たぶん、天才には二種類いるんだろう──。
薄暗い階段を三段飛ばしで駆け下りながら、バジンはそんなことを考えていた。
時代に求められて現れる英雄タイプと、そんなことはお構いなしに自然発生する変人タイプ。どちらが良いとか悪いとかはない。ただ、バジンの実体験から言えるのは、後者のタイプに付き合っていく凡人の苦労は、そりゃもう並大抵のものではないということだ。
「博士っ! 入りますよ!」
立て付けの悪い扉を蹴り破るようにして部屋に入ると、いつものように地下研究所のこもった空気が出迎えた。床には殴り書きのメモ用紙だの実験用の沸騰石だのが無秩序に散らばっていて、ほとんど足の踏み場もないほどだ。
「うわっ!? ああもう、昨日掃除したばかりなのに……」
思わず溜め息をついたバジンだが、すぐに気を取り直すと、物を踏みつけるのも構わずに歩き始めた。何を構うものか。どのみち、この部屋にあるものの大半は捨て置くことになるのだ。
「博士! 返事をしてください、アナライ博士っ!」
声を張り上げると、薄暗い部屋の一番奥で気配が動いた。しゃっきりと背筋の伸びた小柄な老人が、ランプを片手に、絵の具でべとべとになった白衣を揺らして姿を現す。
「大声を出すな、バジン。仕上げが狂うところじゃったぞ」
そういう老人の右手には、淡い黄色に染まった絵筆が握られている。バジンは眉根を寄せた。
「仕上げって……絵の具なんか持ち出して、いったい何をされていたんですか?」
「うむ、見るか? まだ表面が乾いておらんが」
身をひるがえしたアナライに従って部屋の奥に行くと、そこには赤・青・緑・黄色でそれぞれ彩られた人形が四体、並んでいた。人型といえば人型だが、背丈はバジンの膝下ほどで、頭が大きく手足は小さい。言ってみれば人体が二頭身半ほどに戯画化されたような形をしている。
しかし一般的に、人々がこの形態を「人型」と呼ぶことはない。というのも、こういう形をした人間とは別の存在が、当たり前のように彼らの身近にいるためだ。それがいわゆる──。
「──四大精霊……ですか?」
「さよう。アナライ・カーン作、『人造精霊』試作機じゃ」
満足げに鼻を鳴らすアナライに促されて、バジンは向かって右側から順番に、四大精霊の形をした人形を眺めていった。まずは一体目……緑色に塗られた人形だ。お腹には本物が持つ『風穴』を模した丸い穴が空いており、その中からそよそよと風が流れてくる。
「これは風精霊ですね。動力は……」
バジンが身を屈めて穴を覗き込むと、まず回転して風を生み出している六枚の羽が目に入り、そのさらに向こう側に、羽と連結された回し車に乗って走り続ける小動物の姿が確認できた。よく耳を澄ませば、チュウチュウと鳴き声もする。
「……ネズミですか……」
「このスペースに入って、なおかつ動力となれる生き物となると、他に候補がおらんでな」
「ネズミ任せのウチワですね、要するに」
製作者にがっかり感が伝わるよう一蹴して、バジンは次の『人造精霊』へと注意を移した。
「これは青いから水精霊……なるほど、胴体の『水口』から液体が出ていますね」
「胴体と顔の部分は開閉式になっておる。開けて中を見てみるとよい」
アナライに言われるがまま『水精霊』の中身を暴くと、まず頭の中には小さな水槽があった。水槽には目の粗い小石から細かい砂まで層状に重ねられており、その上に泥水が溜まっている。水槽の一番下に敷かれたろ紙からは澄んだ水が染み出し、本物の水精霊であれば『水口』と呼ばれる蛇口に似た器官へと向かう管に注いでいた。
「……これは、確か。ずいぶん前に博士が作った『ろ過機』でしたっけ?」
「さよう。この仕組みで泥水から不純物をこしとって、綺麗な水を得ることができる」
蛇口の下に置いてある茶碗に溜まった水を舐めてみて、バジンは眉をしかめた。
「……博士。この水、えらく泥臭いんですが」
「飲用としては問題ないはずじゃが……ろ紙の強度と、繊維密度に課題があるようじゃな」
しれっと言ったアナライに呆れながら、バジンは隣の精霊に視線をやる。これには色以外にも他の三体と違う点があり、バンザイするように上げた両手の上にフタが被せてあった。
「次は火精霊……。ということは、やはり両手の『火孔』から火が出るんですか?」
「うむ、見ておれ」
両手を覆っていた丸いフタを取り除くと、アナライは間を置かず白衣のポケットから火打ち石を取り出し、『火精霊』のすぐ傍で打ち合わせた。石と石がぶつかり合って火花を生んだかと思うと、ごく一瞬ではあるが、火勢が何倍にも広がって空中で燃え上がる。
「わわわっ! 危ないっ!」
「この『火精霊』の体内には、蒸留分離した純度の高い油が溜めてあっての。知っての通り、油というやつは放っておくと、ちょっとずつ揮発……つまり気化する。手に空いた『火孔』からは気化した油が上がってくるから、それをフタの内側に溜めて火を点けた、というわけじゃ」
「説明よりも、可燃物だらけの室内でやっていいことと悪いことを考えてくださいよっ!」
軽く焦げた白衣のスソを払いながら、バジンは涙目で残る『人造精霊』最後の一体を眺めやった。最初の風精霊と同じような穴が胴体の真ん中に空いており、ガラスでフタをされたそこから、ぼうっとした不思議な光がこぼれ出している。
「胴体に『光洞』……光精霊ですね。でも、この光は一体……?」
興味を惹かれたバジンが顔を近付けて穴の中を覗き込むと、薄いガラス蓋の一枚向こうで、無数の黒い影がわさわさと蠢いた。尻尾から小さな光を放つ数百匹のそれらが何であるか気付いた瞬間、バジンは総身に鳥肌を立てて後ずさった。
「こ、光虫じゃないですかっ! きき気色悪いっ、こんなに沢山どこで捕まえてきたんです!?」
「気色悪いとはなんじゃ! 感情的に嫌悪する前に、わしの助手を名乗るなら物事の本質を見よ。この虫はな、『炎』も『大きな熱』も伴わない『光』が、なにも光精霊だけの特権でないことをわしらに教えてくれる生きた証拠なのじゃぞ」
「い、いや、それはそうかもしれませんが……」
網膜に焼きついた虫の残像をがんばって追い払い、バジンは頭一つ低い師の顔をにらんだ。
「……博士。正直言って、今回ばかりは私も理解に苦しみます」
「む……?」
「この『人造精霊』を作った目的ですよ。博士が長らく研究対象として精霊に注目していたのは知っていますが、こんなジョークみたいな劣化品を作って何になるんです? 無闇に教団の連中を挑発しているとしか思えません。まさか本気で精霊の存在を人工的に再現できると思っているわけじゃないでしょう」
「お前も、それが出来んと思うか」
「難しいでしょう。現時点で、我々には虫一匹作り出せないというのに」