プロローグ ①

 たぶん、天才には二種類いるんだろう──。

 うす暗い階段を三段飛ばしでけ下りながら、バジンはそんなことを考えていた。

 時代に求められて現れるえいゆうタイプと、そんなことはお構いなしに自然発生する変人タイプ。どちらが良いとか悪いとかはない。ただ、バジンの実体験から言えるのは、後者のタイプに付き合っていくぼんじんの苦労は、そりゃもうなみたいていのものではないということだ。


博士はかせっ! 入りますよ!」


 立て付けの悪いとびらり破るようにしてに入ると、いつものように地下研究所のこもった空気が出迎えた。ゆかにはなぐり書きのメモ用紙だの実験用のふつとうせきだのがちつじよに散らばっていて、ほとんど足のみ場もないほどだ。


「うわっ!? ああもう、昨日きのうそうしたばかりなのに……」


 思わずいきをついたバジンだが、すぐに気を取り直すと、物を踏みつけるのも構わずに歩き始めた。何を構うものか。どのみち、この部屋にあるもののたいはんは捨て置くことになるのだ。


「博士! 返事をしてください、アナライ博士っ!」


 声を張り上げると、薄暗い部屋の一番奥ではいが動いた。しゃっきりとすじの伸びたがらな老人が、ランプを片手に、絵の具でべとべとになったはくらして姿を現す。


「大声を出すな、バジン。仕上げがくるうところじゃったぞ」


 そういう老人の右手には、あわい黄色に染まったふでにぎられている。バジンはまゆを寄せた。


「仕上げって……絵の具なんか持ち出して、いったい何をされていたんですか?」

「うむ、見るか? まだ表面がかわいておらんが」


 身をひるがえしたアナライに従って部屋の奥に行くと、そこには赤・青・緑・黄色でそれぞれいろどられた人形が四体、並んでいた。ひとがたといえば人型だが、たけはバジンのひざしたほどで、頭が大きく手足は小さい。言ってみれば人体がとうしんはんほどに戯画化デフオルメされたような形をしている。

 しかし一般的に、人々がこの形態を「人型」と呼ぶことはない。というのも、こういう形をした人間とは別のそんざいが、当たり前のように彼らの身近にいるためだ。それがいわゆる──。


「──四大せいれい……ですか?」

「さよう。アナライ・カーン作、『じんぞう精霊』試作機じゃ」


 満足げに鼻を鳴らすアナライにうながされて、バジンは向かって右側から順番に、四大精霊の形をした人形をながめていった。まずは一体目……緑色にられた人形だ。おなかにはが持つ『かざあな』をした丸いあないており、その中からそよそよと風が流れてくる。


「これはかぜせいれいですね。動力は……」


 バジンが身をかがめて穴をのぞき込むと、まず回転して風を生み出している六枚のはねが目に入り、そのさらに向こう側に、はねと連結された回し車に乗って走り続ける小動物の姿が確認できた。よく耳をませば、チュウチュウと鳴き声もする。


「……ネズミですか……」

「このスペースに入って、なおかつ動力となれる生き物となると、他にこうがおらんでな」

「ネズミまかせのウチワですね、ようするに」


 せいさくしやにがっかり感が伝わるよういつしゆうして、バジンは次の『じんぞうせいれい』へと注意を移した。


「これは青いから水精霊……なるほど、どうたいの『すいくち』から液体が出ていますね」

「胴体と顔の部分はかいへいしきになっておる。開けて中を見てみるとよい」


 アナライに言われるがまま『水精霊』の中身をあばくと、まず頭の中には小さなすいそうがあった。水槽には目のあらい小石から細かい砂まで層状に重ねられており、その上にどろみずまっている。水槽の一番下にかれたろ紙からは澄んだ水が染み出し、本物の水精霊であれば『水口』と呼ばれるじやぐちた器官へと向かうくだそそいでいた。


「……これは、確か。ずいぶん前に博士はかせが作った『ろ』でしたっけ?」

「さよう。この仕組みで泥水からじゆんぶつをこしとって、れいな水を得ることができる」


 蛇口の下に置いてあるちやわんに溜まった水をめてみて、バジンはまゆをしかめた。


「……博士。この水、えらくどろくさいんですが」

いんようとしては問題ないはずじゃが……ろ紙の強度と、せんみつに課題があるようじゃな」


 しれっと言ったアナライにあきれながら、バジンはとなりの精霊にせんをやる。これには色以外にも他の三体とちがう点があり、バンザイするように上げた両手の上にフタがかぶせてあった。


「次は火精霊……。ということは、やはり両手の『こう』から火が出るんですか?」

「うむ、見ておれ」


 両手をおおっていた丸いフタを取りのぞくと、アナライは間を置かずはくのポケットから火打ち石を取り出し、『火精霊』のすぐそばで打ち合わせた。石と石がぶつかり合って火花を生んだかと思うと、ごくいつしゆんではあるが、せいが何倍にも広がって空中で燃え上がる。


「わわわっ! 危ないっ!」

「この『火精霊』の体内には、じようりゆうぶんしたじゆんの高い油が溜めてあっての。知っての通り、油というやつは放っておくと、ちょっとずつはつ……つまり気化する。手にいた『火孔』からは気化した油が上がってくるから、それをフタの内側に溜めて火をけた、というわけじゃ」

「説明よりも、ねんぶつだらけの室内でやっていいことと悪いことを考えてくださいよっ!」


 軽くげた白衣のスソをはらいながら、バジンはなみだで残る『人造精霊』最後の一体をながめやった。最初の風精霊と同じようなあなが胴体のん中にいており、ガラスでフタをされたそこから、ぼうっとした不思議な光がこぼれ出している。


「胴体に『こうどう』……光精霊ですね。でも、この光は一体……?」


 きようかれたバジンが顔を近付けてあなの中をのぞき込むと、うすいガラスぶたの一枚向こうで、無数の黒い影がわさわさとうごめいた。尻尾しつぽから小さな光を放つ数百ひきのそれらが何であるか気付いたしゆんかん、バジンはそうとりはだを立てて後ずさった。


「こ、光虫じゃないですかっ! ききしよく悪いっ、こんなにたくさんどこで捕まえてきたんです!?」

「気色悪いとはなんじゃ! 感情的にけんする前に、わしの助手を名乗るなら物事の本質を見よ。この虫はな、『ほのお』も『大きな熱』もともなわない『光』が、なにも光せいれいだけの特権でないことをわしらに教えてくれる生きたしようなのじゃぞ」

「い、いや、それはそうかもしれませんが……」


 もうまくに焼きついた虫のざんぞうをがんばって追いはらい、バジンは頭一つ低いの顔をにらんだ。


「……博士はかせ。正直言って、今回ばかりは私も理解に苦しみます」

「む……?」

「この『じんぞう精霊』を作った目的ですよ。博士が長らく研究対象として精霊にちゆうもくしていたのは知っていますが、こんなジョークみたいなれつひんを作って何になるんです? やみに教団の連中をちようはつしているとしか思えません。まさか本気で精霊のそんざいじんこうてきに再現できると思っているわけじゃないでしょう」

「お前も、それがんと思うか」

むずかしいでしょう。現時点で、われわれには虫一ぴき作り出せないというのに」

刊行シリーズ

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIVの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIXの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンVIIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンVIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンVIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンVの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIVの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンの書影