俺の母さんは最強の魔法少女です
『俺の母さんは最強の魔法少女です』 ①
伝説の魔法少女チェリーダイヤ。
二十年前から悪の組織シャドウネクサスと激しい戦いを繰り広げており、それから新たな魔法少女たちが多く誕生してもなお……第一線で活躍を続ける最強の魔法少女。
彼女に関する活躍を聞かない日は無いと断言できるほど、国民から多くの支持と関心を集めている彼女ではあるが……その正体については完全に秘匿されている。
『本日の魔法少女ニュースです。山梨県甲府市に出現した怪人メカガメゴラスですが、間もなく登場したチェリーダイヤによって無事に撃退されました。この怪人の襲撃によって複数の民家が損壊しましたが、負傷者は出ていないとのことです』
リビングのソファでくつろぎながら、俺は夕方のニュースを観ている。
テレビの中では視聴者提供の現場映像が流されており、その中でチェリーダイヤ……つまりは俺の母さんが亀のような怪人と戦いを繰り広げていた。
「今日は山梨か……」
山梨にも専任の魔法少女がいたはずだが、出動が間に合わなかったのか。
そのせいでわざわざ母さんが駆けつけることになったんだなと、考えていると。
ソファのすぐ隣でブゥンッと、青白い光の渦が出現した。
そしてすぐにその中から、にゅるんっと一人の女性が飛び出してくる。
「たっだいまー! 翔ちゃん、遅くなってごめんねー!」
艶のあるメッシュがかった赤色の長髪を編み込みツインテールにし、愛らしさを全面に押し出したリボンやフリルだらけのコスチュームに身を包む魔法少女。
とても一児の母とは思えない格好だが、彼女は紛れもなく俺の母……一ノ瀬いづみである。
「今からご飯を作るからね!」
母さんがそう告げた直後、全身を眩い光が包み込み……みるみる姿を変えていく。
姿を変えると言っても、髪型が赤のツインテールからボリュームたっぷりの一本結びに。
服装が魔法少女の衣装からTシャツ&ジーンズ……それとエプロン姿へ変わるだけ。
要するに魔法少女の変身を解いたってことだ。
「飯ならもう俺が作っておいたよ。美味しそうなカレーのレシピが本に載っててさ」
「えっ? 本当? 翔ちゃん、いつもありがとうね!」
両手を頬の隣で重ね、嬉しそうにぴょんっと跳ねる母さん。
喜んでくれるのはいいが、大事なことを確認しておかないとな。
「それよりも母さん。今日もちゃんと、バレないように気をつけたんだよな?」
「翔ちゃんったら、私が何年魔法少女をやってると思ってるの? 身バレなんてしないわ」
サムズアップしながら、ドヤ顔でそう返す母さん。
二十年以上も魔法少女を続けてきたのだから、その言葉にはたしかな説得力がある。
でもここで、はいそうですか、と流すわけにはいかない。
「あのな、母さん。一流のアスリートや熟練の職人だって時にはミスをする。母さんの場合はそのたった一回が命取りになるんだって、分かってる?」
「うっ……」
「俺だってあんまり厳しいことは言いたくないよ。でも、魔法少女を続けるなら、これからも身バレだけは本当に気を付けて」
「はーい……ごめんね、翔ちゃん」
「うん、分かればいいよ。ご飯の前にとりあえず、お風呂に入ってくれば?」
「そうする……汗を流して、翔ちゃんのカレーいっぱい食べるもん」
少しキツく言い過ぎたせいか、母さんはしょんぼりとした態度で風呂場へと向かう。
俺はそんな背中を黙って見送り、母さんの姿が完全に脱衣所に消えたところで……
「(ふぉぉぉぉぉぉぉっ! 母さんっ! 母さんはなんて可愛いんだぁぁぁぁぁぁぁっ!)」
ソファの上に寝転がり、クッションを顔に当てながら俺は悶絶する。
見たか? さっきの魔法少女姿を!
四十手前でありながら、あの衣装をあそこまで完璧に着こなせる一児の母がいるか?
