織田家の家督はサッカーの勝者に与えられることになった。
時は戦国。各地で旧支配者と下剋上を果たし戦国大名となった成り上がり者たちが戦に明け暮れる乱世である。ここ尾張国(現在の愛知県西部)でも国の支配権を懸けた争いが、血を分けた兄弟同士、織田信長と織田信勝の間で行われていた。
先代の織田信秀は家督を信長に譲ることを言い遺してこの世を去った。信長はその卓越した手腕で国内の対抗勢力を次々と駆逐し、尾張の覇者となりつつあった。しかし、旧来のしがらみに囚われない破天荒さが家内に反発を生み、信勝は反信長派を率いて謀反を起こした。そして今、織田家を二分する戦いは、最大の衝突を迎えていた。
清洲城下に作られたサッカーコート。東に信長のチーム、西に信勝のチームが陣取った。コートの周りには観客が集まり、織田木瓜の家紋をあしらった旗を振りかざしながら両陣営を応援し、イケメンで知られる森可成が出てくると黄色い声援が上がった。
「ビールはいかがでござるか! サッカー観戦には南蛮渡来のビールが合うでござるよ!」
と、売り子まで出る始末。戦とは思えない浮かれた様子だったが、
「もう貴様を兄上などと呼ばない! 家督を継いでからも奔放で粗野な振る舞いを続け、古くから仕える家臣を蔑ろにし、何処の馬の骨ともわからぬ者ばかり取り立てる贔屓ぶり! よってこの織田勘十郎信勝! 貴様に成り代わりて織田家を導く!」
と、信勝の初々しくも朗々とした宣言によって空気が変わる。臣下の者たちは喝采を上げ、観戦に集まった民もやんややんやと囃し立てた。しかし、その盛り上がりに水を差すように、サッカーコートに集まったすべての人間の頭の中にドスの利いた信長の声が届いた。
『噴き上がんじゃねえぞ、勘十郎』
耳ではなく脳で声を聴く、という初めての体験にその場にいる者たちは戸惑った。
『だいたいよぉ。テメェの方こそ敵対勢力の連中と裏でコソコソ好き放題やってんじゃねえか。万が一、オレに勝てたとしても傀儡政権まっしぐらか理由こじつけられて粛清だぞ』
潑剌とした声を上げた信勝とは対照的に信長は気だるそうに呟く。しかし、脳内に直接届くその声音には威厳と余裕があり、信勝との役者の違いを聴衆に感じさせた。
『負けたらテメェは一生織田家のハンコ係だ。手首を鍛えておきな』
「抜かせ! 貴様が負けたらその首を斬り落として蹴り転がし、尾張中を行脚してくれる!」
明らかに釣り合っていない要求であるが、信長が「是非に及ばず」と受け入れた直後、開戦を告げる法螺貝が吹き鳴らされ、絶対に負けられない戦いが始まった。
「ヘイ! パスパス! こっちよこせ!」
「上がれ上がれ! ライン上げろ!」
「おーしっ! ナイスカット!」
「ドンマイ、ドンマイ! 切り替え! 切り替えていこう!」
身内に甘い信長は、自分の生首でサッカーをしたがっている猟奇的な弟でも殺すには忍びなく、名前を織田判子頭押益とでも改名して、日夜ハンコを押すだけの簡単な仕事をさせてあげたいと常々思っていた。故に戦ではなくサッカーで雌雄を決することとしたのだ。
「ヘイ! マイボマイボ!」
「ヘイヘイ! ニア出せ! ニア! ニアだってば!」
普段戦場で弓を射掛け、槍を振るう武将たちがサッカーボールを追いかけまわす光景は無駄に豪華で観衆も大いに盛り上がっている。
一進一退の攻防を続けていた両軍だったが、均衡が崩れボールを持った信勝がゴールに迫る。キーパーを務めるのはキャプテン信長。
「死ねええええええっ! 兄上ぇぇぇぇっ!!」
殺意を込めたシュートが放たれた。しかし、
「『すべては私の掌の中でのこと』────【世界の果て】!」
