俺の母さんは最強の魔法少女です
プロローグ
世界を侵略しようと目論む悪の組織。
創作の産物とも言うべき存在が、その枠を飛び越えて現実に現れた時。
人類は未だかつてない、危機に晒されることとなった。
「フハハハハハハッ! 愚かなる人間ども! 大人しく降伏するがいい!」
次元の裂け目から突如として襲来したのは、怪人とも称される異形の侵略者たち。
奴らは人智を超えた超常なる力を用い、破壊の限りを尽くす。
当然、警察や自衛隊はそれに対抗したのだが……
「くっ……! 重火器は一切通用しないのか!?」
「無駄な足掻きだ! マギナルも宿していない鉄屑の攻撃など、我らに通用するものか!」
巨大な亀を思わせる姿の怪人は、抵抗する者たちをあっという間に蹂躙していく。
傷付き、倒れ伏す人々を見下ろしながら、怪人は高らかに叫ぶ。
「さぁ、この世界を我らシャドウネクサスに明け渡せ!」
人々の悲鳴と絶叫がこだましていく、絶望の街。
「だれかぁ……助けてぇ……!」
そんな中、一人の子どもが祈るように救いを求める。
「助けなど来ないぞ! 貴様たちの未来は闇に染まるのだ!」
少年の祈りを踏みにじるように、怪人が腕を振り上げた……その瞬間であった。
「待ちなさーいっ!」
絶望に満ちた空気を引き裂くように、可憐な少女の叫びが街に響き渡る。
そして、赤く輝く一陣の光が怪人の腕に直撃。
「何いっ!? これは……!?」
痛む腕を押さえながら後退した怪人は、鋭い目で上空を睨みつける。
するとそこには、空中に佇む一人の少女の姿があった。
「平和を乱し、人々を傷付ける邪悪な怪人! 私は貴方を許さない!」
赤く長い髪を編み込みのツインテールに束ね、全身をフリフリの衣装で着飾った少女。
その異質な姿に、周囲の人々は唖然とした様子を隠せない。
「貴様ぁっ! 何者だ!?」
赤き閃光で焦げた右手を使い、怪人は空に浮かぶ少女を指差す。
それに対して少女は右手に握るステッキを振り回しながら、大声で答える。
「私は……魔法少女!」
少女は可愛らしい顔に、確固たる信念を秘めた表情を浮かべる。
「悲しい運命になんて負けない。全ての愛と希望を守るため、命を掛けて戦う! みんなの小さな恋人! 魔法少女チェリーダイヤ!」
華やかな衣装を翻し、ポーズを決めながら口上をあげるチェリーダイヤ。
しかし怪人はそれに怯むことなく、嘲笑うように大口を開ける。
「ハハハハッ! 魔法少女だと? 貴様のような小娘がこのガメゴラス様を倒せるものか!」
怪人ガメゴラスは両手を砲台の形へと変化させ、チェリーダイヤに向けて砲弾を放つ。
チェリーダイヤはそれを素早い動きで回避しながら、ガメゴラスに急接近。
ステッキの先端を突きつけながら、気合に満ちた掛け声を叫ぶ。
「いっけぇーっ! ブリリアント・スカーレット!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
先程とは比較にならない、極大の紅き閃光が怪人ガメゴラスを包み込む。
ガメゴラスは苦悶に満ちた悲鳴を上げ、ゆっくりとその場に崩れ落ちていく。
「馬鹿、な……この、ガメゴラス様が一撃、で……?」
「貴方も、貴方たちの仲間も! 私がこの世界から追い返しちゃうんだから!」
「おのれ……! おのれ、魔法少女チェリーダイヤ……!」
徐々に崩壊していく肉体を引きずりながら、ガメゴラスはチェリーダイヤを睨みつける。
「我らシャドウネクサスを敵に回したこと……後悔するぞ。いずれ、シャドウ七天衆の方々が必ず……貴様を、殺す……」
「……そんなの、怖くないよ。私が怖いのは、大切な人たちを守れないことだもの」
