プロローグ ②

 きびしい意見に反論するでもなく、アナライは自分で作り上げた四体の試作品をじっとながめる。ろうけんじやの思うところは測りかねたが、今のバジンにはのん気にそれを想像しているひまはない。

 ずっと片手ににぎめていた便びんせんを、何も言わず、バジンはアナライに向かってきつけた。


「……なんじゃこれは?」

「薄々はお気付きでしょう、アルデラ教団からのさいつうこくです! 時間がしいので内容をかいつまんで読み上げますよ……『とくしんしやアナライ・カーンへ。さいさんちゆうこくにもかかわらず、今もっての方の研究は神のこころ沿わぬことはなはだしく、そのおこないはしゆしんかんようを大いにいつだつしたるものなり。三日後のしようまでにあくぎようの産物ことごとともなってしん殿でんまでしゆつとうせよ。しからざれば今度こそたんとしてのげんばつまぬがれえぬものと知るべし』……」


 バジンがそこまで言ったところで、アナライはのどを鳴らしてしようした。


「瀆神者とはまた、わしもずいぶんと教団の連中からきらわれたものじゃな。……ようするに、今ここにある研究成果をすべって、三日以内に神殿まで許しをいに行けというわけか?」

「そういうことです。たようなけいこくは今まで何度もありましたが、今回は明らかに温度がちがう。三日後と言わず明日にも、てつじようたずさえたたんしんもんかんが、ここのドアをたたくかもしれません」

「本気とあらば、そうなるじゃろうな。軍の後ろだてを失ったわしらはきよつけいまぬがれまいて」

他人ひとごとじゃありませんよ。……これでも私も『アナライの』のはしくれ、もとよりごくまでおともするかくではありますが……博士はかせ、これからどうなされるつもりですか?」


 じよしゆしんけんそのものの調ちようたずねられて、アナライはいきをついての中を見渡した。


「……この世界には、いたる所に神の目が光っておる。地上のすべてばかりではらず、書の中身やことの一つ一つ。ては人の心に至るまで、かの神はてんからわれらを見張っておる……」

「…………」

「それがきゆうくつじゃと、せめて研究の間だけは神を忘れたいと願って、この研究室を立ち上げたものじゃが……かびくさうす暗い、われらのあいすべきせいいきも、いまや神のいかりを前にしてふうぜんともしというわけか」

「……きようちゆう、お察しします。教団の神学者どもは、どう説明しても先生の『科学』を理解しません。『全ての論理のこんていには神がいなければならない』……そんなアルデラ神学のかいりつもうしんするばかりで、じゆんすいな真理のたんきゆうを断固として認めないのです」

「そう、『科学』……神のしるべなき人の学問。それこそが、我らがここで学んだことの全てじゃ」


 アナライがかんがいを込めてそうつぶやいたしゆんかんてんじようからり下がっていたすずかんだかけいかいおんかなでた。それに続いて、この空間と地上をへだてる鉄製のドアが、荒々しいノックにきしみを上げる。ふたりはぜんしんで身構えてたがいを見た。


「……けいこくしたじつたずに来よったか。予想の内とはいえ、まったく短気な連中じゃな」


 あきれ声でぼやくと、アナライは身をひるがえして自分のつくえまで歩み寄った。そこでひときゆうを置いて気持ちを切り替えるや、もうぜんと片付けを始める。


「──バジン、ここはみせいじゃ。よほど残しておきたい資料以外はあきらめろ。なに、せいは全てわしとお前の頭に入っておるし、そもそも学問は場所を選ばぬ。次はせいぜい、もっと上手うまく神の目から逃れてみせようぞ」

「は、はい! ……しかし、博士、当てはあるのですか? この国の──カトヴァーナていこくのどこに逃げても、教団はしつこく我々を追ってくるのではないかと……」

「学問は場所を選ばぬと言ったばかりじゃ、当てが帝国である必要もあるまい? となりのキオカきようこくは技術立国をひようぼうするだけあって、わしらのような人種を受け容れるだけのりようがある」

「キオカ……!? 戦争中のりんこくですよ! ぼうめいのツテはあるんですか!?」

「あちらにも少なからず『アナライの弟子』はおるよ。これまでの文通で話は付けておいた。転ばぬ先のつえじゃな。……さて、バジン。お前のせいれい殿どのはどこにおる?」

「は、はい。ラガは今、うらしようきやくでゴミを燃やしていますが……」

「ならばに火は入っているな。ちょうどいい、教団の石頭どもにおうしゆうされるのがごうはらなものもある。お前は先に行って火を強めてもらえ。こればかりはのわしからはたのめん」


 指示を受けたバジンはうらぐちからを飛び出し、地上への階段を大急ぎでけ上っていく。その背中を見送ったアナライは、自分のつくえの上に目をやって、ひもで大切にまとめられた大量の便びんせんを両うでで抱きすくめるように持ち上げた。


「世界中に散った、たちとの語らいのろく……かなうことならばキオカまで持っていきたかったが。この分量では、それもむずかしいであろうな」


 いつくしむひとみで便箋をながめ、差出人の名前を一つ一つつぶやきながら、アナライはゆっくりと階段を上っていく。すぐそこにせまっているのことも今だけは構わない。ろうけんじんにとって、それらは遠くはなれた息子むすこまごから送られてくる手紙も同然だった。


「ヨルガはさんじゆつにめっぽう強かったな。ミルバキエはきよくろんきじゃった。ナズナは難しい話をくだいて説明できる子で、じよしゆとしてもとに置きたいくらいじゃった。イクタは……」


 その名前を口にしたしゆんかん、思い出を語る声がわずかににぶった。なつかしさよりも、いとおしさよりも──その名前のぬしについて、アナライの中では痛ましさのおくが先に立った。


「……イクタ・ソロークは、わしのとなえた『科学』という方法をとうしゆうするのみでなく、独特のてつがくしようしてじつせんしておった。……お前に似てさとい子じゃったよ、バダ。くさの陰でほこるとよい」


 階段を上がりきったところで、れんかべに取り付けられたてつまどを開くと、その向こうのしようきやくではすでにごうごうとほのおが燃え盛っていた。少しのためらいを乗りえて、そこへ便箋のたばを投げ込んだアナライは──灰に帰っていく無数の記憶を前に、おごそかな表情で立ちくす。


「こちらのしんぺんが落ち着くまで、しばしの別れじゃ、『アナライの弟子』たちよ。近く、かならずやまた会おうぞ。──願わくば、次もまた、神のとどかぬ理性のこうただなかでな」


 別れがむと、アナライは焼却炉のまどを閉めてきびすを返し、もう二度と振り返らなかった。



 帝歴904年 史上初の『科学者』アナライ・カーン、助手一名と共にカトヴァーナ帝国より脱出。以後は亡命先のキオカ共和国にて研究を続ける。

刊行シリーズ

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIVの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIXの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンVIIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンVIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンVIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンVの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIVの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンの書影