信長の守るゴール裏にいる観客の娘がそう唱えた瞬間、信長の前にゴールを覆わんばかりの巨大な光の手が出現し、信勝のシュートをあっさりと止めた。
「なぁっ!? ハンド、ハンド! レッド、レッド! 兄上! 反則、反則!」
「うるせぇ! 手なのは見りゃわかんだろうが! 兄上と呼ばねえんじゃなかったのかぁ!? 愚弟めが。オラァ! カウンター行くぞ!」
信長はパントキックで大きく前に蹴り出す。見る見るうちにボールは敵陣深くへ進んでいく。ドリブルで切り込むは名将丹羽五郎左衛門長秀。林美作守をかわし、津々木蔵人に服の裾を摑まれながらも、ラインギリギリからゴール前に見事なセンタリングを上げる。そこにオーバーラップしてきた信長が跳び込み、高いボールに動きを合わせる。
「ここだ! ここで決めてやらぁ!」
信勝軍のゴールを守るのは猛将柴田勝家。サッカーで勝負を決めることになった時、彼は落胆していた。織田家最強の名をほしいままにする彼にとって槍働きができないのは不本意だったのだ。しかし、放たれる砲弾のようなシュートから本陣を死守するゴールキーパーというポジションに魅力を感じ、モチベーションを取り戻していた。
「うおおおおおお! カラダのどこかに当たってくれえええ!」
たとえ本物の弾が飛んでこようと止めてやる、と言わんばかりの気迫であった。しかし、
「『行きて戻れぬ道を焼き拓け』────【獄炎の嵐】!」
またまたフィールドの外から応援している娘が物騒なことをのたまうと、彼女の両手から炎が河のように溢れ出した。その炎は信長の放ったシュートに絡みつき、
「ぬわ───────っ!!」
勝家を火だるまにしてゴールネットへと突き刺さった!
「ゴォォォォォォォォォォォォォォルゥっ!!」
信長は上半身を裸にして喜びを表す。一方、信勝は怒りで顔を真っ赤にしていた。
「ノー! ノー! ノーゴール、ノーゴール! レッドレッド!!」
「うっせえって言ってんだろ! 赤いのはテメエだ! 試合妨害で退場にすんぞ!」
「兄上の方こそ反則の連続ではないですか! 『魔姫那』は出さないって約束したのに!」
「試合に出してねえだろ。文句あるなら合戦に切り替えてもいいぞ」
「そ、そういうわけじゃなくて! 魔法使われちゃ勝ち目ないじゃないですか! 織田家の命運をかけたサッカーなんですから正々堂々と」
「ヌルいこと言ってんじゃねえ! 自分たちのサッカーができなかったくらいで勝ちをあきらめるような男に当主が務まるかよ!」
信長は信勝を蹴り倒した。すると、主審が走り寄ってきてイエローカードを出した。
「信勝様! あなたのファウルでございます!」
「はあ!? どこに目をつけている! 兄上が僕を蹴飛ばして」
「わざと倒れましたね。南蛮渡来のマリーシア……私でなければ見落とすところでした」
「買収ぅぅぅっ! 買収されているだろう、審判! ここまでやりますか!? 兄上!?」
やるに決まっている。織田信長は用意周到にして容赦のない男である。
信長の口は三日月のように歪み、並びの良い白い歯を見せた。凄惨な笑みだった。
室町時代末期、南蛮から銃や宗教が伝来し始めた頃のこと。各地で少女たちが突然何かに憑かれたかのように髪と瞳の色が変化する現象が頻発した。魔訶不思議なことに周囲の人間は驚いたがそれはまだ序の口。真に驚くべきは彼女たちが『魔法』という超常の力に目覚め、それを行使する方法を会得していたことにある。
魔法の力は強大であり、戦においては一騎当千の働きを挙げ、暮らしにおいても人力では成し得ない生産力を発揮し、世の常識をひっくり返した。そして、それは多くの人間にとって望ましいものであった。故に彼女たちを姫のように祭り上げ、いつしか彼女たちを『魔姫那』という名で呼ぶようになった。