ほうかごの断章
『断章騎士団』による七不思議的思考実験──基礎篇
白野蒼衣はほとんど本を買わないが、図書館や図書室でよく本を借りるし、本屋にもよく立ち寄る。
この日も駅前の本屋に立ち寄って、雑誌や漫画の新刊を流し見て、文庫本を見て回ったところでふと『学校の怪談』についての本を見つけ、立ち止まってしばらく考えて、ふっ、と店を立ち去った。
そして、
「あの、神狩屋さん、規模の大きな〈泡禍〉は童話の形になりますけど、『学校の怪談』の形になることってありますか?」
いつものように『神狩屋』にやって来た蒼衣は、挨拶の後、出し抜けにそう訊ねた。すでに来てテーブル席に座っていた雪乃が、それを聞いて嫌そうな顔をする。「またか」と心の声が聞こえそうな顔。今日は早々に、雪乃にとっては何の価値もない空論が始まることが決まったようなものだからだ。
「もちろんあるよ。〈泡禍〉は人の恐怖の具現だからね」
神狩屋は答えた。
「学校に通う子供の恐怖である『学校の怪談』は、子供が〈潜有者〉になった場合に、むしろよくある方の〈泡禍〉の形だと言っていいね。〈騎士〉なら一回くらいは見聞きしたことがあると思うよ。雪乃君も見たことがあるはずだ」
カウンターで帳簿をつけていた手を止めて、神狩屋は言う。それを聞いた蒼衣が「そうなんだ?」雪乃を見ると、雪乃は鬱陶しそうな顔をしつつも、頷いて見せる。
「そっか」
「だから何?」
そんな遣り取りをしている二人の横で、神狩屋は見るからにビンテージ物の万年筆のキャップを閉めて、帳簿の上に置くと、片手を顎に当てて腕を組み、考え深げに眼鏡の奥の目を細めて言った。
「……でも、白野君が訊いてるのは、そういうことじゃなさそうだね」
「あ、はい、そうなんです」
雪乃の方を向いていた蒼衣は、そう言われて、神狩屋へと向き直る。
「白野君が言っているのは、『学校の怪談』が、大きな〈神の悪夢〉が形作る『元型としての童話』になりうるか、という話だね? つまり、『学校の怪談』は童話と言えるのか。言い換えると、神は『学校の怪談』の悪夢を見るのか、と、そういうことだ」
「あ、そこまで考えてはなかったですけど、そういうことです」
全部を言わなくても理解してもらえて、椅子の上で姿勢を正し、生徒の態度をする蒼衣。神狩屋は、なるほどね、と頷いて、そうして少し考えてから、回答を口にした。
「まず最初に言っておくと、そういうものが本当にあったのか、なかったのか、そこは断言できない」
「はい」
「童話の形になるほどの〈泡禍〉は数が非常に少ないし、出遭ったとしても、そうであるか否かを判断できないからね。僕らは夢見子ちゃんの〈グランギニョルの索引ひき〉の予言のおかげで、『それ』が『そう』だということを知れる、本当に珍しいケースだ。だから、その上での推論になるけれど────」
神狩屋は、そう前置きする。そして期待した表情の蒼衣に向けて、自分の考えるところを述べた。
「僕は、『ない』と考えてる」
「ないですか」
「うん。現代の物語はもう全部シェイクスピアがやってる、みたいな言われ方をしてるのを聞いたことがないかい? 物語というのは分解していくと実はそれほど多くなくて、その基本パターンはもう全部シェイクスピアがやり尽くしてて、その後に作られる物語はバリエーションに過ぎない、という主張だね。これは極論だけども妥当ではあって、そして『学校の怪談』にも当てはまると思うんだ。
つまり────『学校の怪談』は、童話のバリエーションに過ぎない。
ウラジミール・プロップという民俗学者がいて、この人はロシアの昔話を研究していた人なんだけど、彼はロシアに伝わっていた魔法昔話を分析して、昔話のストーリーが31の機能に収まるということを発見したんだ」
「31……」
「そう。僕は、『学校の怪談』も、分解するとその中に収まってしまうと考えてる」
「あ、なるほど」
蒼衣は得心する。そして言った。
「じゃあ、童話の形になるくらいの大きな〈泡禍〉が、それでも『学校の怪談』の形を取った時は────」
「理解が早いね。そういうこと」
にっこりと笑って、神狩屋は頷いた。
「多分、それは表面でしかなくて────その奥に、本当の童話が隠れてる」
【基礎篇おわり】→【発展篇に続く】
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★書き下ろしコラボ小説『ほうかごの断章 完全版』目次
第一片 『ほうかごがかり』によるグリム的思考実験──基礎篇
第二片 『ほうかごがかり』によるグリム的思考実験──発展篇
第三片 『断章騎士団』による七不思議的思考実験──基礎篇
第四片 『断章騎士団』による七不思議的思考実験──発展篇
最終片 悪意ある物語



