第一章 保父になりたい男 ⑥

 もしここを開けたたん、女の子がお兄ちゃんとか言って出迎えてくれたら、自分は間違いなく記憶そうしつしように違いない。

 早いところ病院へ行かなくては。

 鈴雄はドアノブに手をかけた。

 それでも決心がつかないのか手に力が入らない。


『男ならシャキッとしろよ!』


 あさの言葉が頭をつらぬいた。

 鈴雄はとりあえずその場でシャキッとしてみた。

 それでも決心はつかなかった。


「あぁぁぁ」


 鈴雄が頭をかかえ込んだしゆんかん

 ドアが内側から開かれた。

 そして飛び出してきた活発そうな小学生くらいの少女はすずを見上げて顔をほころばせたのだった。


「お帰り。お兄ちゃん」


 絶望だった。

 これで確定してしまったのだ。

 自分が記憶そうしつだということに。

 鈴雄はきびすを返すと階段へ向かおうとした。


「ちょっとちょっと」


 少女が鈴雄の手をつかむ。


「どこへ行くんですか?」

「止めないでくれ。お兄ちゃんは記憶喪失なんだ。お前のことが何も思い出せないんだ。これから病院へ行ってくるんだ」

「ちょっと待ってくださいよ」

「前々から僕ののうはトコロテンだとは思っていたんだ。さぁ僕を病院へ行かせてくれ。初期りようが大切なんだ」


 鈴雄にズルズルとられながら少女はわめいた。


「待ってください。待って! わけを話しますから」

「早くしないと今度は別の家族のことまで忘れてしまうかもしれない」

「だから待ってください!」

「実の妹のことすら忘れるなんて僕はなんて男なんだ」


 ぎやくてきに喚く鈴雄に少女は声を張り上げた。


「私はあなたの妹じゃありません!」


 鈴雄は足を止めた。

 ゆっくりと少女に顔を向ける。

 そしてくそな顔でたずねた。


「それじゃあ僕の妹はどこにいるんだ?」


 少女はカクンと頭を落とした。


「最初からあなたに妹なんていませんよ!」


 少女はそう叫んだ後、ハッと口を押さえてあたりをキョロキョロと見渡した。

 辺りに自分たち以外だれもいないのを確認してホッと息をき出す。

 少女は顔を上げると歯切れのいい声で言った。


「ご説明します。さくらざき鈴雄様。私はタンポポ・トコドッコ・ポポール。タンポポと呼んでください」


 少女はすずの手をにぎると莞爾につこり微笑ほほえんでみせた。

 鈴雄はけい状況が飲み込めないというごくへ突き落とされたのだった。

刊行シリーズ

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