織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第零章『金を借りてまでやりたいことがある奴の下に自然と人と金が集まる』 ④

「い、今手元にはこれだけしかお金がなくて……あの〜〜〜シャルロットお姉さま?」

「貸さないっ! もうアンタにはビタ一文貸さないのだわ!」


 ろくな担保も持っていないブリュンヒルドだが、昔(むかし)馴(な)染(じ)みのシャルロットの伝(つ)手(て)で紹介してもらった商人に無担保で金を貸してもらっていた。にもかかわらず、ブリュンヒルドは借金をろくに返しもしないまま、稼ぎのほとんどを次の雷(ライ)舞(ブ)に投資してしまう。返ってこない借金、潰された面(メン)子(ツ)、挙句気ままに旅に出て歌って踊る日々を過ごす様に堪(かん)忍(にん)袋(ぶくろ)の緒が切れたシャルロットは取り立て人として彼女を追いかけ回していた、ということらしい。


「……お金は返さないとダメだろう」

「ダメですよねえ。反省はしているんですよ」

「……あと、物を買う時は代金を用意すべきだ」

「『欲しいと思った時が買い時』って言うじゃないですか」


 テヘヘ、と笑うブリュンヒルドに夜(ヨ)半(ハン)は呆(あき)れ、ガックリと肩を落とし項(うな)垂(だ)れる。


「し、しっかりしてください! カッコ良かったですよ! まあ、シャルロットとは気心知れた仲なので最悪地べたに額を擦(こす)り付(つ)けて泣いて謝ればギリ許してもらえるかなあ、とは思ってましたので助けが入った時には正直、戸惑っちゃいましたけど! 凄(すご)かったです! シャルロットのウネウネをスパパパパーッ! と! あっ。それに私の仕事を認めてくれたところも加点要素です! あれで私が不当にお金を盗(と)られている立場なら完璧だったんですけど」

「あぁ───っ! もう! わかってるからいちいち思い出させるなぁっ! 恥ずかしい!」


 昨今、武将や大商人として男以上に活躍する魔(マ)姫(キ)那(ナ)が増えているとは知っていたが、豪気に借金をこさえまくって堂々とシャバを歩く魔(マ)姫(キ)那(ナ)には初めて出会った。


「さあ! あたしと一緒に来てもらうのだわ! 安心しなさい! ただのコンカフェだから! 前みたいにカモにされている客とお客のつかない女の子を煽(せん)動(どう)して反乱起こしたりしないようにするのだわ! 今度軍が出てきたらアウトかしら!」

「軍って……あれ冗談じゃなかったのか……」


 コンカフェ解雇事件の真相は夜(ヨ)半(ハン)をドン引きさせてあまりあるものだった。


「待った! コンカフェは健全な商売だと働く者と通う者は言うけれど、本当に健全な商売なら流(は)行(や)るわけないでござる! そんな仕事、姫さまにふさわしくないでござる!」


 日(ひ)吉(よし)がシャルロットの前に立ち塞がる。


「うるさいのかしら! だったらお前が内臓でも売って金を用意するかしら!」

「わかり申した! 好きなものを持っていってくだされ!」


 と言うと日(ひ)吉(よし)は上半身を露(あら)わにし、短刀を躊躇(ためら)いなく自らの腹に突き立てようとした。


「わ────っ! わ────っ! 日(ひ)吉(よし)! ダメです────っっ!」

「お止めくださるな! 拙者の身も心も姫さまのもの! この腸(はらわた)、どうかお納めくだされ!」


 魔法も南蛮文化もあるこの時代だが、さすがに臓器売買は行われていない。シャルロットも売り言葉に買い言葉のつもりだったので困り果て、助けを求めるように夜(ヨ)半(ハン)に視線を送る。


「俺にどうしろと……」

「こっちも面(メン)子(ツ)があるから甘い顔はできないの。それに、いいとこ見せたいのではなくて?」


 シャルロットは肘で夜(ヨ)半(ハン)の脇腹をくすぐる。下心があるように思われているのは心外ではあったが、かと言って見過ごすこともできなかった。


「わかった。着物の代金とシャルロットからの借金。俺が支払おう」

「えっ……ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!」


 ブリュンヒルドが素っ頓狂な叫び声を上げるが、夜(ヨ)半(ハン)はまるで食事代を払うようなさりげなさでシャルロットから金額を聞いて、即座に支払った。


「マジかしら……言ってみるものだわ……」


 渡された黄金色の小判を見つめながらシャルロットはうっとりとした声を漏らす。一瞬で借金まみれから綺(き)麗(れい)な身になったブリュンヒルド。だが、彼女の忠臣は黙っていられなかった。


「このスケベ侍! 金を払えば姫さまの身も心も好きにできると思っているでござるか!? これだけは言わせてもらうでござるよ……その先に本当の愛なんてない」

「人聞き悪いこと言うな! これは、その、あれだ。雷(ライ)舞(ブ)だっけか、良(い)いもの見せてもらったからな。投げ銭にしては高いかもしれないが、俺にはそれだけの価値があったということだ」

