テスターですけど、このネトゲ学園が難しすぎるとか言うのやめれる? 「これ絶対クリアできないんですけど、責任とれそ?」
プロローグ
「──理想の学校って、どんなところだと思います?」
静かな部屋の中、穏やかな少女の声が響いた。
視線を向けると隣に座ったクラスメイトがゆらゆらと足を揺らしている。
「急に変なこと言い出したな、リア」
灰色の壁に囲まれた部屋は静かで、少しの雑談をする余裕はありそうだった。
しかし適当に答えるにはどこか深いテーマで、うーん、と考え込んでしまう。
「理想と言っても色々あるだろうけど。どのぐらいまで好き放題にしていいんだろ?」
「さすがに魔法学校とか、超能力養成校はナシですかねー。現実にある範囲で理想の学校です。例えば家の横にあるといいな、とか。アウトレットが近くに欲しい、とか!」
一本、二本と細い指を立て、彼女は背もたれにもたれるようにして、こちらに視線を向ける。
制服に隠れた体のラインが少しだけ浮かび上がって、思わず目を逸らした。
「そういう条件かあ……」
現実にありえる範囲で考えるなら、そうだなあ。
「学校の中にコンビニがあるといいな。あと普通よりちょっと安めの自販機も欲しい」
「うわ、欲が深いですね、ラグ君! 生協とかスーパーじゃなくコンビニを欲しがるなんて! しかもちょっと損な気がする飲み物だけは自販機で買う、なんか小狡い感じ!」
「常識的な希望にとんでもないディスが返ってきたんだけど」
同じようなことを考える人、たくさんいるはずだよ!?
「別に設備じゃなくて、校風とかでもいいんですよー? 風紀委員がすっごい権力を持ってるとか、生徒会役員が王様みたいに振る舞ってるとか」
「そんな学校はヤだなー。権力者のいる学校なんて、絶対ろくな目に遭わないじゃん」
「なんで虐げられる側を想像してるんですか。こっちが全ての権力を握ればいいんですよ!」
「学校の中で権力者になるって、それはそれで面倒な気がする!」
絶対に普通の生徒として過ごせないじゃん。
一度しかない学校生活、普通の学生とかけ離れたポジションで過ごすのはどーなの、って思うよね。
「あとは面白いイベントがあるといいかもな。修学旅行が海外、文化祭にお笑い芸人が来てくれる、それから……」
「あ、テロリストに占領される学校、とかどうでしょう!」
「不謹慎だよ、リア」
「あっさり切り捨てないでください。想像としては定番じゃないですか、テロリストが来るって!」
「あくまで想像の話なのはわかるし、定番でもあるけど……今は、なあ」
そう言って、上にズラしていたバイザーを軽く下へ降ろす。
極薄のディスプレイに映し出された、どこかファンタジックな映像が視界に入る。
古めかしい石造りの壁に、濃いダークオークの一枚板を緩やかにカットした長机。正面の黒板には仮想ウインドウが重なっている。
魔法学校のようなファンタジーと現代的な技術の組み合わさった、壮麗な教室。
仮想空間に創られた、俺達の学園だ。
「エマージェンシー! エマージェンシー!」
同時にミュート状態が解除され、音と話し声が耳に入ってくる。
「F組前の入口を爆走ボアが突破した! サイドから崩されるぞ!」
「……よく持った方ね。いいわ、防衛線を再構築。F組とH組はいないものとして、G組単独で戦線を形成しなさい」
「F組側に人が欲しいでござるワン!」
「窓が、窓がー! レビモリがどんどん入ってくるー!」
教室に突進してくる凶暴なエネミー達。
どこからどう見ても、学校が襲撃されている真っ最中だった。
「まあテロリストではないけど、こうしてエネミーの襲撃の最中に言うことじゃないだろ。ちょっと不謹慎だぞ」
「そんなこと言われても暇ですし。出番のない秘密兵器ってこんな気分なんですねー」
手の中のコントローラーをくるりと回し、リアが大きく伸びをする。