脅すようなガメゴラスの言葉を一蹴し、チェリーダイヤは年相応の笑みを見せる。
「それに……たとえ私が敗れても、きっと大丈夫! 私の意志を継いだ、私なんかよりも強い魔法少女が現れて、みんなを守ってくれると信じてるから!」
その瞬間、周囲から割れんばかりの拍手喝采が湧き起こる。
誰も彼女の正体や、魔法少女について何も知らない。
しかしそれでも、その街の人々や……テレビ中継を通じて見ていた人々は理解する。
彼女こそが、この世界を救う救世主なのだと。
だが、この時チェリーダイヤは一つだけ大きな嘘を吐いた。
いいや、正確に言えば……読みが甘かったというべきだろう。
日本が誇る英雄、魔法少女チェリーダイヤが現れてから……二十年後。
未だに人類は、悪の組織シャドウネクサスとの戦いに明け暮れていたのだが……
『怪人警報発令! 怪人警報発令! 市内に怪人が出現しました! 付近の住民は至急、指定の避難所への避難を開始してください!』
街に響き渡る警報。シャドウネクサスの初襲撃から長い時間が経過したことで、人類はその襲撃への対策を完全にマニュアル化していた。
「フハハハハハッ! 長い時をかけ、ようやく復活することができたぞ! 新たなる最強のボディを得た、メカガメゴラス様だぁっ!」
街を襲撃するのは、奇しくもあの伝説のチェリーダイヤが初陣で倒した怪人ガメゴラス。
強化して復活した怪人の力は凄まじく、瞬く間に街を破壊し尽くしていく。
だが、避難する人々の顔には二十年前のような絶望の色は見られない。
なぜなら、彼らは知っているからだ。
この怪人はもう間もなく、駆けつけてきた魔法少女によって倒されるのだと。
「待ちなさーいっ!」
そんな人々の期待に応えるように、空から響き渡る叫び声。
風に揺られるピンクのフリフリ、リボンだらけのコスチューム。
日本国内だけではなく、もはや世界中で愛と平和の象徴と化した魔法少女の衣装に身を包み、ゆっくりと空から降りてくるのは……
「悲しい運命になんて負けないわよ! 全ての愛と希望を守るため、命を掛けて戦う! みんなの小さな恋人! 魔法少女チェリーダイヤ!」
原点にして頂点。人類史上最高の英雄とも称される、魔法少女チェリーダイヤ。
しかしその容姿は当然ながら、二十年前のあどけない少女のものとは異なる。
「来たな、魔法少女め! 今日こそは貴様の息の根を止めてやる!」
「やれるもんなら、やってみなさい! また返り討ちにしてあげるっ!」
長い月日はチェリーダイヤを十代の少女から、三十代後半の妙齢女性へと変えた。
当時はピッタリサイズだったコスチュームも、今では大きくなった胸や尻周りがはち切れそうなほどにパツパツで、ニーソックスに至っては太ももの肉がむちむちと乗っている状態。
「喰らえっ、チェリーダイヤ! メガギガタートル・キャノン!」
「そんな隙だらけの攻撃、チェリーには当たらないわよっ! とぉりゃぁっ!」
それでも彼女は二十年前と、まるで変わらないテンションで怪人に立ち向かう。
その圧倒的な才能と力を遺憾なく発揮し、次から次へと現れる侵略者を撃退する。
日本の平和と秩序を今もなお、最前線で守り続ける魔法少女チェリーダイヤ。
つまりこれこそが……あの日彼女が吐いた、一つの嘘。
この二十年の間、彼女の意志を継ぎ……彼女を超える魔法少女など誕生しなかった。
日々繰り返される戦いの中。
彼女が密かに恋をし、結婚し……そして、一人の子どもを産んでも。
それこそがこの俺――一ノ瀬翔太郎が抱える人生最大の秘密。
そう、俺の母さんは……世界最強の魔法少女なのである。