「見た目が良くて腕っぷしも強くて、しかもお金持ちだなんて……お兄さんちょっと完璧すぎません? 完璧すぎるキャラは読者の共感を損ないますからもうちょっと控えて」

「うるさいな! その完璧すぎる俺がいなければ、お前なんて借金まみれの触手まみれでコンカフェ行きだったんだからな! とにかく、お前の借金は俺が払う! だが恩に着せるつもりはない! これからも堂々と自由に歌って舞い踊れ! その姿を見せてもらえれば十分だ!」


 半ば自(や)棄(け)気(ぎ)味(み)に言い放つ夜(ヨ)半(ハン)。ブリュンヒルドは思わぬ展開に狼狽(うろた)えてしまっている。


「改めて見るとなかなか好(い)い男だわ。良かったわね、ブリュンヒルド」


 ポン、とブリュンヒルドの肩を叩(たた)くとシャルロットたちは小屋を出ていった。


「あの……ありがとうございました、その、さっきはああ言いましたけど、お金はちゃんと返しますので……時間はかかるかもですけど」

「だから、そのつもりはないと」

「ちゃんと返します! シャルロットは身内ですから多少迷惑かけてもご愛(あい)嬌(きよう)ですけど」

「自分で言うな。絶対多少じゃないだろ」

「まあ、それはさておいて……借金の利息代わりに身の回りのお世話いたしましょうか? お家(うち)の掃除とかお料理とか晩酌の相手とか、あと子守唄も歌ってあげます」


 ブリュンヒルドなりに献身的な提案を示したが、夜(ヨ)半(ハン)は首を横に振る。


「ありがたい話だが、俺は根(ね)無(なし)草(ぐさ)でな。お前に世話をしてもらう必要はない」

「旅人、なんですか? 仕官もしていない? なのにどうしてあんな大金を?」


 ブリュンヒルドの仕草と見た目の良さはたしかに可(か)愛(わい)らしく、小首を傾(かし)げながら尋ねられて、ついつい夜(ヨ)半(ハン)は自分の正体を明かしてしまう。


「俺は魔法指南役。つまりお前のような魔(マ)姫(キ)那(ナ)に魔法の使い方を指南するのが仕事だ。今のご時世、魔法を駆使して成り上がりたい魔(マ)姫(キ)那(ナ)や、彼女らを利用したい大名や商人が溢(あふ)れているからな。がめつく商売しているつもりはないが、払った金を惜しむようなことはない」

「魔法……指南役……じゃあ旅をしているのは各地の魔(マ)姫(キ)那(ナ)に教えを授け、一大流派をつくるためとかですか?」

「そんな大それたものじゃない。ただ、少しでも多くの魔(マ)姫(キ)那(ナ)に正しい魔法の使い方を身につけてほしいというだけだ」

「正しい……ですか? 上(う)手(ま)いとか強い、ではなく?」

「真(まこと)に強い魔(マ)姫(キ)那(ナ)は一人で国をも滅ぼす。そんな力が悪意を以(もつ)て振るわれた日には……この国は終わる。魔法の力は純粋で心優しい少女に授かるもの。本来はそうだったんだ。しかし、この乱世が人の心を荒(すさ)ませた。傲慢で身勝手な魔女となる者、復(ふく)讐(しゆう)心(しん)や支配欲に駆られた怪物となる者。世の流れは俺には止めようもないのだろうが……それでも一人でも多くの魔(マ)姫(キ)那(ナ)に正しい魔法の使い方を身につけさせ、人として幸せになってほしいと思っている」


 そう言い切った後、少し間を置いて夜(ヨ)半(ハン)は猛烈に恥ずかしくなった。自己陶酔するように理想を口走ってしまったからだ。


「いや……今のはちょっとアレだったな。忘れて」

「先生────」

「へっ…………いっ!?」


 ブリュンヒルドが夜(ヨ)半(ハン)の両手を握る。その手は真っ赤に燃えるほど熱い。


「感動しました! この乱世にそんな素敵な理由で働く人がいるなんて!」


 瞳の中に満天の星を蓄えて放つ憧れを見る目。その輝きを前に夜(ヨ)半(ハン)は言葉を失(な)くす。夜(ヨ)半(ハン)がフリーズしている間もブリュンヒルドの脳内は回転し続け、最高のプランを導き出した。


「決めました! 私をどうか弟子にしてください!」

「弟子……ああ、魔法の指南か。別に構わないが順番待ちになっていて」

「そうじゃありません! 魔法を教えてもらってサヨナラじゃつれなさすぎるじゃないですか! もっとちゃんと、先生の魔法指南の旅に関わりたいんです! どうか弟子として旅のお供に連れて行ってください!」


 ズイッ、と一歩前に進んだ彼女は無自覚に夜(ヨ)半(ハン)の手を自らの胸に押し当てた。


「えぇっ!? いや、これはイカンて……」

「ダ、ダメなんですか!? 私、なんでもしますよ! なんだってしますから!」


 さらに柔らかな感触に包まれる夜(ヨ)半(ハン)の手。ハニートラップの如(ごと)きブリュンヒルドの猛烈なアピールにタジタジになってしまう。


「姫さま! うら若き少女が『なんでもする』なんて口走ってはなりませぬ! ここぞとばかりに『ん? なんでもって言った?』とコメが大変なことになりますぞ!」

(米がどう大変になるのかわからんがナイス日(ひ)吉(よし)!)


 割って入ってきた日(ひ)吉(よし)に感謝する夜(ヨ)半(ハン)。しかし、



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