織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

プロローグ『絶対に負けられない戦いがしょっちゅうあるのが乱世』 ①

 織(お)田(だ)家の家督はサッカーの勝者に与えられることになった。

 

 時は戦国。各地で旧支配者と下(げ)剋(こく)上(じよう)を果たし戦国大名となった成り上がり者たちが戦に明け暮れる乱世である。ここ尾(お)張(わり)国(のくに)(現在の愛(あい)知(ち)県西部)でも国の支配権を懸けた争いが、血を分けた兄弟同士、織(お)田(だ)信(のぶ)長(なが)と織(お)田(だ)信(のぶ)勝(かつ)の間で行われていた。

 先代の織(お)田(だ)信(のぶ)秀(ひで)は家督を信(のぶ)長(なが)に譲ることを言(い)い遺(のこ)してこの世を去った。信(のぶ)長(なが)はその卓越した手腕で国内の対抗勢力を次々と駆逐し、尾(お)張(わり)の覇者となりつつあった。しかし、旧来のしがらみに囚(とら)われない破天荒さが家内に反発を生み、信(のぶ)勝(かつ)は反(はん)信(のぶ)長(なが)派(は)を率いて謀(む)反(ほん)を起こした。そして今、織(お)田(だ)家を二分する戦いは、最大の衝突を迎えていた。

 

 清(きよ)洲(す)城(じよう)下(か)に作られたサッカーコート。東に信(のぶ)長(なが)のチーム、西に信(のぶ)勝(かつ)のチームが陣取った。コートの周りには観客が集まり、織(お)田(だ)木(もつ)瓜(こう)の家紋をあしらった旗を振りかざしながら両陣営を応援し、イケメンで知られる森(もり)可(よし)成(なり)が出てくると黄色い声援が上がった。


「ビールはいかがでござるか! サッカー観戦には南蛮渡来のビールが合うでござるよ!」


 と、売り子まで出る始末。戦とは思えない浮かれた様子だったが、


「もう貴様を兄上などと呼ばない! 家督を継いでからも奔放で粗野な振る舞いを続け、古くから仕える家臣を蔑(ないがし)ろにし、何(ど)処(こ)の馬の骨ともわからぬ者ばかり取り立てる贔(ひい)屓(き)ぶり! よってこの織(お)田(だ)勘(かん)十(じゆう)郎(ろう)信(のぶ)勝(かつ)! 貴様に成り代わりて織(お)田(だ)家を導く!」


 と、信(のぶ)勝(かつ)の初(うい)々(うい)しくも朗々とした宣言によって空気が変わる。臣下の者たちは喝采を上げ、観戦に集まった民もやんややんやと囃(はや)し立(た)てた。しかし、その盛り上がりに水を差すように、サッカーコートに集まったすべての人間の頭の中にドスの利(き)いた信(のぶ)長(なが)の声が届いた。


『噴き上がんじゃねえぞ、勘(かん)十(じゆう)郎(ろう)』


 耳ではなく脳で声を聴く、という初めての体験にその場にいる者たちは戸惑った。


『だいたいよぉ。テメェの方こそ敵対勢力の連中と裏でコソコソ好き放題やってんじゃねえか。万が一、オレに勝てたとしても傀(かい)儡(らい)政(せい)権(けん)まっしぐらか理由こじつけられて粛清だぞ』


 潑(はつ)剌(らつ)とした声を上げた信(のぶ)勝(かつ)とは対照的に信(のぶ)長(なが)は気だるそうに呟(つぶや)く。しかし、脳内に直接届くその声音には威厳と余裕があり、信(のぶ)勝(かつ)との役者の違いを聴衆に感じさせた。


『負けたらテメェは一生織(お)田(だ)家のハンコ係だ。手首を鍛えておきな』

「抜かせ! 貴様が負けたらその首を斬り落として蹴り転がし、尾(お)張(わり)中(じゆう)を行(あん)脚(ぎや)してくれる!」


 明らかに釣り合っていない要求であるが、信(のぶ)長(なが)が「是(ぜ)非(ひ)に及(およ)ばず」と受け入れた直後、開戦を告げる法(ほ)螺(ら)貝(がい)が吹き鳴らされ、絶対に負けられない戦いが始まった。

 


「ヘイ! パスパス! こっちよこせ!」

「上がれ上がれ! ライン上げろ!」

「おーしっ! ナイスカット!」

「ドンマイ、ドンマイ! 切り替え! 切り替えていこう!」


 

 身内に甘い信(のぶ)長(なが)は、自分の生首でサッカーをしたがっている猟奇的な弟でも殺すには忍びなく、名前を織(お)田(だ)判(はん)子(こ)頭(のかみ)押(おし)益(ます)とでも改名して、日夜ハンコを押すだけの簡単な仕事をさせてあげたいと常々思っていた。故に戦ではなくサッカーで雌雄を決することとしたのだ。

 


「ヘイ! マイボマイボ!」

「ヘイヘイ! ニア出せ! ニア! ニアだってば!」


 

 普段戦場で弓を射掛け、槍(やり)を振るう武将たちがサッカーボールを追いかけまわす光景は無駄に豪華で観衆も大いに盛り上がっている。

 

 一進一退の攻防を続けていた両軍だったが、均衡が崩れボールを持った信(のぶ)勝(かつ)がゴールに迫る。キーパーを務めるのはキャプテン信(のぶ)長(なが)。


「死ねええええええっ! 兄上ぇぇぇぇっ!!」


 殺意を込めたシュートが放たれた。しかし、

 


