俺の母さんは最強の魔法少女です

『俺の母さんは最強の魔法少女です』 ②

 だから母さんだって好きであんな格好をしているわけではないし、というか母さんは実年齢に比べて見た目が若く、美しいのでどんな衣装だろうと完璧に着こなしているのだ。

 それをこの男は、何も知らずに好き勝手言いやがって……!


「帝長大学教授、下原浩一……お前は粛正対象だ」


 スマホを手に取り、粛正リストの中にこの男を追加する。

 帝長大学ということは、割とここから近い。

 それならば、今夜辺り……


「ふぅー……いいお湯だったぁ」


 俺が殺意をメラメラと燃え上がらせていると、風呂上がりの母さんがやってくる。

 濡れて水滴の滴る髪をタオルで拭きながら、バスローブのまま歩くその姿……

美の女神かと錯覚してしまうほど、その姿は神々しくも美しい。


「翔ちゃん、お風呂も沸かしておいてくれてありがとうね」


 パッチリとした大きな瞳に、長いまつ毛。

 高く整った鼻に、薄紅色をしたほどよい厚さの唇。

豊満な胸は四十手前を前にしても、グラビアアイドル顔負けの張りを保っており、少々だらしなくなりつつあるお腹周りや太もも周りは……逆にそれが愛嬌を振りまく。


「翔ちゃん? もしもーし? 聞こえてるー?」


 っと、いけない。母さんの美しさに見惚れて、思わずボーっとしてしまっていた、


「聞こえてるよ。それより、カレーを温めるよ」


 俺は未だに不快な声を垂れ流すテレビを消して、立ち上がる。

 そして母さんが髪を乾かしている間に、食事の準備を済ませるのであった。


 □


 一ノ瀬家の夕食はいつも、俺と母さんの二人きり。

 母さんの夫にして、俺の戸籍上の父である男については……まぁ、いずれ話そう。


「んふ~~~~♡ おいひぃ♡」


 今はとにかく、俺の作った料理を幸せそうに食べる母さんの顔を目に焼き付けたい。

 ああ……そんなに頬いっぱいに詰め込んで、リスみたいで可愛いな。


「翔ちゃん、また腕を上げたわね? おかわりしちゃおうっと!」

「母さんは本当にカレーが大好きだな」

「うん。昔ね、カレー屋さんでアルバイトしていたこともあるのよ? その時に指導してくれた先輩が本当に美人で優しくて……私もあんな風になりたかったなぁ」

「はいはい、その話はもう何度も聞いたよ」

「むぅ、そうだったっけ?」


 カレー皿に新たにご飯とカレーをよそって、戻って来る母さん。

 スプーンを口に咥えて、拗ねたように首を傾げる姿は実に愛らしい。外見は若々しい美人奥さんという感じなのに、子供っぽい振る舞いをするとこが……たまらんのだよ。


「でもね、本当にそう思うの。先輩は結婚した後、元気な子どもを二人産んでね。それから立派に主婦業をこなして、幸せな家庭を築いているんだけど……」


 椅子に腰を下ろしながら、少し悲しげな顔を見せる母さん。


「……それに比べて私は、ママとして失格よね。家のことは放ったらかしてばかりで、翔ちゃんに何もかも任せっきりだもの」

「仕方ないじゃないか。母さんには、魔法少女としての大事な使命があるんだから」

「だけど、それでいつも翔ちゃんに寂しい思いをさせちゃってるし、迷惑ばかり……」

「小さいガキの頃にはそう感じたこともあったけど、今は大丈夫だよ」


 落ち込んだように顔を伏せる母さんに、俺は心からの言葉を投げかける。


「それに母さんは俺にとって自慢の存在なんだ。だから、そんな風に言わないでくれよ」

「うぅっ……! 翔ちゃんは本当にいい子ねぇ……」

「おいおい、これくらいで泣くなよ」


 ティッシュを箱から数枚引き抜いて差し出すと、母さんはそれを受け取って涙を拭う。

 魔法少女として戦う際にはまるで涙を流さないのに、家だと涙脆いんだよなぁ。


「ごべんねぇ……私、うぅぅぅぅぅ……」


 チーンと鼻をかみ、ティッシュを丸める母さん。

