俺の母さんは最強の魔法少女です

『魔法少女選抜プロジェクト、始動』 ⑥

 少しして、ファンクラブの全員がゆっくりと散らばっていく。

その中心には、いつの間にかチェリーダイヤファンクラブのハッピとハチマキを着用させられたクソヤンキーが立っている。


「……俺、間違っていました。チェリーダイヤは、立派な魔法少女です」


 先程までの濁った瞳ではなく、キラキラと輝く瞳でクソヤンキー……いや、新たなる同志はチェリーダイヤを称える言葉を口にする。


「チェリーダイヤ最高! チェリーダイヤ最高! 最強! 無双! 可愛いっ!」

「よし、成功でござる」

「見事です、池田さん。まさかこの短時間で、あのクソ野郎を更生させるなんて」

「え? え? え? えええええええっ!?」

「なんだ春菜、うるさいぞ」

「いやいやいや! これって、洗脳じゃないの?」

「何をおっしゃいますか、一ノ瀬会長の彼女殿。我々はあの若者に、チェリーダイヤのこれまでの活躍を語って聞かせ、さらにブロマイドの画像などを見せただけですぞ」

「え? 私が翔くんの彼女……? えへへへっ、やっぱりそう見えちゃいます?」

「チェリーダイヤの魅力を知れば、人が変わったようにファンになるのも必然。我々はあくまでも、そのアシストをしただけにすぎませんぞ、彼女殿」

「んもぅっ! 彼女だなんて! まだそこまでじゃないというかぁ……♡ うふふ♡」


 なんだか話が噛み合っていない気もしたが、春菜は満足したように引き下がっていく。

 俺も俺で、池田さんには後で誤解を解いておく必要がありそうだ。


「しかしそれにしても、チェリーダイヤの人気は凄いな」


 改めて周囲を見渡すと、先程より多い人数の通行人たちが大型ビジョンに映る母さんのインタビューに注目している。

 小さな子どもから、杖を突く老人に至るまで。

 老若男女問わず、多くの人々から愛され……期待される最強の魔法少女チェリーダイヤ。


『チェリーはこれからも愛と平和のために頑張りますっ! みんな、応援してくださいね!』

「「「「「「「「「ワァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」」」」」」」」」


湧き起こる熱狂の渦を見つめながら、俺は思う。

 これから俺は、これほどの存在を超える……魔法少女を作らなければならない。

 その道程は決して容易ではなく、かつてないほどの苦難となるはずだ。


「(やってやる……! 俺が必ず、母さんを……チェリーダイヤを終わらせる)」


 決意を新たにした俺は拳を強く握りしめながら、ビジョンに大きく映るチェリーダイヤの笑顔を目に焼き付けるのであった。


 □


「ただいまー」


 学校から帰宅した俺は、その足でリビングへと向かう。

 するとそこには、ソファにぐてーっともたれ掛かる母さんの姿があった。


「あっ、おかえり翔ちゃん。おやつのプリン、冷蔵庫にあるわよー」

「うん、後で貰うよ、それより、母さん……」


 テーブルに鞄を置いて、母さんに話しかけようとした瞬間。

 耳馴染みのない、不思議な機械音がブィーンッと鳴り響く。


「あっ、あっ、あ~~~~っ……これ、効くわねぇ」


 音のした方を見やれば、ソファの上の母さんが電動マッサージ機を肩に押し当てながら、気持ちよさそうに身を捩っている、


「……母さん、何をやってるの?」

「えー? 今日は力を使いすぎて疲れちゃったから、マッサージしてるの……おっ、おぉ~」


 相当に気持ちいいのか、あられもない声を出しながら目を細める母さん。

 その姿を見て、俺の視界は激情で真っ赤に染まりかけてしまう。


「そんなこと……聞いているんじゃないけど?」

「んぁ~? じゃあ、もしかしてぇ……んぁっ、インタビュー受けちゃった……んっ」


 右肩から左肩へ。母さんはマッサージ機を移し、その振動を堪能し続ける。


「たまには、いいんじゃない……? はぁんっ……今日は少し、苦戦し……んぉっ!」

「そんなことを言ってるんじゃないんだよ!」


 怒りを抑えきれず、俺は思わずテーブルをバンッと強く叩いてしまう。

 その音にびっくりしたのか、母さんは驚いたように目を見開いていた。


「翔ちゃん? どうしたの……?」

「何が、マッサージ機だよ……」

「はぇ? このマッサージ機がどうかしたの?」

「母さんのマッサージは俺の役目だろ! なんでそんな機械を使ってんだよ!」


 俺は素早く母さんの元に駆け寄ると、マッサージ機を強引に奪い取る。

 こんな震えるしか能がない機械ごときが、俺の大事な役目を邪魔しやがって!


