織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第零章『金を借りてまでやりたいことがある奴の下に自然と人と金が集まる』 ③

 物騒な物言いをしている彼らはブリュンヒルドたちが入っていった小屋に向かっていった。


「オラァッ! サル退治ぃ!」


 ガラの悪い男の拳で日(ひ)吉(よし)が打ち倒された。邪魔者を排除した彼らは小屋の中を見渡す。ちょうど投げ銭を山分けしている最中で銭の山が床の上に積まれていた。


「ほ──う。良(い)い商売をやってるじゃねえか。その金こっちによこしな!」


 突然のことに驚き怯(おび)えているのは楽器隊の男たち。細腕の彼らに対して襲撃してきた男たちは見るからに屈強で手荒なことに慣れていそうな風貌だ。力ずくで来たら勝ち目はなく、下手をすると楽器を弾けなくされてしまうかもしれないと恐怖した。そんな中、


「このお金はみんなのものです! 逃げてください!」


 ブリュンヒルドは銭の山を大雑把に楽器隊に押し付け、男たちの前に立ち塞がった。


「おい! 邪魔すんな!」


 男はブリュンヒルドを押しのけようと手を伸ばす。しかし、


「姫さまに触れるなアアアアアアアッッッッ!!」

「ぎゃあああああ! 痛(いて)えええっっ!」


 倒れていたはずの日(ひ)吉(よし)がブリュンヒルドの危機に復活し、男の頭に嚙(か)み付(つ)いた。もう一方の男がひっぺがそうとするが膂(りよ)力(りよく)を上回る執念で以(もつ)て日(ひ)吉(よし)は堪(こら)え続(つづ)ける。その間に楽器隊の面々は銭を溢(こぼ)しながら逃亡した。勝ち誇ったようにブリュンヒルドがニヤリと笑うと男たちの後ろに隠れるように立っていた檸檬(れもん)色(いろ)の頭巾から呆(あき)れたようなため息が漏れる。


「まあ、いいのだわ。お金なんかよりもこのうつけ姫を教育する方が大事だもの」

「えっ…………その声は?」


 発された声は幼い少女のそれだった。ブリュンヒルドの顔から血の気が引く。

 身の丈はせいぜい四尺五寸。凹凸や丸みのほとんどない少年のような身体(からだ)つきに、丸みを帯びた幼い顔。ジトっとした目つきをしていて、どこか危険な香りを漂わせていた。


「あたしのこと覚えてるかしら? 恩知らずだから忘れちゃったかしら?」

「忘れるはずがないでしょう! 美しく賢く心清らかなシャルロットさま! 暴力を嫌い、何があっても話し合うことが信条で、虫も殺さぬ大和(やまと)撫(なでし)子(こ)! 私のことが好き!」

「あたしの自認を上書きしようとしないでほしいのだわ。残虐でアブない女だって自覚はあるもの。あなたの方は……ずいぶん羽振り良さそうね」

「そうなんですよ! やっぱり尾(お)張(わり)清(きよ)洲(す)は天下の大都会! ここで雷(ライ)舞(ブ)をやっていけばいずれ城すら持てる大富豪に! なのでお金を巻き上げられると次の雷(ライ)舞(ブ)ができなくなっちゃいます。私が稼げなくなったら、困りますよね? ここは大局を! 大局を見てください!」

「残念かしら。もうアンタの口車には乗ってあげないのだわ!」


 突然ドスの利(き)いた声を放ったシャルロットはその檸檬(れもん)色(いろ)の瞳を光らせた。


「『むしり取る 尻の毛まで』────【濡れた少女獄卒(ジエル・ジル・ジエイル)】」


 シャルロットの腕に光が絡(から)みついた瞬間、その光は蚯蚓(みみず)のような赤黒い血肉の色をした触手に変貌した。青(あお)大(だい)将(しよう)並の巨大さで先端には牙がびっしりと生えた環状の口が付いている。


「キャアアアアッッッ! いつ見てもグロいグロいグロい! さっさとしまってください!!」

「ふっふっふっ。だめなのだわ! 今回は手加減するつもりないのだもの。こいつで嬲(なぶ)った後に素(す)っ裸(ぱだか)で市中引き回してあげるのだわ。どのくらい銭が投げ込まれるか楽しみかしらっ!」


 残虐な妄想を実現すべく伸ばす触手が、まず日(ひ)吉(よし)を捕らえた。


「おろろろろろろ!? ま、待つでござる! 拙者のようなサルもどきを触手責めなど需要がないでござる! 挿絵はここ以外のシーンで!」

「いちいち言われなくともわかってるのだわ! 黙って大人しくしてくれるかしら!?」

「んほぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! らめぇっっ! ジュポジュポ……んぐ、ひ、姫さまが大変なことになっちゃうのでござる〜〜〜〜っ! だれかとめてぇぇええええぇ、んほぉぉっ!」


 両手両足を拘束された挙句、口に触手を突っ込まれて喋(しやべ)ることすらできなくなった日(ひ)吉(よし)。その姿はあまりに見苦しく、誰もが目を背けた。


「ふふふ……あたしの触手は益(ます)荒(ら)男(お)をも締め殺し、熊を食い殺し、欲求不満の人妻をもあひんあひん言わせるイカしたヤツなのだわ。ウブなあなたには刺激が強いかしら?」


