モテない俺はマチアプで異世界彼女を召喚する
プロローグ
あなたはマッチングアプリをご存じですか?
オンライン上で「恋人」や「結婚相手」の候補となる異性を探すことのできる、とても便利なアプリです。
胡散臭いと思いますか? 詐欺が横行していると?
いえいえ、ある統計では、結婚相手はマッチングアプリで出会ったという人が最も多いそうですよ。
今はもうそんな世の中です。偶然の出会いを神頼みするようでは、キャッキャウフフなど夢のまた夢です。
とはいえ、凡百のマッチングアプリを利用するだけでは、貢がされたあげくバイバイされる危険性もあるでしょう。
では、ここからが本題です。
『異世界カノジョ』
このアプリは、そんじょそこらのマッチングアプリとはわけが違います。
世知辛い現実とは異なる、まったく新しい世界から理想の彼女を探せるという、革新的で画期的なマッチングアプリなのです。
使用できるのは、そう。
この人間界で、ほんの一握りだけ。
あなたは選ばれた人間なのです――――
※
その日、彼女にフラれた。
「なにこれ……ありえないんだけど。別れよ?」
生まれて初めてできた彼女と、二週間も経たずに関係が破綻した。
初めて自分の部屋――アパートの一室に連れてきた直後のことだった。
俺、桜井新太は、美少女ゲームオタクだ。
彼女が欲しい一心でその趣味を隠し、無理に着飾って、告白してはフラれてを繰り返しながらも。
ようやく作れた彼女だったが、ついに趣味がバレた。
部屋の棚にはゲームソフトがずらりと並んでいる。18禁ゲームなんかも並んでいる。
彼女を部屋に連れ込むにあたり、ドン引きされないよう、これらゲームを隠すことは考えた。
だが、妹のやつがこう進言した。
「つき合ってたら、いつかはバレるじゃん? だったら隠すことないって。大丈夫、カノジョがほんとにお兄ちゃんのこと好きなら、うまくいくに決まってるから」
で、うまくいかなかった。
俺は彼女に生ゴミを見るような目を向けられながらフラれた。
おい妹! 隠したほうがよかったじゃねえかよ!
「お兄ちゃんてば、ざぁこ(はぁと)、ざぁこ(はぁと)」
妹とゲームしながら事の顛末を愚痴ると、こんな具合に煽られた。
会話は、オンライン通話だ。
大学二年生の俺はアパートでひとり暮らし、まだ中学生の妹は実家暮らし。
彼女にフラれたショックで寝込んでいたところ、妹から連絡があり、暇だからゲームにつき合えと誘われたのだ。
「てか、責めるならカノジョのほうにしてよねー。お兄ちゃんの趣味が理解できないなら、遅かれ早かれフラれてたんだしさー。それがちょうど訪れただけじゃんか」
……こいつの言い分も、一理あるんだよな。
俺は結局、彼女にドン引きされると知っていながら、この趣味を捨てることができなかった。
彼女よりもオタク趣味を優先した結果が、コレなのだ。
「お兄ちゃんのキモい趣味につき合える女の子なんて、普通いないよ。いるとしたら妹のあたしくらいだろうねー。ざぁこ(はぁと)、ざぁこ(はぁと)」
煽りながら目の前のモンスターを狩っている。ザコって言ってるのはモンスターなのか俺なのか、どっちなんだよ?
モンスターの死骸から素材を獲得し、ミッションクリア。
ストーリーが進み、ヒロインが俺たちを称えている。尊敬と好意の眼差しを向けている。
このヒロインは、耳のとがったゲームの住人。
「あー、このさい人間じゃなくてもいい……彼女ほしー」
「ウザ……フラれたばっかでなにキショいこと言ってんの」
もう遅い時間になった。区切りがいいところでゲームから落ちることにした。
最後に、妹が告げた。
「カノジョなんかいらないって。もう諦めなって。お兄ちゃんにはあたしみたいなかわいい妹がいるんだからさー、そうでしょ? ねー、ザコのお兄ちゃん(はぁと)」
俺は返答せずに通話を切った。
※
翌朝。
スマホのメッセージ着信音で、目が覚めた。
寝ぼけ眼で確認すると、送り主は妹だった。
『ちゃんと起きて大学いってねー。一年の時はサボってばかりだったでしょ? お父さんとお母さん、おかんむりなんだからねー、ほんとお兄ちゃんはザコなんだから』
こいつが俺をザコ呼ばわりするの、デイリーミッションかなにかなのか?
