織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第零章『金を借りてまでやりたいことがある奴の下に自然と人と金が集まる』 ⑤

「なんでもするは家来の役目ですぞ! 拙者、よろず屋稼(か)業(ぎよう)に勤(いそ)しんでいた時期もあるでござる! さあ、夜(ヨ)半(ハン)殿! 何を致しましょうか!? 下着泥棒、風(ふ)呂(ろ)屋(や)の覗(のぞ)き穴(あな)の作成、無修正のエロ本調達、エッチな仕事に就いている幼(おさな)馴(な)染(じみ)の探索でもなんでも」

「しない! させない! するな! やることにブレーキかかってなさ過ぎて怖いんだよ!」

「日(ひ)吉(よし)は忠臣ですので……でも、本当にお願いします! それに私を弟子として連れていけば借金の取りっぱぐれがないじゃないですか」

「まあ、それはそうだが……」


 正直、悪くない話だった。魔法指南役の仕事において、男である夜(ヨ)半(ハン)に対して懐疑的な目を向けてくる者は少なくない。弟子に美しい魔(マ)姫(キ)那(ナ)を連れて歩いていれば箔(はく)がつく。


「わかったわかった。ブリュンヒルド、お前は今日から俺の弟子……というよりかは助手だな。俺の魔法指南を手伝ってくれ」

「かしこまりましたぁっ! 先生! これからよろしくお願いします!」


 笑顔を弾(はじ)けさせるブリュンヒルド。喜び飛び跳ねるその仕草に、夜(ヨ)半(ハン)の頰が緩む。

 浪費癖と借金癖はあるが見た目は恐ろしいまでに美しく、スッキリとした性格をしている。魔(マ)姫(キ)那(ナ)でありながら権力者に擦り寄らず自分のやりたいことをしているところも好感が持てる。そばに置いておくには悪い相手でもないだろう。と、夜(ヨ)半(ハン)は自分を納得させるように連れていく理由を整理した。


「さあ、こうしてはいられませんね! 早速旅支度をします! 準備ができたらお声掛けしますので先生は清(きよ)洲(す)の街を堪(たん)能(のう)していてください!」


 と、言い残すと日(ひ)吉(よし)を連れてブリュンヒルドはどこかに行ってしまった。


「……他人に理想を語るなんて。清(きよ)洲(す)にいるせいかな」


 ふと、亡(な)き信(のぶ)長(なが)と過ごした日々に思いを馳(は)せる。ブリュンヒルドの口から発される「先生!」という言葉の響きはどこか信(のぶ)長(なが)のそれと似ていた。


 鮮烈な記憶を夜(ヨ)半(ハン)に刻み込んだブリュンヒルドがいなくなって一週間が経(た)とうとしていた。途中で気が変わってしまったのだろうか、それとも最初から借金を肩代わりした時点でお役御免だったのか、もしくは恨まれている輩(やから)なんかに攫(さら)われてしまったのか。

 ただ、それでも夜(ヨ)半(ハン)の仕事は待ってくれない。居所を定めず流れているにもかかわらず魔法指南の依頼は次々と舞い込んでくる。


「ま、あんな娘が約束を守ると思っていた俺が甘かったな。一人の方が身軽で気楽だ」


 独り言を呟(つぶや)き、一人分の簡単な旅支度を整え、清(きよ)洲(す)の街を出た夜(ヨ)半(ハン)。すると、


「待ってくださ〜〜〜〜い! 先生〜〜〜〜〜〜!」


 遠くからでもよく通るブリュンヒルドの声が耳(じ)朶(だ)を打ち、弾(はじ)かれたように振り向いた。

 

 ガラララララララララララッ!

 

 彼女は車輪のついた小屋の屋根の上に乗っていた。小屋はずんぐりとした牛のような体型の芦(あし)毛(げ)の馬に引かれてゆっくりと夜(ヨ)半(ハン)の前に辿(たど)り着(つ)いた。


「なんなんだ!? それは!?」

「よくぞ聞いてくれました! 大地駆ける御(み)厨(ず)子(し)こと『キッチンカー』です! 移動中の車内でも調理ができる優れモノ! これを使えばいつでもどこでもお店を開くことができます!」

「たしかにそれは凄(すご)いが……なんだ? まさかそれを引っ張りながら旅に出るつもりか!?」

「もちろん! 頑張って浜(はま)松(まつ)から運んできたんですから! これなら荷物もたくさん積めるし温かいご飯だっていつでも作ってあげられますよ」

「ふーん……それはいつでも手料理を食べさせてもらえるってことか?」

「はい! 日(ひ)吉(よし)の料理は天下一なんですよ!」

「いやいや、拙者、板前修業の経験はあれど腕前は二流。味が良(い)いとすれば、それは姫さまへの忠心がこもっているからこそ!」


 キッチンカーの窓から日(ひ)吉(よし)が顔を出す。夜(ヨ)半(ハン)の淡い期待は瞬殺された。


「……まあ、考えようによっては便利か。雨風もしのげそうだし」


 遅いとか、舗装されていない道を進むのは大変そうとか、どこに行っても目立つだろうとか色々言いたいことはあったがすべて夜(ヨ)半(ハン)は吞(の)み込(こ)んだ。小言を言うのが野暮なくらいにブリュンヒルドが楽しそうに笑っていたからだ。


