかよくは分からなかったが鈴雄は目を輝かせてタンポポを見つめていた。

 今までアルバイトをしていた喫茶店が休み明け帰ってきてみると見事につぶれていたのだった。

 今は新しいバイトを探している最中。

 モニター料として月一万か二万もらえればこれほど助かることはない。


「え~~~と」


 計算を終えたタンポポが口を開いた。


「不況不況とは言われても日本円は価値が高いですからね」


 タンポポはもう一度計算をし直すと、


「契約成立金が千百八十六万円。月支給額が五百九十三万円ってところですか」


 すずは我が耳を疑った。


「せんひゃくはちじゅうろくまんえん?」

「そうです」

「せんひゃくはちじゅうろくえんじゃなくて」

「千百八十六万円です」


 すずのうの中を幸せのおさつどりたいきよして横切っていった。


「ただこちらのごうでお支払いはモニター期間が終わってからということになりますが。あぁ、それまでのちん、光熱費その他モロモロ。あなたに関する金額は経費として出させていただきます」

「ここの家賃も!」

「ただしこちらのようせい以外で製品を無断使用した場合、それにかかわる電力は個人たんとなりますが」

「やりましょう」


 鈴雄は深くうなずいた。

 ばやくボールペンをにぎるとさっさと自分の名前を書く。


いんをお願いします」


 言われるままに鈴雄は薄いプレートに親指を押しつけた。

 エメラルドブルーの光がプレートを走りもんが焼き付けられる。


「さてと、これで契約が成立しましたね」


 タンポポは満足げに頷くとまた赤いランドセルに手を突っ込んだ。

 そして細長い金属の箱を取り出す。

 とてもそれまで小さなランドセルに入っていたとは思えない大きさだった。

 もしかしたらランドセルの中身はげん収納庫となっているのかもしれない。


「どうぞ」


 鈴雄は箱を受け取るとべつだん警戒する色も見せずそれを開いた。

 ベルトだった。

 しかも普通のベルトではなかった。

 昔、テレビでこんなような物を見たことがある。

 まもなく鈴雄は気がついた。


「そうか、変身ベルトなんだ」

「よく分かりましたね」


 タンポポはかんたんの声をらした。


「そうです。これは変身ベルトです」


 なるほど。

 さすが銀河に名高い玩具オモチヤ会社。

 鈴雄は玩具玩具したずかしいデザインに顔をしかめた。


「もしかしてこれを着けろと?」

「はい」


 当然いやな気分もあったが少女の話が本当ならばこの玩具の性能を試すだけで大金を手にすることが出来るのだ。

 立ち上がりズボンの上からベルトをそうちやくする。

 カチッ。

 装着音とともにベルトは軽く空気を振動させるような音を立てた。

 やっぱり玩具玩具している。


「私がデザインしました」


 タンポポはほこらしげに言った。


「へえ」


 少女がようなのか、それとも宇宙人がすべて幼稚なのか、それは分からない。


「で、僕は何をすればいいのかな」


 鈴雄の問いにタンポポは即答した。


「戦っていただきます」


 ちんもくした。


「どうかなさいましたか?」


 何の前ぶれもなく襲ってきた沈黙にタンポポは小首をかしげる。

刊行シリーズ

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住めば都のコスモス荘SP 夏休みでドッコイの書影
住めば都のコスモス荘(4) 最後のドッコイの書影
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