いや、いない! むしろ若い頃よりも、今の方が似合っているとまで言えよう!
「ああああああああっ……! それに今日もまた大活躍して! 多くの人間を救って! 俺は、俺は誇らしいっ! 自慢の母親過ぎて、もはやまともに直視できるものかよっ!」
バタバタバタ。母さんへの想いが溢れすぎて、ソファの上で跳ね回る。
子どもの頃からずっとずっと、母さんが魔法少女として戦う姿を見てきた。
毎日毎日、日本各地で起きるシャドウネクサスの襲撃現場に赴き……怪人を倒す。
どれだけ辛く、苦しく、傷付く戦いであっても決して弱音を吐くこともなく。
富や名声を求めることなく、ただただ平和のために身を犠牲にして戦い続ける。
そんな世界で一番格好良くて、最強で、誰よりも美しい魔法少女が俺の母親なのだ。
これが冷静でいられるものかよ! おおんっ!?
「尊いよぉ……俺の母ちゃん、尊いよぉ……!」
溢れ出る涙。漏れ出す尊み。
母さんへの敬意と自分の幸運を噛み締め、喜びに体を震わせていると。
突然、流しっぱなしのテレビから……こんな声が聞こえてきた。
『私はねぇ、このチェリーダイヤってのが、大嫌いなんですよ』
「……あ?」
ピタリと震えを止め、俺はゆっくりとソファから体を起こす。
そしてテレビ画面を食い入るように見つめると、そこには政治コメンテーターとかいう大層な肩書きを付けた初老の男が、不機嫌そうな顔で映っていた。
『おや、これは珍しいご意見ですね。下原さん、どうしてそうなるんです?』
少し困惑した様子で、男性キャスターが下原とかいうコメンテーターに問いかける。
このご時世、総理大臣よりも知名度があると称されるチェリーダイヤを悪く言う人間なんて天然記念物並みの存在だと言えよう。
『魔法少女……たしかに人気はありますが。そもそも、どうしてそんな得体のしれないものに日本の平和を預けなければならないかって話なわけですよ!』
馬鹿か、こいつ。
異世界からの侵略者であるシャドウネクサスの怪人には、重火器の一切が通用しない。現状で唯一、奴らに通じるのが魔法少女による魔法攻撃しかないのだから頼るのも必然だろう。
『大体、なぜ彼女はその正体を明かさないんです? 何もやましいことがないのなら、政府にだけでも正体を明かすべきだと思いますよ』
いやいやいや、こっちの事情も考えろよ。
政府に明かしても安全は保障されないし、どこからか秘密が漏れる可能性も出てくる。
そうなればシャドウネクサスは総力を挙げて、母さんの始末……或いは、息子である俺を誘拐、もしくは殺害しようとするはずだ。
「って、俺は何をムキになってるんだ」
こんな馬鹿、好きなように言わせておけば良い。
コイツが何を言おうとも、母さんの人気が揺らぐことはないのだから。
『そもそも、魔法少女って……ぷぷっ。どう見ても三十代以上でしょう? どの面を下げて、少女と名乗っているんでしょうかねぇ? 私なら恥ずかしくて死にたくなりますよ』
「……あぁ? なんだァ……テメェ……?」
ビキビキビキ。こめかみに青筋が浮かんでいくのが分かる。
このクソ野郎……こっちが見逃してやろうとしたのに、よくも……!
よくも俺の母さんを馬鹿にしたな?
『それにねぇ、あの服装。二十年前ならいざ知らず、いい年をしてあんなヒラヒラとしたフリルだらけで、肌の露出も多い格好なんて……下劣極まりない!』
たしかに魔法少女の衣装は、母さんくらいの年代の人が着るには厳しいものがある。
だが、あの衣装は魔法少女の力を発揮するために必要な変身による副産物。
二十数年前。普通の中学生だった母さんに魔法少女となる力を与えたのは、白い毛並みの不思議な小動物だったと聞いているが……そいつ曰く、魔法少女とはそういうもの、らしい。



