スパイラルダイブ ⑥
食い物屋、部品屋から始まって見世物小屋に
楽は近くの鎖につかまって、その黒板の文字をじっと見つめた。
楽はほとんど字が読めない。楽が読めるのはせいぜいが自分の名前と数字くらいであるから、その黒板に何と書いてあるのかもよくわからない。それでも、その文字ぶりのヤケクソな感じからして何となく見当はつく。「てめえのせいで商売上がったりだ死ね
そう思うと、何だか悲しくなった。
ダイブを賭の対象にするのはいい。別に何とも思わない。勝手にやればいい。しかし、怪物を相手どり、死をも
『おら。そんなとこでベソかいてんじゃねえよゲンくそ悪い』
博打屋の店主と思しきブチ猫が、寝床から横目で楽をにらんでいた。楽はなおもぐずぐずと泣き、電波ヒゲからべちゃべちゃしたノイズが漏れる。トルクの猫は涙ではなく、電波で泣くのだ。
『──なんだお前、もしかして焰の身内か?』
楽は首をふる。
『じゃあなんで泣いてんだよ』
もごもごしたマイクロ波で、ひどいことが書いてあるから、と楽は答えた。ブチ猫は「わけがわからん」という顔をして、
『その黒板か? お前、字が読めるのか?』
楽は首をふる。
『あのなあ、ありゃ
それでも楽は泣き止まない。ブチ猫はうんざりした顔をしながらも楽を
『食いな』
楽は
『お前、
楽はうん、とうなずいた。
『あーやだやだ。こちとら
楽はむっとして、
『だって、焰は強いもん。強くてかっこいいんだもん』
驚くべきことが起こった。ブチ猫は、楽の言葉に「ああ」とうなずいたのだ。
『まあな。あんなどでかいロボットを二体もいっぺんに操るんだ、そんじょそこらのダイバーとは端から出来が違うさ。ジンバルロックからの脱出だってとんでもなく早い。おまけにバカなんじゃねえかと思うほど度胸もある。おれから見たってかっこいいよ』
焰をまともに誉める大人を見たのは初めてだった。目を丸くする楽を横目で見て、ブチ猫はにたりと笑い、
『ナメんなよガキが。おれ様はな、お前なんぞが生まれるずっと前から
楽の小さな
『──あ、だからだから、その、ジンバルロックってなに?』
そんなことも知らねえのか、とブチ猫は
『──まあ、ガキだししょうがねえか。ほれ、敵にどつかれたダイバーが無重力の中でぐるぐる回っちまうことがあるだろう。あれさ』
楽はきょとんとしている。ブチ猫は面倒臭そうに説明をつけ足す。
『つまりな、身体がぐるぐる回っちまったら、ダイバーにやどっちがどっちなのかわかんなくなっちまうだろ。一本の軸を中心に回転してるだけならまだどうにかなるんだが、ほとんどの場合はそうじゃねえ。慌てて身体の重心位置をくずしたり壁に接触したりして、妙なスピンがかかっちまう。こうなったらもう最後だ。そのダイバーにはもう何が何だかわかりゃあしねえ。自分がどう回っているのか、どっちがどの方向なのか、敵はどこにいるのか、自分のロボットはどこなのか。自分でやってみりゃわかるぜ。見えてる景色がでたらめな方向にすげえ勢いでぐわんぐわん回るんだ。こうなっちまったダイバーはワイヤーを壁に撃ち込んで回転を止めようとするんだが、それだって
そして、そのとどめを刺すダイバーは、いつも
『でも、楽は見たことないよ、焰がそんなふうになったところ』
『そりゃそうだろう。焰は、相手にぶん殴られた瞬間に、自分の
うん、とうなずく。
『だったら、焰はどうして人気がないの?』
『あいつは容赦を知らねえ。そりゃあれだけ強けりゃそこらのダイバーじゃ歯が立たねえさ。ネズミが猫と戦うようなもんだ。けどな、あいつは自分の技を見せつけるなんてことにはまるで興味がねえから、
人気は出ないとプロにお墨付きをもらってしまって、楽はがっくりとしおたれた。
『──でも、おじさんは焰のことかっこいいって思うんでしょ?』
『思うよ。思うけど、それと商売とは別さ。おれたち博打屋にとってはな、黒い猫でも白い猫でも客を招く猫がいい猫なんだよ。まったく焰もなあ、あれでもう少し客にサービスする色気があればなあ──』
しばらくの間、ブチ猫と楽は二人してため息をついていた。そのうちに、楽がふと思いついたように、
『
『ねえよそんなもの』
いまいましげにブチ猫がつぶやく。
『焰に張る奴が誰もいねえ。賭にも何もなりゃしねえよ』
やっぱりそれが冷静な見方というものなのだろうと
でも──
『おじさんも、焰は負けると思う?』
ブチ猫はしばらく無言だった。
やがて、こう言った。
『焰が勝つ可能性も、なくはねえ、と思うよ』
信じられない答えに楽は飛び
『勝てるの? 焰は勝つの!?』