「ええっと……? 翔ちゃん、そんなにママにマッサージしたかったの?」

「当たり前だ! 母さんの疲れを癒やすのは、俺の生きがいの一つなんだぞ!」


 子どもの頃から、ありとあらゆる整体やマッサージの本を読み漁り、指圧の腕を磨いてきたのは……全部母さんのためなのに!

 薄汚い電動マッサージ風情が、この俺に勝てると思うなよ!


「……ごめんね、翔ちゃん。最近の翔ちゃん、なんだか思い詰めた顔をしていたから……マッサージをお願いしにくくって。つい、これ買っちゃったの」

「あっ……」


 申し訳無さそうに呟く母さんの言葉に、俺はハッとする。

 そうだ。ここ最近、魔法少女候補の捜索が難航し……俺は焦ってしまっていた。

 だから母さんは仕方なく……くそっ! 何もかも、俺のせいじゃないか!


「うぅぅぅっ……! 悪いのは全部、俺だよ……! 母さん、本当にごめん!」

「ううん、謝らないで。翔ちゃんが頑張ってくれているのは、ママが一番分かっているから」


 伸びてきた手がふわりと俺の体を包み込み、そのまま俺は母さんに抱きしめられる。

 ああ……! 母さんの温もり、匂い、感触……!

 それら全てが、俺のやさぐれていた感情を癒やしてくれる。


「じゃあ、今からマッサージ……してもらおっかなー?」

「いいのか? 俺が……母さんをマッサージしても」


 母さんは笑顔で頷くと、ソファの上でうつ伏せの体勢となる。

 長年、マッサージをしてきた俺には……見ただけで分かる。

 とんでもなく凝り固まった体……こんなカチカチボディでマッサージ誘いやがって……!


「いくよ、母さん……」

「うん、来て……♡ 翔ちゃんのマッサージで、いっぱい気持ちよくして♡」


 母さんの背中にそっと指を這わせ、俺は凝りが集中している箇所を探る。


「んっ……あぅっ……んんんっ」

「凄いね……母さん、無理しすぎなんじゃない?」

「あんっ、だってぇ……最近の怪人、ちょっと、手強いからぁ……ひぅっ」


 グリッと、肩周りの筋肉をほぐすと……母さんの体が強く跳ねる。

 これは相当、普段から強い力で腕を動かしている証拠だ。


「そんなに厄介なの? 今日もステッキ使ってなかったよね?」

「うん、ただのビームじゃ避けられちゃう……んんっ、しぃ……力任せに戦った方が、あっ、楽チン……ぽぁっ、イイ……♡」

「相当怪我もしてたでしょ? 魔法で治療したの?」

「あれくらいなら、はぁん……一瞬、だものぉ……おっ、おっ、おぉぉ~~~♡」


 首周りから肩、背中、腰、尻周り、太もも、ふくらはぎ、つま先まで。

 全身余すことなく、母さんの体の凝りをほぐしていく。

 母さんの反応も普段より遥かにいいので、かなり効いているようだ。


「んん~~~~♡ 翔ちゃん、すっごく上手になったわね」

「そう言ってもらえると、俺も努力した甲斐があったよ」

「おかげで全身、スッキリ。体中が軽くて仕方ないわ」

「そりゃあもう、リンパの流れをよくしたからな。そう、リンパをこう……アレして」


 マッサージが終わり、ソファから起き上がる母さん。

 今日のところはこれで終わり……かと思いきや。


「えいっ! 翔ちゃん、ソファに寝転びなさーい」

「え? え?」


 急に母さんが俺をソファの上に引きずり倒し、さらにその上に跨ってくる。


「たまにはママが、翔ちゃんをマッサージしてあげる」

「いや、俺はいいよ……!」

「だ~め! 私だって、翔ちゃんを気持ちよくしてあげたいんだから♡」


 ペロリと赤い舌で唇を舐め、母さんは動けない俺の肩に両手を添える。


「ひぃんっ……!」

「うふっ、いい声……これはマッサージしがいがあるわね」

「だ、駄目だ……! 俺が気持ちよくなるんじゃなくて、母さんに……んぉっ!」


 ぐりっ、ぐりぐりぐりぐりぐりっ。

 力強くも繊細な指使いに、俺はあっという間にその快楽に屈服してしまう。


「翔ちゃん……たぁっぷり、ママの愛情を味わってね?」

「あっ、あっ、あぁぁぁ~~~~~~~~っ!」


 この日、俺にとって最高の幸運は魔法少女の候補を見つけられたことではない。

 こうして母さんから、愛情の籠もったマッサージをしてもらえたこと。

 それこそが、何よりも幸福な出来事なのであった。