俺の母さんは最強の魔法少女です

『俺の母さんは最強の魔法少女です』 ③

「むぅー、もう終わりなの?」

「母さん、魔法少女の戦いをしてきて疲れてるだろ? 今日は早く寝なよ」

「そんなことないわよ。今日の怪人は、いつもより雑魚だったから」


 ニィッと笑みをみせ、力こぶを作ってみせる母さん。

 そういや、テレビで見た映像だと敵の怪人は母さんのワンパンで沈んでいたっけ。


「それでも。いつまた怪人が襲撃するか分からないんだからさ」

「はーい。じゃあ、歯磨きをしてから休めてもらうわね」


 母さんはそう返し、洗面台に向かってパタパタと歩いていく。

 俺はその背中を見送った後、ゆっくりとソファの上に倒れ込む。


「はぁっ、はぁっ……危なかった……!」


 恐るべし、母さんのバブみ力。

 もう数秒、ハグが続いていたら俺の理性は崩壊し……バブバブと叫び始めていただろう。


「やっぱり、俺の母さんは世界最強だ……」


 俺は息も絶え絶えになりながら、母さんの温もりが残るソファに寝転がるのであった。


 □


 夜も深まり、誰もが寝静まる頃。

 俺は自室で、とある準備を進めていた。


「スタンガン、ロープ、手錠……それと、例のグッズを入れて、と」


 黒のフードパーカーとズボン。それとレザーの手袋を着用し、顔にはマスク。

 そんな格好をしながら、俺はリュックに色々な道具を詰め込んでいく。


「こんなもんで十分か」


 そう呟いた瞬間、ピロンッとスマホに通知音。

 見てみると、俺の協力者から……とある情報が届いていた。


「相変わらず仕事が速くて助かるよ」


 そこに書かれているのは、この近くにある高層マンションの住所。

 そしてそのマンション内に入るための、オートロックの暗証番号だ。


「さぁ、行くか」


 俺は一階の寝室で寝ている母さんに気付かれないよう、慎重に二階の自室から出る。

 物音を立てず、階段を下りて……そのまま玄関へ向かう。


「母さんを悪く言う奴は、絶対に許さん……」


 固い意志を心に秘め、俺は深夜にこっそりと外出する。

 なぁに、別に大したことじゃあない。

 今までに何度もやっている、恒例行事のようなもの。

 明日の朝には、全てが上手くいっているのだから。


 □


実に晴れやかで、小鳥たちがさえずる気持ちのいい朝。

学校への仕度を済ませ、あくびを噛み殺しながら俺は朝のニュースを見ていた。


「翔ちゃん、お待たせー! 朝ご飯、出来たわよ!」


 にこやかなエプロン姿で、母さんはテーブルの上に朝食を並べる。


「ありがとう、母さん。俺が作っても良かったのに」

「ううん、たまには母親らしいことしたかったから。でも、ちょっと失敗しちゃった」


 頬を掻きながら、気まずそうに呟く母さん。

 言われて朝食に視線を落としてみれば、少し焦げたトーストに、歪んだ形の目玉焼き。

 タコさんウィンナーは切り込みが不十分だったせいか、足がくるんとなっていない。

 たしかにこれは、完璧な朝食とは言い難いかもな。


「……見た目なんて気にしないよ。じゃあ、頂きます」


 少し不格好な朝食を、俺は両手を合わせてから食べ始める。たまにこうして母さんが朝食を作ってくれることはあるが……今回はいつもと比べると、かなり上達していると言えよう。


