Fragment 01 ①
きおく?
きおくって、なに?
ミノルの質問に、姉のワカバはおやつのプリンをすくう手を止め、少し考えてから言った。
「ミーくん、昨日のおやつ、なんだったかおぼえてる?」
「えっと……」
すぐ
昨日、秘密の部屋から現れたのは……。
「えっとねえ、ばろろわ!」
「うん、ババロアだったよね」
ワカバはにっこり笑うと、卓上のナプキンでミノルの口の
「じゃあ、ミーくん。昨日のババロアと、今日のプリンと、どっちが好き?」
再び問われ、ミノルは目の前の、早くも半分減ってしまったカスタードプリンを
母親が作ってくれるプリンは大好きだ。売ってるのと違ってカラメルがぜんぜん苦くないし、ちゃんと卵の味がする。
でも、ババロアも同じくらい好きだ。とくに、昨日食べたイチゴのババロア。口の中で、雪みたいにふわっと溶けてしまう。
「……どっちもだもん……」
選ぶことができず、ミノルが涙目になりかけると、ワカバは
「うん、おねえちゃんもどっちも好き。ねえミーくん、いま、昨日のババロアの味を思い出せた?」
「思い出せた! いちご!」
たちまち涙を忘れて、ミノルは勢いよく叫ぶ。台所の母親がリビングに目を向け、二人の様子に顔を
「そう、いちごだったよね。いまミーくんがいちごババロアの味を思い出せたのは、ミーくんの中にババロアの
「ふうん……」
ミノルには少し難しかったが、姉の言葉の意味を一生
「……じゃあ、ぼく、これからおやつを全部きおくする!」
「どうして?」
「だって、きおくすれば、食べちゃっても思い出せるもん! プリンも、ばろろわも、しゅーむりーくも、全部きおくするよ!」
「そっか」
ワカバはミノルの顔を
「じゃあ、大事に、味わって食べないとね。食べ終わったら、
「ぼく、ずっと、ずーっとおぼえてるよ! そんで、おっきくなったら、ママとワカちゃんにプリンをつくってあげるの!」
「ありがとう、楽しみにしてるね。約束だよ」
──これは、ミノルが四歳、ワカバが七歳の時の記憶。
***
ねえワカちゃん。
記憶って、なにでできてるの?
ミノルの質問に、姉のワカバは小学校の宿題をする手を止め、不思議そうな顔で首を
「……なにって、なんのこと?」
「えっと……記憶って、頭のなかに
「わあ、ミーくんも、ずいぶん難しいこと考えるようになったのねえ」
ワカバはにっこりと微笑む。
家や幼稚園でどんなにたくさん本を読み、色々なことを覚えても、三つ年上の姉の知識にはまったく追いつけない。ミノルが不思議に思ったことを
しかし、たまにはワカバでも即答できないことがあって、そんな時に姉が浮かべる、優しさの中にほんの少しの苦笑が混じった、大人びた表情がミノルは大好きだ。
「
ゆっくりと
「脳が入ってるの。脳はニューロンっていうものでできてて、そのニューロンは、シナプスで
「にゅーろん……しぷ……なす?」
「シナプス、だよ。わたしたちの記憶は、そのシナプスの中にあるって言われてるんだけど、何でできてるかはまだ
「ふうん……。しなぷす……っていうのは、頭のなかに、いくつくらいあるの?」
するとワカバは、先ほどより大きな苦笑を浮かべる。
「えっとねえ……ミーくんは、数、いくつまで数えられるかな?」
「ひゃく!」
最近ようやく数えられるようになった数字を元気いっぱいに叫ぶと、ワカバは「すごいねえ」ともう一度頭を撫でてくれる。
「……あのね、脳全体で、ニューロンがだいたい一千億個あるって言われてるの。一千億っていうのは、十の、百倍の、百倍の、百倍の、百倍の、そのまた百倍のことなの」
「ひゃくばいの……ひゃくばいの、ひゃくばい……?」
そもそも《百倍》という
「……それって、パパのお部屋にある本と、どっちが多いの?」
父親の
ワカバはくすっと笑うと
「パパの本、いっぱいあるもんねえ。千冊くらいかな……でも、一千億のほうが、ずーっと、ずーっと多いんだよ。それでね……シナプスは、一千億個あるニューロンのひとつひとつに、だいたい一万個ずつあるみたいなの」
「…………?」
姉が口にした数の巨大さを想像することもできず、ミノルはぽかんと口を開けた。
そんな弟を
「一千億かける一万は、一千兆……。わたしたちの天の川銀河にある星の数も一千億個だから、一万の銀河を合わせた星と同じだけの数のシナプスが、わたしやミーくんの脳の中にあるのよ。いつか、ミーくんにも数えられる……ううん、想像できるようになるわ」
そこで少し言葉を切り、ミノルをぎゅうっと
「その時は、わたしにも教えてね。ミーくんが、一千兆個のシナプスで、何を感じたか。……約束だよ?」
姉が口にした言葉の、最後のひとつだけはミノルにも理解できた。だから、ミノルは姉の顔を見上げながら、勢いよく
「うん、約束する! ぼく、小学校にいったら、いっせんちょうまで数えられるようになるよ!」
これは、ミノルが六歳、ワカバが九歳の時の



