「どうしたの?」
「いや、何でもない……いや、何でもないということはない」
「ん? なんか、変なとこあった?」
あるだろ、入学式におてて繫いで入場って何? 6年生と1年生? てか、手を離してください。
とは言えるはずがないので、
「ほら、手を繫いでるとこ見られるの恥ずかしいから」
代わりにそう言った。
「何言ってるの、理玖。皆の前で『結衣は俺の彼女だって知らしめてやる』って恥ずかしがる私の手を引っ張ったのは理玖じゃん、あぁ、あの時の理玖、格好良かったなぁ」
そうだった……。結衣ルートで俺は文化祭を回るときにそんなことをしていた。
何やってんだ、未来の俺……。
ってあれ? 見られる?
結衣と手を繫いでいるところを姫乃に見られたらどうなるだろうか。
ぶるり、と震える。
「結衣、ま、まだ手を繫ぐのは早いって」
「早い?」
「そう、ほら、えーと、あれ。また恋人未満の関係を楽しみたいって言うか、ね?」
「友達以上恋人未満……いいかも。昔の私は理玖のことが好きなのに素直になれなくて。でも理玖も私と同じだったんだ……嬉しい」
「そうそう」
噓である。
ストーリー上の湊理玖は、気持ちが抑えきれなくなった結衣の告白に心揺り動かされて好きになる。だけど手を離してくれたので、下手なことは言わないことにした。
結衣の何でもない話を聞き流しながら歩いて体育館にたどり着く。
バスケットボールのコートが二面取れる舞台付きの体育館には、パイプ椅子がずらっと並べられていた。馬鹿みたいな設定の割に普通の入学式って感じがする。多分、CGの都合だろう。
「理玖ぅ、離れたくないぃ〜」
「大丈夫、すぐにまた会えるから」
上京する恋人との別れくらい惜しむ結衣と入学式が終われば本当にすぐ会う約束を交わして、出席番号で定められた自分の席に座った。
席に座ってしばらくして入学式が始まったが、話なんか頭に入ってこず、ただただ状況に頭を悩ませる。
姫乃も結衣も俺のことを恋人だと思ったまま近づいてきてるよな……。
関わりたくないが、こうなったら避けるのは難しい。
仕方ない。あなたたちとは関わることが出来ません、と正直に言おうか。
このゲーム、関係が進まなかったヒロインには何の事件も起きないし。そうじゃん! どのルートにも入らなければ誰も不幸にならなくてすむのでは?
よし、そう言ってみるか。シミュレーションしてみよう。
『俺、君らを攻略したけど、関わりたくないんだ』
『は? 死にたいの?』
……ダメだ。ミンチにモザイク、大量の鯉が口パクパクしてるところまで見えた。
さらに嫌な想像は止まらず、俺のことを恋人だと思った二人が鉢合わせてしまう展開まで想像してしまう。
どういう関係なの? と問い詰められたとき、どちらも俺の恋人でした、と事実を吐けば俺はどうなるだろう?
雪城姫乃。日本の財界、政界に大きな影響力を持つ雪城家の未来の当主。
吉良結衣。一般家庭で育ち使用人クラスにいるが、実はこのゲームにしか存在しない国レシステンシアの姫君。
皆相当な権力者で、浮気などと思われたら消されてもおかしくない。
しかもこのゲームのヒロインは三人。二股でさえ消される未来が見えているのに、三股ならどうなるだろうか……うん、恐ろしくて仕方ない。
一旦、考えないようにしよう。メンタルがもたない。
椅子に座り直し顔を上げると、ちょうど新入生代表の挨拶の最中だった。
「私たちはこの三年という貴重な時間、部活動に、学業に、夢に、青春に、恋愛に、恋愛に、大体恋愛に日々精進したいと思います!」
こんな挨拶だっけ……。
舞台上の新入生代表を見上げる。
黒に近い青髪の爽やかなショートカット。溢れ出るキラキラした雰囲気は、白い砂浜に青い海、真夏の太陽といった背景が見えるほど。貴族クラスだけれどお嬢様感はなく、清純派トップアイドルのような顔立ち。しゅわしゅわのラムネをほっぺたにくっつけてきてニカっと笑う。そんな姿が似合いすぎる彼女はヒロインの如月若菜だ。
あ。
若菜と目が合った。
遠くからでもわかる、熱っぽい重たい重たーい愛情のこもった目。
……俺は俯いた。
それから入学式の間ずっと俯き続け、式が終わると肩を落としたまま立ち上がる。
「理玖、帰ろ?」
「……うん」
終わって即俺のところにきた結衣と歩き出す。こういうところでも接近を許すほかなく、本当にどうすればいいのか頭を悩ませる。
「若菜、元気そうだったね」
元気そう、それは未来から戻ってきたからこその言葉だろう。それにファーストネーム呼びの親しい感じも、共通ルートで若菜と課題に挑み、友達になった未来から帰ってきたからこそだろう。
「うん。まあ元気そうってのもおかしいけど」
「あはは、そだね。で、ところで理玖?」
尋ねられたので、結衣に顔を向ける。
そこにあったのは冷たい笑顔とどす黒い闇の目。
「あの女狐、理玖に色目使ってたように見えたけど、あれ何?」
「……気のせいじゃない?」
俺は結衣から顔を背けた。