「うん、美味しいよ。焦げも気にならないし、味付けはバッチリだよ」

「んふふふっ、良かったぁ。頑張って早起きして良かったわ」


 上機嫌でニコニコと微笑む母さんを見つめながら、俺は朝食を食べ進める。

 するとちょうどそのタイミングで、テレビから一際大きな音声が流れてきた。


『今週の魔法少女ランキング! 十位から三位までは、順位に変動はありませんでした!』


 魔法少女ランキング。それは、魔法少女たちに対する人気投票のようなもの。

 まぁ、そうは言っても……最近の魔法少女たちは大した実力も持たず、活躍もまばら。

 どんな時でも日本各地へワープし、圧倒的な実力で怪人を瞬殺する母さんほどの人気を集めることなど到底できるはずもなく。

 俺が知る限り、母さんがランキング一位を逃したことはただの一度もない。


『惜しくも第二位となったのは新進気鋭の魔法少女アイドル、メロンエメラ――』

「母さん、一位おめでとう」

「や、やめてよ翔ちゃん。私は別に、人気者になりたいわけじゃないのよ?」


 頬を赤らめ、恥ずかしそうに視線を逸らす母さん。

 どんな人間であろうとも、強い力を手にしたら多少は増長するものだと思うのだが。

 俺の母さんに至っては、それが一切ない。

 魔法少女の力を悪用することもなければ、自分の力を誇示することもしない。

 ただ純粋に、その力で多くの人を救いたいという想いだけで……戦ってきているのだ。


「(ああっ……! 母さん、なんて尊いんだっ……!)」


 こんな素晴らしい女性の息子に生まれ落ちたことが、俺にとって人生最大の幸福である。

 そう確信しながら、朝食を食べ進めていると……


『さて、今週もやはりチェリーダイヤが一位でしたね。下原先生、どう思われますか?』


 テレビでは、司会の大御所芸能人がゲストであるコメンテーターに話題を振る。

 下原浩一。コイツは昨晩の発言により、ネットでかなりの炎上状態にあるわけだが。

 番組はその話題を活かすべく、急遽ゲストに招いたのだろうが……残念なことに、もうその男から失言を引き出すことはできないだろう。


『チェリーダイヤ、サイコウ、ウツクシイ、キレイ、ステキ……カワイイ……』

『えっ? 下原先生は、チェリーダイヤ否定派でしたよね?』

『チガウ、オデ、チェリーダイヤ……ファン。チェリーダイヤ、カッコイイ……』


 焦点の定まらない瞳の下原は、口の端からダラダラと唾液を垂らしながらカタコト言葉の称賛を口にし続ける。


『ミンナ、オウエンシヨウ! チェリーダイヤ、ガンバッテル! チェリーダイヤバンザイ! チェリーダイヤ! チェリーダイヤ! チェリーダイヤァァァァァァァッツ!』

『ちょっ!? 下原先生、どうしたんですか!?』

『チェリーダイヤ! ワルクイウヤツユルサナイ! チェリーダイヤ! チェリーダイヤ!』

『い、一旦ここでコマーシャルです!』


 虚ろな表情で万歳まで始めた下原に、番組スタッフたちは大慌ての様子。

 ふん、アンチを使って話題作りをし、視聴率を稼ごうとした報いだ。


「ええ……? 今のはなんだったのかしら?」


 当然、そんな異常な光景を見た母さんは困惑の表情。


「さぁ? きっと母さんの熱狂的なファンなんだろうな」


 ジャムを塗ったトーストに齧りつきながら、俺は密かにほくそ笑む。

 どうやら俺の『教育』は無事に、あの男の意識を変えることに成功したようだ。

 これでまたこの世界に一人、母さんのファンが増えたな。


「でも、明らかに様子が変だったわ。まさか、シャドウネクサスの仕業……?」

「違うと思う。なんでもかんでも、悪の組織のせいにするのはよくないって」

「そう? なんだか、怪しい感じだったけど」

「いやいや、母さんは称賛されて当然の魔法少女なんだから。あのくらい普通だよ」


 朝食を食べ終え、食後のコーヒーを一口。

 うーん、不快なアンチもファンに変えることができて……実に爽やかな朝だ。


「ふふっ、ありがとう。そう言われると、ますます頑張りたくなっちゃう」

「……母さん、それについてなんだけど」


 マグカップをテーブルに置き、俺は真剣な眼差しを母さんに向ける。

 その視線の鋭さに気付いたのか、母さんも真面目な顔で俺を見つめ返してきた。


「母さんが頑張っていることも、大きな活躍をしていることも分かってる。でもさ、もうそろそろ……引退しちゃってもいいんじゃない?」