オープニング3
入学初日の本日は午前授業。
友達が出来た皆様は親交を深めに食堂へ行き、出来なかった者は枕を濡らしに寮へと帰っていく。
俺はというと結衣に捕まり、お弁当を食べに屋上へ無理やり引っ張られていた。
「お昼ご飯、楽しみだね」
「ソウデスネ……」
「理玖の好きな甘じょっぱい卵焼き作ってきたからね。ふふっ、懐かしいなぁ、理玖のお弁当を作ろうとして『ア、アンタの好物ってなに?』ってぶきっちょに聞いたっけ」
「あはは……そうだったね〜」
こめかみに冷や汗が流れるのを感じながら、無理やり笑みを浮かべる。
甘じょっぱい卵焼きは、湊理玖が来日して食し感動を覚えた大好物。俺も好きなのだけれど、まったくそそられない。
それも当然。関わりたくないという思いに加えて気まずさがある。結衣には素敵な思い出なのだろうけど、俺には『あ、こいつどうせ弁当作ってくんな』という画面外で冷めていた思い出しかないのだ。……うん、罪悪感で胸が痛い。
「ん? どしたの?」
どうやら顔に出ていたようで、結衣がひょこと背を曲げて俺の顔を覗き込んできた。
「い、いや何でもないよ。屋上に行こう」
階段を上りきって屋上への扉を開く。
「うわっ」
抜けた青空が視界いっぱいに広がっていた。
出てみると、少し冷たい風に肌を撫でられて爽快な気分を味わう。柔らかい春の日差しも眠りたくなる暖かさで、立っているだけで気持ちいい。
舞い上がった桜の花びらがくるくると目の前を通り過ぎる。追いかけるように際まで行って見下ろすと、広大な学園の至る所に咲く桜に目を奪われた。
知らずして開いていた口を閉じようにも閉まらないので、口元を手で押さえる。いや、綺麗だと、そんなちんけな感想を口に出すことが憚られたのかもしれない。
少し視線を上げてみると遠くに混み混みとした街並みが見えた。この学園は山の上にあり、屋上はこのあたりで一番高いところにある。どうして何でもない風景であっても高いところから見下ろすと絶景に思えるのか、そんな謎が深まる景色に感嘆のため息を漏らす。
プレイヤーとして画面越しに見ていた景色だけど、実際に目にしてみるとこんなにも違うのか。
「どしたの、理玖?」
「景色が綺麗だなって」
「何度も屋上に来てるのに。理玖ってば、可愛いなぁ」
鈴が転がるような笑い声をあげる結衣。彼女の笑顔はあまりにも屋上の景色に映えていた。絵画を切り取ったよう、なんて月並みな表現が似つかわしい。人を虜にするためだけに作られた青春アニメ映画のワンシーンのようで、ろくな青春を送ったことがない人が見れば何日も鬱屈とした気分に苛まれるような魅力がある。
心臓が高鳴る。バクバクと脈を打つ。
そうだよ。よくよく考えてみなくともゲーム世界のヒロインが現実にいるんだ。魅力溢れる彼女の虜にならないなんて現実的じゃない。
「さぁ、ご飯食べようよ」
屋上のベンチに座った結衣にちょいちょいと手招きされ恐る恐る隣に座ると、桜に引っ張られて甘い香りに鼻腔をくすぐられる。無性にそわついてきて、心臓の鼓動がさらに速まる。
「今日入学式だったけどさ、理玖は緊張しなかった?」
「いや、特には」
「えー、私は緊張したんだけど、ずる〜い」
なんて何気ない会話は次から次へと風に運ばれていく。
言葉を口にする。言葉が耳に届く。それだけで林檎のような瑞々しい甘酸っぱい空気が流れてくる。
開放的な屋上がそうさせるのだろう。気分は高揚していた。だから肩を寄せてくる結衣に俺も肩を預けた。
華奢で柔らかな女の子の体が触れる。体温が伝わってきて心地よく、このまま溶けてしまいそうな感覚に陥った時、結衣が箸につまんだ卵焼きを差し出してきた。
「あ〜ん」
口を開けて迎え入れる。甘じょっぱいはずの卵焼きはひたすら甘い。
結衣が「えへへ」と笑うと、触れた肩の温度が上がった気がした。流れる空気もキャラメルを転がしているように濃く甘くなる。
……そうだよ。ちゃんと生きている人間。現実の魅力溢れる美少女。怖がっていたけれど、甘い生活を送るのはいいかもしれない。
なんて思った時、屋上の扉が開いた。
「……何してるのかなぁ? 理玖くん?」
出てきたのは、本来屋上で向日葵を抱いているのが似合いそうな美少女。今は凍てついた笑顔の若菜だった。
「それに結衣。何してんの?」
触れた肩が凍りつきそうになって慌てて離れる。
「は? 若菜こそ何?」
どすのきいた声を聞いて思う。
あ、やっぱ勘違いだったわ。全然良くない。関わりたくない。というか、この状況どうしよう。
「理玖?」
「理玖くん?」
前言撤回。やはり四月上旬の屋上は寒い。外に出ていると風邪をひいてしまうので、ここは帰らなければならない。決して怖くなったわけではないが、帰らなければならない。
「ちょっと寒くなってきたから帰るね。それじゃあ」
とベンチを立つが、ぐいと腕を摑まれてひきとめられる。
「理玖、どこに逃げるつもり?」
結衣が攻略される前のように冷たい。
「理玖くんが屋上に行ったと聞いて来てみれば、ねえ理玖くん? 私という彼女がいながら、これはどういうことかなぁ〜?」
猫撫で声の若菜に逃げ道を塞がれる。
如月若菜。代々政府の要職を担ってきた一族、警察庁長官の娘。
あれ? 詰んだ?
「私という彼女がいながらって何? 理玖の恋人は私なんだけど?」
「ん? 何かにゃ? 結衣は頭がおかしくなっちゃったのかな?」
「は? おかしくなったのは若菜でしょ?」
ぴきぴき、と二人のこめかみに青筋が立つ。
ひっそり逃げようとしたが、腕はガッチリと摑まれたままで逃げられそうにない。
「いやいや、結衣は私の恋をサポートするのに理玖くんと二人きりにしてくれたよね?」
「そんな事実ないし。むしろ私の思いに気付いた若菜が、四人で遊びに行こうって誘ってドタキャンして、私と理玖のデートをセットしたじゃん」
しばらくの無言ののち、二人は同時に口を開いた。
「「頭でも強く打った?」」
二人の息ぴったり! これは仲良くやれそうだな! 安心安心! じゃっ、ここらでお邪魔虫は退散……出来ない。若菜に視線だけで足を止められた。