「なんでもするは家来の役目ですぞ! 拙者、よろず屋稼業に勤しんでいた時期もあるでござる! さあ、夜半殿! 何を致しましょうか!? 下着泥棒、風呂屋の覗き穴の作成、無修正のエロ本調達、エッチな仕事に就いている幼馴染の探索でもなんでも」
「しない! させない! するな! やることにブレーキかかってなさ過ぎて怖いんだよ!」
「日吉は忠臣ですので……でも、本当にお願いします! それに私を弟子として連れていけば借金の取りっぱぐれがないじゃないですか」
「まあ、それはそうだが……」
正直、悪くない話だった。魔法指南役の仕事において、男である夜半に対して懐疑的な目を向けてくる者は少なくない。弟子に美しい魔姫那を連れて歩いていれば箔がつく。
「わかったわかった。ブリュンヒルド、お前は今日から俺の弟子……というよりかは助手だな。俺の魔法指南を手伝ってくれ」
「かしこまりましたぁっ! 先生! これからよろしくお願いします!」
笑顔を弾けさせるブリュンヒルド。喜び飛び跳ねるその仕草に、夜半の頰が緩む。
浪費癖と借金癖はあるが見た目は恐ろしいまでに美しく、スッキリとした性格をしている。魔姫那でありながら権力者に擦り寄らず自分のやりたいことをしているところも好感が持てる。そばに置いておくには悪い相手でもないだろう。と、夜半は自分を納得させるように連れていく理由を整理した。
「さあ、こうしてはいられませんね! 早速旅支度をします! 準備ができたらお声掛けしますので先生は清洲の街を堪能していてください!」
と、言い残すと日吉を連れてブリュンヒルドはどこかに行ってしまった。
「……他人に理想を語るなんて。清洲にいるせいかな」
ふと、亡き信長と過ごした日々に思いを馳せる。ブリュンヒルドの口から発される「先生!」という言葉の響きはどこか信長のそれと似ていた。
鮮烈な記憶を夜半に刻み込んだブリュンヒルドがいなくなって一週間が経とうとしていた。途中で気が変わってしまったのだろうか、それとも最初から借金を肩代わりした時点でお役御免だったのか、もしくは恨まれている輩なんかに攫われてしまったのか。
ただ、それでも夜半の仕事は待ってくれない。居所を定めず流れているにもかかわらず魔法指南の依頼は次々と舞い込んでくる。
「ま、あんな娘が約束を守ると思っていた俺が甘かったな。一人の方が身軽で気楽だ」
独り言を呟き、一人分の簡単な旅支度を整え、清洲の街を出た夜半。すると、
「待ってくださ〜〜〜〜い! 先生〜〜〜〜〜〜!」
遠くからでもよく通るブリュンヒルドの声が耳朶を打ち、弾かれたように振り向いた。
ガラララララララララララッ!
彼女は車輪のついた小屋の屋根の上に乗っていた。小屋はずんぐりとした牛のような体型の芦毛の馬に引かれてゆっくりと夜半の前に辿り着いた。
「なんなんだ!? それは!?」
「よくぞ聞いてくれました! 大地駆ける御厨子こと『キッチンカー』です! 移動中の車内でも調理ができる優れモノ! これを使えばいつでもどこでもお店を開くことができます!」
「たしかにそれは凄いが……なんだ? まさかそれを引っ張りながら旅に出るつもりか!?」
「もちろん! 頑張って浜松から運んできたんですから! これなら荷物もたくさん積めるし温かいご飯だっていつでも作ってあげられますよ」
「ふーん……それはいつでも手料理を食べさせてもらえるってことか?」
「はい! 日吉の料理は天下一なんですよ!」
「いやいや、拙者、板前修業の経験はあれど腕前は二流。味が良いとすれば、それは姫さまへの忠心がこもっているからこそ!」
キッチンカーの窓から日吉が顔を出す。夜半の淡い期待は瞬殺された。
「……まあ、考えようによっては便利か。雨風もしのげそうだし」
遅いとか、舗装されていない道を進むのは大変そうとか、どこに行っても目立つだろうとか色々言いたいことはあったがすべて夜半は吞み込んだ。小言を言うのが野暮なくらいにブリュンヒルドが楽しそうに笑っていたからだ。
「知らない土地に行くのってワクワクしますね! このキッチンカーで商売をして、先生のお手伝いをして、行く先々で雷舞をやれたら一生でも旅をしていられますよ!」