返信する気にもならず、メッセージアプリを落とす。
それから気づいた。
見慣れないアプリのアイコンが、画面に表示されていること。
名を、『異世界カノジョ』――――
「……なんだこれ?」
寝る前までは、確実になかった。インストールした記憶だってない。
「ウイルスの類いか……?」
セキュリティをかいくぐって来たんだろうか? そういう恐れのある操作はしていなかったつもりなんだが。
まあ、ツールで調べればそのあたりの情報も開示される。妙なアプリなら即削除だ。
だが、どんなツールを使ってもアプリの仕様は判明しなかった。
それどころかアンインストールの方法すら不明と出た。
「おいおい……本格的にウイルスじゃねえか」
試しに起動してみるような愚は侵さない。個人情報を抜き取られる恐れがあるのだから。
「やめてくれよな……。俺みたいな貧乏学生を相手にしたって、なんの利益にもならねえだろ」
『そんなことはありません。なぜならあなたは、選ばれた人間です』
声が聞こえた。
機械的なその音声は、目の前のスマホから届いていた。
『私は、異世界カノジョのナビゲーターです』
瞠目しながら液晶を凝視する。
……異世界カノジョって、この怪しげなアプリの名前じゃねえかよ。
起動したつもりはないし、画面も変わらないのに、バックグラウンドで動作しているのかその音声は続いている。
『おめでとうございます。あなたはこの人間界の人口80億人の中から選出された、言わば勇者です』
勇者……?
魔王を倒せと命じられているような、ファンタジックでゲーム的な展開に、目まいを覚えてしまう。
「手の込んだ詐欺だな……」
『詐欺ではありません』
返答しやがった。
このアプリ、音声入力が可能らしい。
対話型AIなのか?
しかもタイムラグがなかった。ここまで流ちょうなAIと対話したことは、さすがに初めてだぞ……。
「いろいろありえねえ……ちょっと待ってくれ」
『ちょっととは、どの程度でしょう? 待ち時間を指定してください』
まるで人間と会話しているような感覚におちいる。こいつ、どれだけのテクノロジーだよ?
「大層なAI積みやがって……ウイルスのくせに」
『コンピューターウイルスのことでしょうか? 他者を攻撃する不正なプログラムのことを指しますが、その定義で称するならば、私はウイルスではありません』
「ウイルスはみんなそう言うんだよ」
言葉を話すウイルスに出会ったことはないけど。
『学習しました。マスターは疑り深い性格だと』
……え、なに? マスターって俺のこと?
「まあいい……。俺の願いはひとつだけだ」
『はい。マスターの願いはわかっています』
「なら話が早い、おまえをアンインストールする方法を教えろ」
『エラーが発生しました。そのご命令はマスターの願いと異なっています』
「どういうことだよ! 俺の言葉なのになんで俺の願いと異なってんだよ!」
『マスターの願いは彼女を作ることだからです』
勝手に決めつけんなよ!?
……と思いつつも、俺は言葉を詰まらせていた。彼女を作りたいのは、間違いなく本心だからだ。
『ナビゲーターの私は、マスターのために理想的な彼女とのマッチングを支援します。この世界で叶わないのなら、異世界でそれを成します。それが私の存在理由です』
異世界で……マッチング?