「『すべては私の掌(てのひら)の中でのこと』────【世界の果て(オシヤカハンド)】!」


 

 信(のぶ)長(なが)の守るゴール裏にいる観客の娘がそう唱えた瞬間、信(のぶ)長(なが)の前にゴールを覆わんばかりの巨大な光の手が出現し、信(のぶ)勝(かつ)のシュートをあっさりと止めた。


「なぁっ!? ハンド、ハンド! レッド、レッド! 兄上! 反則、反則!」

「うるせぇ! 手なのは見りゃわかんだろうが! 兄上と呼ばねえんじゃなかったのかぁ!? 愚弟めが。オラァ! カウンター行くぞ!」


 信(のぶ)長(なが)はパントキックで大きく前に蹴り出す。見る見るうちにボールは敵陣深くへ進んでいく。ドリブルで切り込むは名将丹(に)羽(わ)五(ご)郎(ろう)左(ざ)衛(え)門(もん)長(なが)秀(ひで)。林(はやし)美(みま)作(さか)守(のかみ)をかわし、津(つ)々(づ)木(き)蔵(くら)人(んど)に服の裾を摑(つか)まれながらも、ラインギリギリからゴール前に見事なセンタリングを上げる。そこにオーバーラップしてきた信(のぶ)長(なが)が跳び込み、高いボールに動きを合わせる。


「ここだ! ここで決めてやらぁ!」


 信(のぶ)勝(かつ)軍のゴールを守るのは猛将柴(しば)田(た)勝(かつ)家(いえ)。サッカーで勝負を決めることになった時、彼は落胆していた。織(お)田(だ)家最強の名をほしいままにする彼にとって槍(やり)働(ばたら)きができないのは不本意だったのだ。しかし、放たれる砲弾のようなシュートから本陣を死守するゴールキーパーというポジションに魅力を感じ、モチベーションを取り戻していた。


「うおおおおおお! カラダのどこかに当たってくれえええ!」


 たとえ本物の弾が飛んでこようと止めてやる、と言わんばかりの気迫であった。しかし、


「『行きて戻れぬ道を焼き拓(ひら)け』────【獄炎の嵐(フアイアサイクロン)】!」


 またまたフィールドの外から応援している娘が物騒なことをのたまうと、彼女の両手から炎が河のように溢(あふ)れ出(だ)した。その炎は信(のぶ)長(なが)の放ったシュートに絡(から)みつき、


「ぬわ───────っ!!」


 勝(かつ)家(いえ)を火だるまにしてゴールネットへと突き刺さった!


「ゴォォォォォォォォォォォォォォルゥっ!!」


 信(のぶ)長(なが)は上半身を裸にして喜びを表す。一方、信(のぶ)勝(かつ)は怒りで顔を真っ赤にしていた。


「ノー! ノー! ノーゴール、ノーゴール! レッドレッド!!」

「うっせえって言ってんだろ! 赤いのはテメエだ! 試合妨害で退場にすんぞ!」

「兄上の方こそ反則の連続ではないですか! 『魔(マ)姫(キ)那(ナ)』は出さないって約束したのに!」

「試合に出してねえだろ。文句あるなら合(かつ)戦(せん)に切り替えてもいいぞ」

「そ、そういうわけじゃなくて! 魔法使われちゃ勝ち目ないじゃないですか! 織(お)田(だ)家の命運をかけたサッカーなんですから正々堂々と」

「ヌルいこと言ってんじゃねえ! 自分たちのサッカーができなかったくらいで勝ちをあきらめるような男に当主が務まるかよ!」


 信(のぶ)長(なが)は信(のぶ)勝(かつ)を蹴り倒した。すると、主審が走り寄ってきてイエローカードを出した。


「信(のぶ)勝(かつ)様! あなたのファウルでございます!」

「はあ!? どこに目をつけている! 兄上が僕を蹴飛ばして」

「わざと倒れましたね。南(なん)蛮(ばん)渡(と)来(らい)のマリーシア(やられたフリ)……私でなければ見落とすところでした」

「買収ぅぅぅっ! 買収されているだろう、審判! ここまでやりますか!? 兄上!?」


 やるに決まっている。織(お)田(だ)信(のぶ)長(なが)は用意周到にして容赦のない男である。

 信(のぶ)長(なが)の口は三日月のように歪(ゆが)み、並びの良(い)い白い歯を見せた。凄惨な笑みだった。

 

 室町時代末期、南蛮から銃や宗教が伝来し始めた頃のこと。各地で少女たちが突然何かに憑(つ)かれたかのように髪と瞳の色が変化する現象が頻発した。魔(ま)訶(か)不(ふ)思(し)議(ぎ)なことに周囲の人間は驚いたがそれはまだ序の口。真(まこと)に驚くべきは彼女たちが『魔法』という超常の力に目覚め、それを行使する方法を会(え)得(とく)していたことにある。

 魔法の力は強大であり、戦においては一(いつ)騎(き)当(とう)千(せん)の働きを挙げ、暮らしにおいても人力では成し得ない生産力を発揮し、世の常識をひっくり返した。そして、それは多くの人間にとって望ましいものであった。故に彼女たちを姫のように祭り上げ、いつしか彼女たちを『魔(マ)姫(キ)那(ナ)』という名で呼ぶようになった。

 


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