のんきな顔してるけど、そうしていられるのも今だけだと思うぞ。
何とか迎撃しようと武器を振るう生徒や、大盾を構える謎のモノリス、魔法を放つ未確認飛行物体に、倒れた生徒を必死に救護するケモミミ獣人、大剣を加えて駆け回るサモエドなどみんな奮闘しているが──戦闘音はどんどん近くなってるし、悲痛な声ばっかり聞こえてくる。
「窓のバリケードが壊れる! 技術部、修理をー!」
「こ、これ壁も殴られてない? 穴空いちゃうかも!」
「S組が避難してきた! 北棟は壊滅、残ってるのは南棟の3クラスだけだ!」
「……大半のエネミーがこちらに集中している、ということね──結構」
と、指揮を取っていたクラスメイトがこちらに顔を向ける。
「聞いていたわね、リア、ラグ。そろそろ仕事の時間よ」
「待ってました! もー、何もせずに終わっちゃうかと思いましたよ!」
さっきコントローラーを回していたそのままの動きで、リアがくるりと短剣をまわす。
こちらも手の中のデバイスを握り直すと、バイザー越しに【ラグ】のアバターが直剣を構え直した。
「ここからG組は持久戦に入るわ。敵を倒さず、敵に倒されず、こちらで全てを抱え込む。その分だけ敵陣のエネミーが減るはずよ。こちらが耐久している間に、あなた達は敵陣に突入。最速でボスエネミーを討伐の上、帰還して頂戴」
「仕事が無茶すぎて草なんだよなあ」
愚痴を言う俺だけど、隣のリアはひどく呆れた視線をこちらに向ける。
「クエスト自体が無茶なんですー。ふつーの昼休みだったのに、急に襲撃が始まるんですから! 人も少ないし、連携も取れずにクラス単位で防衛する羽目になったんですよぉー?」
「うぐっ!?」
言葉の刃が俺の心を突き刺す。
そう、これは昼休みに突然始まった襲撃イベントなんだ。
巻き込まれた居残り組にとっては、想定外の戦いで予定がめちゃくちゃになってる。
そういう迷惑かけそうなイベントはしない方が、って話もしてたはずなのに!
「はー、こんなイベントばっかりじゃ、全クリする未来は遠いですねー。ほんと、誰ですかこのイベント作ったのは。ちゃんと反省して欲しいですよ!」
「ぐぉぉぉっ!?」
違うんだよぉ、普通のゲームイベントだと思ってたから、防衛クエストも楽しいなって!
「難易度も高すぎません? 倒してれば数が減るのかと思ったらずーっと襲ってきますし」
「いやほら、逆転要素というか、メイン目的というか、そういうのがあるといいじゃん?」
「防衛クエストなのにこっちが攻めるの本末転倒じゃないです?」
「ううううううっ!」
ちゃんとフィードバックを戻せなくてすみませんでしたー!
「残り時間はおよそ20分。できれば10分以内に決めて頂戴。G組の防衛ラインにも限界はあるし──何より、このままでは昼休みがなくなってしまうもの」
「時間制限までつけんの!?」
さすがにキツイんじゃない!?
「はよ昼飯食えっておかんがマジ切れしてんのよ! 即殺でよろ!」
「我、盾構えっぱなしで、そろそろ腕がつる」
「しかも五時間目は体育だよー! このままだとリアルの体が死ぬってー!」
「──ということよ。どうせ勝てるんでしょう、さっさと行ってきなさい」
「ええい、わかったよ! 保証はできないけど、やってくる!」
このままイベントが失敗したら、なんだこのクソイベント、って評価で終わっちゃう!
「その意気です! 行きますよラグ君、全クリ、フルコンプのために、学園防衛の実績は絶対に逃しません!」
「おう! しっかりクリアして、この学園はクソゲーじゃないって証明してやる!」
俺とリアは、揃って教室の窓から飛び出す。
襲い来るエネミーをすり抜けて、俺達の昼休みをぶち壊しにした元凶の元へ。
──あ、そうだ。当たり前すぎてすっかり忘れてた。
オンラインゲームの中に創設された、世界初の学園。
この世界、オーバーカム学園こそが、俺にとって理想の学校だ。