異世界がどういう世界かわからないのもそうだが、俺はそもそもマッチングアプリ自体を使ったことがない。
「あのさ……マッチングとか、そういうのって、なんか違う気がするんだよ」
『違う気がするとは?』
「俺はさ、もっとこう……運命的な出会いっていうか……ピュアな恋愛をしたいっていうかさ」
『それはドーテーの幻想です』
「辛辣だなオイ!?」
『マスター。あなたはこの世界で彼女を作れません。断言します』
「どんだけ俺に冷たいAIなの!?」
『そのため異世界で彼女を作るしかありません。だからこそ私がこうして支援しているのです』
「支援どころか傷口に塩を塗ってるんだけど!」
『マスターは彼女が欲しくないのですか?』
……欲しいか欲しくないかの二択なら、欲しいに決まってる。
『マスター。人間とは違う、異世界の種族だとしても、かわいい女の子なら彼女にできますか?』
……俺はこれでもゲーマーだ。
人間とは違っても、エルフやらシルフやらのかわいい子ならウェルカムだ。
『マスター。この世界で人間の彼女を作れないのなら、異世界の彼女を作りたいとは思いませんか?』
……思う。
実際には叶わないからこそ、これまで思っていなかったが、本当に叶うのならば願うに決まっている……!
「もはや人間にこだわらなくていい……。俺は、異種族のかわいい女の子と出会いたい……!」
『マスターのキモい意思を確認しました。これよりザコのマスターのためにマッチングを開始します』
キモいとかザコとか言うなや! おまえは妹かよ!
『現在マッチングを望んでいるのは、エルフ、ピクシー、マーメイド、マミー、ネコマタの種族の子たちです』
スマホの画面に、それぞれの自画像とプロフィールが表示された。
……ピクシーはかわいいけど、身体が小さすぎない?
……マーメイドもかわいいけど、下半身が魚なんだよなあ。
……マミーは、包帯で顔が隠れてるせいで、かわいいかどうかすら判断できん。
……とすると、エルフとネコマタの二択か。
『さすがはマスター、異種族を相手にしても普通に吟味できていますね。ゲーム知識の賜物ですね』
「……おまえ、ほんとにAIか? なんか俺のこと知りすぎてない?」
『マスターの情報が事前に入力されていただけです』
「入力したのは誰だよ」
『それよりも、マスター。どなたを選びますか?』
誤魔化された感まんさいだが、まあ俺も気にしない。いま気になっているのは、目の前の異種族の女の子たちだからだ。
「決めた。エルフで」
『エルフを選んだ理由をお聞きしても?』
「ネコミミネコシッポがかわいいネコマタも惹かれたんだけど、ここはやっぱ王道のエルフだろ」
エロフって言うくらいだしさ!
『学習しました。マスターは巨乳好きだと』
「ちげーよ! たしかにこのエルフは巨乳だけど! でも大きいも小さいも本来は関係ねえんだよ、俺はあらゆる乳を愛してるんだからさ!」
『性別をも超えると言うのですか……男の乳も愛せると』
「ごめんなさい。ウソつきました」
俺はそこまでオールラウンダーじゃないです。
『マスター、おめでとうございます。マッチングが成立しました』
「お、おう」
で、どうなるんだ?
『これより、ゲートをオープンします』
その刹那。
俺の持つスマホがまばゆい光を迸らせた。
ね、熱暴走? なのに熱くない……なんだこれ!?
『マスター。あなたの未来に、光あれ』
ドゴーン!!
雷と見間違わんばかりの光の奔流が、轟音を引き連れて目の前に落下した。
光が霧散したあと、そこには扉が鎮座していた。
世界一売れているゲームと謳われるあのマ○クラでいえば、ネザー(地獄みたいなところ)とつながる禍々しい扉。
その奥から、ゆっくりと人影が現れた。
「へえ……。ここが、人間界? 思ったより狭くて、汚いところね」
耳のとがった清楚な美少女――ゲームで出会うような見目麗しいエルフが、そこにいた。
「あなたね、私を呼んだのは。今後ともよろしく」
コンゴトモヨロシク……。
悪魔召喚を題材とするゲームの某有名なセリフを耳にしながら、俺は。
異世界の住人であるエルフの彼女と、こうして出会ったのだった。



