第一章 たそがれの帝国にて ③

「それはそうと、ヤトリ様。いつごろからかんとしてじつせんに行かれるんですか?」


 まだ試験さえ受けていないのに、気が早いにもほどがある。が、もちろん、そんな本心はおくびにも出さず、ヤトリは少女のじやしつもんていねいに答えてやった。


「まだ何とも言えないけれど、普通は四~五年くらいくんれんしてからしようの階級をもらって、それから正式なかんとして扱われるみたいね」

「四年……。ヤトリ様のことだからもっと早いんだろうけど、さすがに間に合わないかなぁ」

「間に合わない……? 何の話?」


 ヤトリが首をかしげてき返すと、今度は少女の後ろの方にいた男子が答えた。


「彼女、しんせきがカトヴァーナのとういきに住んでいるんですよ。ほら……帝国ウチの東域ちんだいは今、キオカきようこくぐんしんこうこつきようたいこうしているでしょう?」

「そうそう。ヤトリシノさんがえんぐんに行ってくれればたのもしいって話をしてたところで」


 さらに別の少年がそくした。ヤトリが返答にまったことにも気付かず、彼らは続ける。


「でも、さすがにそれまでには、共和国のやつらも侵攻をあきらめてるでしょうね。何しろ東域鎮台の司令長官は、かの名将ハザーフ・リカン殿ですから。今はちょっとたいの知れないしんへいに苦しめられているようですが、じきにそれもこくふくしてくれると……」

「早く親戚をなんさせてやれ。東域とか、もう一月もしない内に、キオカ軍の手にちるから」


 会話のちゆう、イクタがたんたんことはさんだ。その不吉な内容に、少女らのまゆが寄る。


「……ちょっと。どういう意味よ、それ」

「言葉通り。東域鎮台は負けて、あの一帯はキオカ共和国に接収されるんだ。リカンちゆうじようには心から同情する。やっかいな首輪さえ付いていなければ、こんな結果にはならなかったものを」

「……聞き捨てならんぞ、イクタ・ソローク。リカン中将率いる東域鎮台は、てきどもの侵攻を退しりぞけるために今もって全力をくしている。だというのに、どうしてさまの口は敗北をかたる?」

ひつしようの信念こそが結果を呼び込むのだ。お前のようなはいぼくしゆしやには分かるまいがな」


 口々にイクタへ反発するのは、その多くが卒業後の進路として軍属を決定している生徒たちだ。彼らの根っこには自国の軍に対するもうもくてきなまでのしんらいがあり、それは「必勝の信念」という思考ほうに名を変えて、とういきでのせんきように対するおろかしいまでのらつかんを生んでいる。


こうとうかんけんを受けるってうわさに聞いたけど、はっ、しようか? 受かる受からない以前に、ていこくぐんがお前みたいなけをしがるかよ。なぁ『なまけのイクタ』」

こうじつもサボッてばかり。その時間に何をするかといえば、昼寝としよくと女あさりとくる。ろくでなしの見本品、ごくつぶしのめんきよかいでん──それがお前だろう、イクタ・ソローク」

「うみゃぁ、返すこともない」


 イクタがとぼけた顔でうめいた。その態度が少年たちの神経をいっそうさかでして、さらなる非難を集めかけたが、そこですかさずヤトリが間に入ってけんのんとした場をとりなす。


「まぁ皆、そうとがらずに。今日はめでたい日なんだから、けんせず楽しく過ごしましょう」


 場の中心にいるヤトリにそう言われては、他の面々も抑えるしかない。少し不満げなおもちで彼らがっていくと、残ったヤトリはいきをついてとなりの少年にいかけた。


「……やっぱり、ちるの? 東域ちんだいは」

「こぶしをふうじられたボクサーに勝ち目があると思う?」


 イクタのたとえはシンプルでしんらつだった。コップにヤシ酒のお代わりをそそぎつつ、彼は続ける。


「冷静に考えればすぐに分かることじゃないか。だいたい、どうして前線では今でもが戦っているんだ? 『鎮台』っていうのは平時に常設される地方の軍事機構だよ。キオカ軍のしんこうが始まってから三ヶ月以上つんだから、本気で戦争に勝つつもりなら、とっくに中央から兵力を送られてに組み替えられてなくちゃおかしい」


 常設組織である鎮台は軍隊としての機動性に欠けるため、守る力があってもめる力がない。『こぶしを封じられたボクサー』とイクタがたとえたのはそういうことだ。せつきよくてきな攻め手を持たない東域の兵たちは、そのために先の見えないぼうえいせんいられている。


せんしゆ防衛に勝ち目がないのは軍事学におけるしよの初歩だ。ガードの上からタコなぐりにされるだけだからね。今の東域鎮台はまさにそれ……いや、もっと悪いか。今回の戦争からキオカ軍が投入してきたしんへいは、こちらのガードをすり抜けてげきを与えてくるんだから」

「……てんくうへいたいのことね。確かに、あれは帝国が想像もしなかったきようだわ」


 ヤトリがにがにがしげにうなずいた。──天空兵部隊。それは気球に乗った多数の兵士によって編成されるキオカ軍の新兵科のこと。彼らは上空からこつきようえて帝国領土にしんにゆうし、きゆうちゆうけい点となる軍施設や集落に、火をけた油を大量に落として回る。

 飛行空域が高すぎるため、今のところ帝国側には天空兵に対する直接的なげいげき手段がない。ゆみじゆうだんも届かないはるかな高みから、彼らは一方的ながいを帝国に与え続けることができるのだ。このダメージのちくせきが、時間をかけてとういきちんだいの兵たちを苦しませる。


てんくうへいによる『くうばく』の開始から今にいたるまで、すでにどれだけの集落が焼かれたことか……。いや、家が焼かれるだけならまだいい。畑の作物を焼かれ、こくそうを焼かれては、食いぶちをやしなっていけない。鎮台の兵たちも同じことさ。彼らはもう、今日食うものにも困ってるありさまのはずだ」

「でも、中央からきゆうぶつは届いているはずよ」

くうしゆうで焼け出された人々の全員に行き渡るほどの量を? まさか、そんなゆうは中央にだってないさ。かりに送っているとしても、それをこれからえんえんと続けるのか? かんじんの戦争に勝つ見込みもないのに?」


 言って、イクタはベンチにごろりところがった。何もかも鹿馬鹿しいとでも言いたげだ。


「何よりあわれなのは、鎮台れいちようかんのハザーフ・リカンその人だ。やくそくされた負けいくさはさぞかしつらいだろうね。それもこれもすべては、本気で戦争をするつもりのないこうていないかくたいまん──」

「その辺にしておきなさい、イクタ。さすがに場所が悪いわ」


 しゆうの聞き耳をはばかって、ヤトリが彼の発言をいさめた。カトヴァーナ帝室はしんせいにしてしん。まして戦時の今、そのはんあんに口にすることは許されない。特にきゆうぐんばつめいしゆつしんであるヤトリの発言にはいやおうなくせきにんともなう。不用意なおしやべりはできないのだ。


「だいいち、関わることも出来ない戦争について話すよりも、今の私たちにはもっと建設的な話題があるでしょう?」

「ん……? ああ、今夜の卒業いわいか。夜通しパーッとやりたいね。どこ飲みにいく?」

「たった今たらふく飲んだばかりじゃない! 私が言いたいのはこうとうかん試験のことよ!」


 あお向けにクスを抱き上げた姿勢で、イクタはにがむしつぶしたような顔になった。

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