第一章 たそがれの帝国にて ④

「あー、そんなうつぃイベントも残ってたか……」

「気乗りしなくても出てもらうわよ。……本当、事の重大さが分かってるんでしょうね?」


 ころがったイクタの頭の方へ近付いていって、ヤトリは周りに聞こえないよう小声でささやく。


「……イグセム家のコネを使って、あんたにはしゆの国立図書館にしよのポストを用意したわ。その代わり、あんたは私と同時に高等士官試験を受験して、二次試験以降で私に有利になるよう立ち回ってもらう。この取引にはあんたもなつとくしたはずでしょ」

「そりゃもちろん、首都の図書館はぞくあまくだり先だからね。金とひまを持てあました頭からっぽの連中に流行はやりのらくしようせつを貸し出して、たまにほこりをかぶったあわれな学術書を手入れしてやって……それだけで食うに困らないがくきゆうが入ってくる。僕としては願ってもない話さ。ヤトリらしくないセコいさくだとは思ったけど。君なら僕の助けなんてなくても合格は固いだろ?」

「何とでも言いなさい。合格するだけでいいなら、私だって自分のうで一本でいどむわ。……でも、イグセムの長女に求められる結果はそれだけじゃないの。『しゆせき合格』というくんしようが必要なのよ」

「その勲章を、君は高等学校時代から何事につけどくせんしてばかりじゃないか。そろそろだれかにゆずってあげても良いころだよ。主席にすわりたがっているのは君ひとりじゃないんだから」

「どの口で言ってるのよ。あんたが座らなかったから、私が座っているだけの話じゃないの」


 それを聞いたイクタはきょとんとして、暑さで気でもちがったのか、食べ終わった料理のさらからアサリのかいがらをつまんで次々と自分の頭にせ始めた。ヤトリのまゆがいぶかしげに寄る。


「……ちょっと、それ、何やってるの?」

かいかぶりすぎ」


 あえて何のコメントも返さず、ヤトリは少年の頭からアサリをたたき落とした。


「……とにかく! あんたが意味もなくかくしている実力を利用しない手はないわ。特に今回の試験にはレミオン家のすえっ子が強力なたいこうとして出てくるらしいし、用心にしたことはないの。あんたをみ台にして、ヤトリシノ・イグセムはどうの第一歩をきざむのよ」

「ま、いいとは思うけどね。話を聞く限りじゃ、二次試験以降は受験生同士のどうめいめずらしくないそうだし。いくささきけて兵力をそろえることは軍事における基本中の基本だ。『しゆうまさる』」

「分かっているならいいわ。くれぐれも一次のひつ試験で落ちるようなヘマはしないように」

「はいはい、がんりますよ。君と違って、軍なんかに関わるのはこれを最後にしたいからね」


 ふてぶてしく応じつつ、イクタはころがったまま器用にヤシ酒のお代わりをコップへそそいだ。



 こうとうかん試験──それは学習内容にようねんぐんくんいくていふくむ所定の教育機関をしゆうりようしてきた者だけが受けられるかんもんであり、かんこうせい、いわゆるエリート軍人となるためにくぐらねばならない最初の試練だ。

 いつぺいそつ=二等兵として軍に入った場合、じつせんでよっぽどの大戦果でも上げない限り、そのしゆつは下から七番目の階級であるかんそうちよう」が限界となる。しかし、高等士官試験は将校の候補者せんばつを目的として作られたものなので、この試験に受かった者は最初から「曹長」より一つ上の階級である「じゆん」の地位を得ることができる。ただし試験は一年に一度、受験は三回まで。

 もちろんばいりつもバカ高い。試験全体を通して四百倍を切ることはまずないし、一次試験だけでも二十倍をくだらない。しかしカトヴァーナていこくの人々には軍人をえいゆうするけいこうがあるので、これに合格した者はあこがれのまとになる。地位とめいを一度に得るチャンスなのだが……。


「んー、国家せんりやくろん。たるいわー」


 目をぎらつかせて答案用紙と向かい合う受験生たちの中にあって、あくび混じりにえんぴつを走らせるイクタのそんざいは、もうびっくりするほど浮いていた。そのくせ解答自体はみようにサラサラと進んでいるものだから、周りの受験生たちはそろってはなじらむしかない。


「あー、ぐんぎようせいがく。ぬるいわー」


 その姿ときたら、夏休みの課題を無理やりやらされている子供と同じだ。ほおづえいてくちびるをへの字に曲げて、目なんか死んだ魚のよう。で、各科目の解答が終わったしゆんかんすと、そのまま見直しもせず、答案用紙の回収までピクリとも動かない。


「げー、アルデラしんがく。ウザいわー」


 試験を見守る教官の性格によっては、それだけで退室を命じられかねないさだったが、どうやらあくうんめぐまれたらしい。

 そうして迎えた試験二日目、最後の科目は「軍事史」だった。


「これが最後、これが最後……ん?」


 ほとんど生きたしかばねのような状態で機械的に答案をめていくイクタの手が、ふいに止まる。用紙の最後にしるされた記述問題のテーマが、彼の目をとらえて放さなかった。

 ──前キオカせんえきにおいて「せんぱん」とされたていこくぐんもとたいしようバダ・サンクレイについて、思う所を自由に述べよ。


「…………」


 試験が始まって以来初めて、イクタにとってはひようかれる出題だった。「自由に述べよ」という解答の形式からして軍のせつもんらしくない。型にめようとする意志が見えないからだ。

 ──でも、この文面からは、ほんの少しだけなつかしいにおいを感じる。

 思わずに答えたくなったイクタだが、まさかこうとうかん試験の答案用紙にていしつへのはんを書き連ねるわけにもいかないので、すでに他の教科で点をかせいでいる確信もあり、こう短く答えるにとどめた。

 ──あらゆるえいゆうろうで死ぬ。

 午後七時二十分をもって各会場での一次試験は終わり、六千人からいた受験生は、例年通りに三百人以下までしぼられた。



 そんな一次試験のしゆうりようから、およそ一月後。イクタとヤトリは旅の荷物をった姿で、それぞれのせいれいともに港から海をながめていた。二次試験は帝国南方のヒルガノ列島で行われるため、現地へ向かうそうげいせんに乗りに来ていたのだ。


「ここまでは計画通りね。あんたが受かってくれて安心したわ」

「二年前に取引を持ちかけられてからは、こうをサボって受験勉強ばかりしてたからね」


 あくび混じりにイクタが答える。成績さえゆうしゆうなら合格できる高等士官試験と違って、しゆの国立図書館しよのポストはあまくだりのぞくせんようだ。この取引以外のチャンスはイクタにはない。


「別に図書館しよくいんを差別するわけじゃないけど、よくそんなにがんれるわね。特に本の虫ってわけでもないんでしょ?」

「本はきだけど、言っちゃえば仕事は何でもいいんだよ。『しゆの』『国立』図書館しよってのがポイントでね。その部分さえ同じならにわでもそうでも構わない」


 カトヴァーナていこくの首都バンハタールは地理的にも政治的にも帝国の中心だ。かりにこれからキオカきようこくとのせんきようが悪化しても、められるのは最後の最後になる。図書館のような国立施設のしよくいんにはふくこうせいも手厚い。ぶっちゃけ国がほろびるすんぜんまでなまけていられるポジションなのだ。

刊行シリーズ

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIVの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンXIIIの書影
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ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンIIの書影
ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンの書影