「一生……ね。大胆なことを言うお姫様だ」
破天荒で何をしでかすかわからない少女を連れての旅はきっと平穏なものではないだろう。だが、それを受け入れてしまってもいいと思えるだけの期待が夜半の中にあった。
「しかし、見れば見るほどしっかりとした作りだ。金がかかっているだろう。こんなものを貸してもらえるとは、なかなか顔が広いな」
感心しながらキッチンカーを観察する夜半。すると、ブリュンヒルドは自慢げに、
「いやですねえ、借り物じゃありませんよ。これは私がアイデアを出してシャルロットの知り合いの商人さんに作ってもらったものですよ」
「ほう、多才なものだ────────ちょっと待った」
緩んでいた夜半の表情が強張った。
「シャルロットの知り合いって……まさか、お前が借金してたという」
「そうです! 新しいもの好きで私が雷舞をやりたいと言ったら色々準備してくれて。このキッチンカーもお代は後でいいからと作ってくれていたんですよね〜」
「それって……また借金を」
「大丈夫ですって! このキッチンカーならどこでも商売できますし、材料を買ってそれで何か食べ物を作って売り捌けばあっという間にこれのお代くらい稼げますって!」
あっという間……そんなわけがない。夜半の見立てでは普通に家を建てるよりも金がかかっている道楽満載の代物だ。真っ当な商売で返済するには何年かかるかわかったものではない。
「まずは南蛮渡来のこのお菓子を売ろうと思っています! タピオカ! それとナタデココ! いずれ天下を揺るがす大ヒット商品になると私は見込んでいます!」
ブリュンヒルドには先見の明がある。ただしそれはいつとは指定していない。明日かもしれないし、四〇〇年後かもしれない。
「こんなカエルの卵もどきと革のような歯応えの菓子が……いや、俺は世情に疎いからな。案外もう流行っているのかもしれないな。なあ、日吉?」
「…………」
日吉は無言で窓をピシャリと閉めた。
こうして、夜半とブリュンヒルドと日吉、それから馬一頭とキッチンカーの旅が始まった。
なお、夜半が一瞬妄想した恋物語の芽はブリュンヒルドの破天荒さや降りかかる災難に引き摺り回されて擦り減って、跡形もなくなってしまうのであった。
※ 回想ここまで ※
「……借金を返してやった娘が大借金抱えて戻ってきた時、己が判断を呪ったよ……」
「いやはや、あれだけ豪気に借金ができるのは紛れもない才能ですわ」
「やかましい。無責任坊主」
ブリュンヒルドに金を貸している張本人はケラケラと笑って悪態をいなした。
「やけど、ちゃんと利益を上げて帰ってきたやん。案外、商才あるもんやな」
「運が良かっただけだ。いずれ大きな失敗をしでかしそうで恐ろしい」
「そうなったらまた、手前がお金を用立てて差し上げますわ」
宗易はこともなげに言い放つので夜半は呆れてため息をついた。
「返してもらえる見込みの薄い小娘に大金を預けて何の得がある?」
「はは、君はわかっとるやろ。金を貸し借りした間柄は簡単に切ることができやせん、って」
「っ!?」
宗易の目の奥にある危険な光を夜半は見た。今、浜松一と言っても良いほど見事な店の主人。財力も権力もある人間が囲い込むように金で縁を作る時点でただ事でないことはわかる。
「貴様……何を企んでいる?」
鋭い眼光を向けてきた夜半に対して宗易はふと目を細める。
「ちょっと……やらしい話でもしとこか」
「やらしい話?」
宗易の迫力と言葉の含みに夜半は緊張する。
「あれは……三年ほど前のことやったかいな。京の街で仲間四人と歌の会をやって盛り上がった夜、酒の勢いで遊女を呼んだんや。やってきたんは三十路過ぎたくらいの肌の白い丸顔の女やった。歳離れた旦那が体壊したからこんなことやっとる言うて、同情買うつもりなんかと最初思ったけど……違うたんや。アレは『私、溜まってます』って宣言やったんやな。とんでもないドスケベ女で全員まとめて褥に引き摺り込まれてなあ。跪いた女の左右に立とうもんなら、両方まとめて────」
「ちょっと待った、いったい何の話をしているんだ?」
「なんって……ただのやらしい話やけど? 手前、またなんかやってもうた?」