織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第零章『金を借りてまでやりたいことがある奴の下に自然と人と金が集まる』 ⑥

「中年男が鈍感系のとぼけ方するな! 鬱陶しい! だいたい、あの話の流れでやらしい話って言われたら、他人には聞かせられない後ろ暗い話をされると思うだろ!?」

「? 夜(ヨ)半(ハン)くん他人やろ。今日が初対面やで」

「たしかにそうだけど! 正論だけどな!」


 宗(そう)易(えき)のペースに翻弄される夜(ヨ)半(ハン)。両者の弁舌能力には圧倒的な開きがあった。


「まあ、真面目に答えると先行投資みたいなもんやな」

「先行投資?」

「油売りから大名に上り詰めた斎(さい)藤(とう)道(どう)三(さん)。一国の大名に成り上がっても高転びした織(お)田(だ)信(のぶ)長(なが)。この乱世、誰がどうなるかわかれへん。商人ってのはフカと一緒で泳ぐのやめた奴(やつ)から溺れ死ぬんや。そうならへんためにも昔からの付き合いに固執せず、常に新規顧客を求めて行かなあかん。イマドキの言葉で言えばリスクヘッジやな」

「借金ばかりする小娘を客にしておいて」

「さっき言(ゆ)うたやろ。借金するのも才能やって。そら手前らも南蛮渡来のブランドバッグが欲しいとか今月の接待酒場(ホストクラブ)の売(うり)掛(かけ)金(きん)払わなあかんとか言(ゆ)うてる娘にはビタ一文貸さんで。その点、あの子は雷(ライ)舞(ブ)とかいう合戦並に人間かき集める催しを開いたり、珍しいモノ使って目新しいモノ売る商売のために金借りとる。今は素(す)寒(かん)貧(ぴん)かもしれんけど来年にはどうなっとるかわからんよ。貸した以上に金が返ってくるかもしれんし、でなくとも見(シ)世(ヨ)物(ウ)として上等。だってブリちゃんめっちゃくちゃ可(か)愛(わい)いし!」

「最後の一言だけ熱量違ったぞ」


 若干はぐらかされたような気はしていたが、ブリュンヒルドに敵意を持っているわけでもなく、軽んじているわけでも悪意を持っているわけでもない。少なくとも表面上は。夜(ヨ)半(ハン)はそう判断し、必要以上に警戒をするのはやめた。


「ブリュンヒルドの借金は返させる。だからこれ以上貸すな」

「へいへい。心掛けますわ。ただ、夜(ヨ)半(ハン)くんは常識があってええ子っぽいからなあ。非常識な悪い子の速度に付いていけるんかな? 君が一手打つ間に手番守らず三手打ってくるで」

「なら俺は手番を守らせる。仕事柄、決まりを守らせるのは得意だからな」


 そう夜(ヨ)半(ハン)が嘯(うそぶ)いた瞬間、ガラッ、と襖(ふすま)を開けてブリュンヒルドが現れた。


「先生、先生! 見てください! 新商品が出来上がりましたよ!」


 彼女の両手には黒い弓形の何かが一本ずつ握られていた。微(かす)かに甘い香りを感じたが見たことのないものに夜(ヨ)半(ハン)は首を傾(かし)げた。


「なんだそれは?」

「『チョコバナナ』です! 南蛮渡来のバナナの上に同じく南蛮渡来のチョコレイトを溶かしたものを被(かぶ)せて固めたものです! さあさあ、先生もそうちゃんもどうぞどうぞ」


 ブリュンヒルドから手渡されたチョコバナナを宗(そう)易(えき)は躊躇(ためら)うことなく口に入れる。


「ほう、これは美味。チョコとバナナが合わさってより美(う)味(ま)くなっとるやん。あはれや」

「でしょ──。先生はどうです?」


 ブリュンヒルドに促されて恐る恐る口に運ぶ夜(ヨ)半(ハン)。


「まあ……普通に食べられるな。タピオカやナタデココよりはまだわかる」

「素直に美(お)味(い)しいって言ってくださいよ〜」

「そう言われても……甘いものがあんまり好きじゃないんだよ」

「ええ〜〜〜……かわいそう。しばらくこれを食べ続けなきゃいけないのに」


 ブリュンヒルドは憐(あわ)れむような目で夜(ヨ)半(ハン)とチョコバナナを見比べた。


「……ちょっと待った。いま、不穏な言葉が聞こえたんだが?」

「これを食べ続けなきゃいけないってことですか。だってしょうがないじゃないですか。チョコもバナナもたくさんまとめて買えば割引してくれるって話だったので米を売ったお金の残り全部突っ込みましたよ。先生がくれたお小遣いも」

「あれは小遣いじゃなくて食料とか生活必需品を買うために預けた金だよっ! なんてことしてくれたんだ! また毎日同じものばかり食べ続ける生活が始まる……嫌だあああ!!」

「そんなに嫌ならそうちゃんにお金借りて買えば良(い)いじゃないですか。ね、そうちゃん」

「貸してあげたいのは山々なんやけどな、お金を貸したらアカン、と夜(ヨ)半(ハン)くん直々に釘(くぎ)を刺されとって……いやあ、心苦しいわぁ」

「メチャクチャ嬉(うれ)しそうな顔しやがって!」


 自分があまり好きな味でないのも確かだが、目新しいものが売れるのは都会だけで、これから向かう土地ではろくに買う者がいないだろうことに夜(ヨ)半(ハン)は頭を抱えた。


「どうされました? 病気ですか? 横になります?」と甲(か)斐(い)甲(が)斐(い)しく気遣うブリュンヒルド。ふたりの様子を眺めながら宗(そう)易(えき)は独りほくそ笑みながら店先に戻った。



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