「知らない土地に行くのってワクワクしますね! このキッチンカーで商売をして、先生のお手伝いをして、行く先々で雷(ライ)舞(ブ)をやれたら一生でも旅をしていられますよ!」

「一生……ね。大胆なことを言うお姫様だ」


 破天荒で何をしでかすかわからない少女を連れての旅はきっと平穏なものではないだろう。だが、それを受け入れてしまってもいいと思えるだけの期待が夜(ヨ)半(ハン)の中にあった。


「しかし、見れば見るほどしっかりとした作りだ。金がかかっているだろう。こんなものを貸してもらえるとは、なかなか顔が広いな」


 感心しながらキッチンカーを観察する夜(ヨ)半(ハン)。すると、ブリュンヒルドは自慢げに、


「いやですねえ、借り物じゃありませんよ。これは私がアイデアを出してシャルロットの知り合いの商人さんに作ってもらったものですよ」

「ほう、多才なものだ────────ちょっと待った」


 緩んでいた夜(ヨ)半(ハン)の表情が強(こわ)張(ば)った。


「シャルロットの知り合いって……まさか、お前が借金してたという」

「そうです! 新しいもの好きで私が雷(ライ)舞(ブ)をやりたいと言ったら色々準備してくれて。このキッチンカーもお代は後でいいからと作ってくれていたんですよね〜」

「それって……また借金を」

「大丈夫ですって! このキッチンカーならどこでも商売できますし、材料を買ってそれで何か食べ物を作って売(う)り捌(さば)けばあっという間にこれのお代くらい稼げますって!」


 あっという間……そんなわけがない。夜(ヨ)半(ハン)の見立てでは普通に家を建てるよりも金がかかっている道楽満載の代物だ。真っ当な商売で返済するには何年かかるかわかったものではない。


「まずは南蛮渡来のこのお菓子を売ろうと思っています! タピオカ! それとナタデココ! いずれ天下を揺るがす大ヒット商品になると私は見込んでいます!」


 ブリュンヒルドには先見の明がある。ただしそれはいつとは指定していない。明日かもしれないし、四〇〇年後かもしれない。


「こんなカエルの卵もどきと革のような歯応えの菓子が……いや、俺は世情に疎(うと)いからな。案外もう流(は)行(や)っているのかもしれないな。なあ、日(ひ)吉(よし)?」

「…………」


 日(ひ)吉(よし)は無言で窓をピシャリと閉めた。

 

 こうして、夜(ヨ)半(ハン)とブリュンヒルドと日(ひ)吉(よし)、それから馬一頭とキッチンカーの旅が始まった。

 なお、夜(ヨ)半(ハン)が一瞬妄想した恋物語の芽はブリュンヒルドの破天荒さや降りかかる災難に引(ひ)き摺(ず)り回(まわ)されて擦り減って、跡形もなくなってしまうのであった。

※ 回想ここまで ※


「……借金を返してやった娘が大借金抱えて戻ってきた時、己(おの)が判断を呪ったよ……」

「いやはや、あれだけ豪気に借金ができるのは紛れもない才能ですわ」

「やかましい。無責任坊(ぼう)主(ず)」


 ブリュンヒルドに金を貸している張本人はケラケラと笑って悪態をいなした。


「やけど、ちゃんと利益を上げて帰ってきたやん。案外、商才あるもんやな」

「運が良かっただけだ。いずれ大きな失敗をしでかしそうで恐ろしい」

「そうなったらまた、手前がお金を用立てて差し上げますわ」


 宗(そう)易(えき)はこともなげに言い放つので夜(ヨ)半(ハン)は呆(あき)れてため息をついた。


「返してもらえる見込みの薄い小娘に大金を預けて何の得がある?」

「はは、君はわかっとるやろ。金を貸し借りした間柄は簡単に切ることができやせん、って」

「っ!?」


 宗(そう)易(えき)の目の奥にある危険な光を夜(ヨ)半(ハン)は見た。今、浜(はま)松(まつ)一(いち)と言っても良(い)いほど見事な店の主人。財力も権力もある人間が囲い込むように金で縁を作る時点でただ事でないことはわかる。


「貴様……何を企(たくら)んでいる?」


 鋭い眼光を向けてきた夜(ヨ)半(ハン)に対して宗(そう)易(えき)はふと目を細める。


「ちょっと……やらしい話でもしとこか」

「やらしい話?」


 宗(そう)易(えき)の迫力と言葉の含みに夜(ヨ)半(ハン)は緊張する。


「あれは……三年ほど前のことやったかいな。京(きよう)の街で仲間四人と歌の会をやって盛り上がった夜、酒の勢いで遊女を呼んだんや。やってきたんは三(み)十(そ)路(じ)過ぎたくらいの肌の白い丸顔の女やった。歳(とし)離れた旦那が体壊したからこんなことやっとる言(ゆ)うて、同情買うつもりなんかと最初思ったけど……違(ちご)うたんや。アレは『私、溜(た)まってます』って宣言やったんやな。とんでもないドスケベ女で全員まとめて褥(しとね)に引(ひ)き摺(ず)り込(こ)まれてなあ。跪(ひざまず)いた女の左右に立とうもんなら、両方まとめて────」

「ちょっと待った、いったい何の話をしているんだ?」

「なんって……ただのやらしい話やけど? 手前、またなんかやってもうた?」


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