 シャルロットは標的を移すようにブリュンヒルドを睨(にら)みつける。


「わ、わかりました! あなたの言うとおりにしますから! これ以上酷(ひど)いことはしないでください! あと、日(ひ)吉(よし)も放してあげて……」


 涙目でそう訴えるブリュンヒルド。するとシャルロットはため息をつき、ガラの悪い男たちを顎でつかう。


「お〜〜〜痛(いて)え……まったく、手間とらせやがって」

「殊勝にしていると、イイ女なんだけどなあ……ガキとは思えねえ」


 男たちは品定めをするようにブリュンヒルドをじっくりと見つめ、その美貌と嗜(し)虐(ぎやく)心(しん)をそそる表情に生唾を飲み込んだが、シャルロットに諫(いさ)められる。


「変な気起こさないでね。そいつにはちゃんと稼いでもらわなきゃ────」

「清(きよ)洲(す)の魔(マ)姫(キ)那(ナ)は女(ぜ)衒(げん)まがいのこともやるのか?」

「なっ!?」


 シャルロットは思わず後退した。全くの気配を感じさせずに見知らぬ男、夜(ヨ)半(ハン)がそばに立っていたからだ。夜(ヨ)半(ハン)は大股で男たちに近づくと二人同時に腕を捻(ひね)り上(あ)げた。


「いててててててててててて!! な、なにしやがる!?」

「はっ、はなせぇ〜〜〜〜〜〜!」

「そうか、ではお望みどおりに」


 夜(ヨ)半(ハン)が蹴飛ばすと男たちは扉を突き破って小屋の外に転がった。


「どういうつもり、かしら?」


 邪魔をされたシャルロットは憎しみを込めた瞳で睨(にら)みつけた。


「仕事柄、魔法を使って人に迷惑かけるヤツらは放っておけない。それに……この娘には借りがあるしな」


 目が合い、ブリュンヒルドは自分が救った彼のことを思い出した。先ほどの立ち回りに加えてこの堂々とした振る舞いは頼りにできる! と期待した。


「ありがとうございます! こんな性悪娘さっさと畳んじゃってください!」


 と調子づくブリュンヒルドにシャルロットは思い切り舌打ちして、【濡れた少女獄卒(ジエル・ジル・ジエイル)】を発動した。ブリュンヒルドは怯(おび)えるが、夜(ヨ)半(ハン)は落ち着いた様子で腰の刀に手をかけた。


「魔(マ)姫(キ)那(ナ)相手に剣一本でどうにかしようだなんて……随分時代遅れな男だわっ!」


 シャルロットの触手は魔法で生成された生物に近いモノ。口が付いた先端部が鞭(むち)先(さき)のような超高速で建物の壁を削り、柱をへし折って迫り来る。武者の大太刀に勝るとも劣らない強烈な攻撃だったが、夜(ヨ)半(ハン)は極めて冷静に伸ばされた触手を搔(か)い潜(くぐ)り、その胴を斬り落とした。


「なにぃっ!?」

「先端は鎧(よろい)をも砕く頑強さ。だが、胴はしなやかに動かすために頑強さはない。そうだろ?」

「ちぃっ! なめないでほしいかしら!!」


 シャルロットは新たな触手を放つ。しかも八(や)岐(また)に分かれ上下左右から包囲するようにけしかけた────にもかかわらず夜(ヨ)半(ハン)はそのすべてを躱(かわ)しすれ違いざまに斬り落としていく。


「そして、動かせるのは先端のみ。胴体はそれに引っ張られているだけ。方向を転換する速度は使い手の反応速度と同等。破壊力と見た目に気(け)圧(お)されなければどうということはない」

「うっ……そぉ……」


 鍛錬を重ね、意のままに操れるようになった魔法が真正面から攻略されてしまっては為(な)す術(すべ)はなく、夜(ヨ)半(ハン)に背後を取られ、白(はく)刃(じん)を首に突きつけられた。


「…………まいったのだわ」


 涙目になったシャルロットは口(く)惜(や)しそうに降伏した。

 夜(ヨ)半(ハン)は刀を提げてはいるが血を好む人間ではない。むしろ、それを嫌う。刃(やいば)を鞘(さや)に戻すと、諍(いさか)いの決着をつけようと口を開く。


「ブリュンヒルドとやらの仕事は面妖で騒がしいが、客を楽しませ、その対価として銭を受け取っている。横取りするなど言語道断だ」


 極めて真っ当な説教である。横暴な魔(マ)姫(キ)那(ナ)であれ、力で圧倒された上に理を説かれれば受け入れざるを得ないと夜(ヨ)半(ハン)はたかを括(くく)っていた。ただ、誤算があった。


「…………ない、のだわ」

「ん?」

「横取りじゃないのだわ! そこのうつけ姫がいつまで経(た)っても借金を返さないからアガリを差し押さえに来ただけなのだわ!」


 癇(かん)癪(しやく)を起こした子どものように声を荒らげるシャルロット。夜(ヨ)半(ハン)がゆっくりとブリュンヒルドを見ると、彼女はバツが悪そうに頭を搔(か)いていた。

 

 曰(いわ)く、雷(ライ)舞(ブ)を行うには場所代や楽器隊への報酬に加え、舞台衣装の製作などなど高額な出費が発生する。ブリュンヒルドはそれらを借金で用立てていた。ちなみに先ほど夜(ヨ)半(ハン)が叩(たた)き出(だ)したガラの悪い男たちは舞台衣装を製作した機(はた)織(おり)職(しよく)人(にん)たちである。


「へっへっへっ、見れば見るほど上玉だ……着られている着物が喜んでいやがるぜ」

「イイ仕事させてもらえたぜ! だが、代金は払ってもらわないとな!」


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