 そしてカッと目を見開くと、おかわりのカレーを一気に頬張り始める。


「反省は終わり! ウジウジしていたら、折角の美味しいご飯が台無しだもの!」


 すっかりいつもの調子を取り戻し、カレーをぺろりと平らげる母さん。

 良かった。泣いている母さんも綺麗だが、やはり笑った顔の方が何千倍もいい。


「はぁ……本当に美味しかったぁ。ご馳走様!」


 食事を終えた母さんは、食器を流し台へと片付けてから戻ってくる。


「翔ちゃんのお嫁さんになる子は幸せ者ねぇ」

「そんな物好きがいれば、だけどな」

「ふふふっ、照れちゃって。翔ちゃんカッコイイから、学校でモテモテなんじゃないの?」


 テーブルの上で手を組み、その上に顎を乗せながら問いかけてくる母さん。

 その蠱惑的な表情に、俺はつい見惚れてしまいそうになる。


「どうだろうな。でも、高校時代の恋愛なんて大抵は本気じゃないと思うよ」

「ドライねぇ。でもでも、ママとしてはちょっぴり嬉しいかも」

「ん? 何がそんなに嬉しいんだ?」

「えー? だってもうしばらくは、翔ちゃんはママを大事にしてくれるってことでしょ?」


 そう言いながら母さんは右手をテーブル越しに伸ばし、俺の額をツンと突いてくる。


「(ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!)」


 もうしばらく? とんでもないっ!

 この命尽きるその日まで、俺はこの世の何よりも母さんを優先し、大事にする!

 それが、世界最高の母親の息子に生まれた、俺の宿命とも言えよう!


「え? え? 翔ちゃん、なんで泣いているの?」

「……いや、ちょっと。色々と、感情が込み上げて」


 しまった。母さんへの想いが強すぎるあまり、つい涙が……


「もしかして、学校で何か嫌なこととかあった?」

「そんなことないって。学校では上手くやってるよ」


 実際そうなので、慌てて否定の言葉を紡ぐ。

 母さんを心配させるようなことは、絶対にあってはならないからな。


「ふぅん? それは信じるけど、翔ちゃんが泣くなんて珍しいし……」


 母さんはしばらく俺の顔をジロジロと見た後、テーブルから立ち上がり……リビングのソファの方へと移動し始めた。


「翔ちゃん、こっちへ来なさい」

「え? なんで?」

「いいから、早く。ママの隣に座りなさい」


 俺は言われた通りに、母さんのいるソファの方へと向かう。

 そして恐る恐るソファに腰を下ろした瞬間。

 ふわりと、母さんが俺の体を優しく抱きしめてきた。


「ちょっ、母さん?」

「んふふー、たまにはこうして母子のスキンシップをしないとね?」


 左手を腰に回し、右手を俺の頭の上に回すようにしてむぎゅーっと包容を強める母さん。


「いっぱいママが甘やかしてあげる♡ ほらほらほらぁ♡」


 ああ……花のように甘い香りと、この世のものとは思えない柔らかな感触。

 まるで極楽の世界に誘われたような感覚。

 ナデナデと頭を擦る母さんの手のひらの感触が、実に心地いい。


「あっ、あっ、あっ……」

「ん~~~? 翔ちゃん、恥ずかしがってるの?」


 脳に押し寄せる多幸感によって、びくびくと跳ねそうになる俺の体。

 しかし母さんはそれを俺の抵抗だと誤解したようで、さらにハグを強めてくる。


「ママを嫌がる悪い子には、こうだぞ~?」


 ぐりぐりぐり。むにむにむにむに。

 強いハグのまま、頬ずりまでしてくる母さん。

 もはや俺の脳はオーバーヒート寸前。今にも意識がトんじまいそうだ。


「あれ? 翔ちゃん、眠たいの? 駄目よ、こんなところで寝たら風邪を引いちゃうわ」

「ち、違うって……! 少し、ボーっとしただけだから」


 本当はこのまま永遠に、母さんとのスキンシップを過ごしたい。

 だけどそんなことをすれば廃人化は避けられない。

 名残惜しさを感じながらも、俺はソファから立ち上がる。