織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第四章『切り札は切らずに見せびらかすのが高値を付けるコツである』 ③

 よしもとはそう吐き捨て、突き飛ばすようにブリュンヒルドの背中を押した。


「先生……ダメですよ。こんなバカ殿に魔法を渡したら」

「大丈夫だ。この世に魔法を使える者が一人増えるだけ。ブサイクなが一人生まれたと思えば大したことじゃない」

さんえん駿すん四八姫がさんえん駿すん四九姫になってセンターにバカ殿が君臨するんですね……恐怖の対象から一気に笑いの対象になる気がします」

「貴様ら、身の安全が保証された途端、ヒドい言い草でおじゃるの……」


 よしもとは怒るよりもあきれてしまっているが、ハンは晴れやかな気分だった。


「お前とこうやってバカな掛け合いをずっとしていたかったが、これまでだ。俺が抑えている間にできる限り遠くに逃げろ」

「一緒に逃げるのはダメなんですか?」


 ハンの袖をギュッとつかむブリュンヒルド。だが、ハンはその指を優しく一本ずつはがす。


「今度は俺がお尋ね者だからな。もと中の大名たちに追いかけ回されるくらいなら、バカ殿に大事に守ってもらってほうとうらしにふけるさ」


 指をつなぎ、ブリュンヒルドの瞳をまっすぐに見据えて告げる。


「何人ものを指南しても、俺には乱世の終わりが見えなかった。だけど、お前にって、ライに多くの人が集まっているのを見て、少しだが、時代が変わりつつあるのを感じたんだ。だから……お前は自由に生きろ。好きなようにしろ。これがお前にできる指南だ」


 ハンは静かに笑い、彼女の背中を押した。「この道を走った先によしが待っている」と告げるとブリュンヒルドは背を向けたまま、


「わかりました。自由に……好きなように生きます」


 と言った。そして地面にいつくばっているサラに声をかける。


「どうせ、あなたもいまがわにいられないでしょう。私についてきなさい」


 突然のスカウトにサラは驚くも、流石さすがいまがわの待遇を捨てるほどの覚悟はなかった。


「お、お誘いいただいたこと、光栄にございますが……主君の前で裏切るような────」

「よいよい。くれてやるでおじゃる。さっさとね」

うそぉぉっ!? お、お館さまぁ───────っ!」


 一刻も早くどうしよを手に入れたいよしもとにとってサラの去就など、どうでも良かった。


「うぇっ……うぐぅ……あんまりですぅ……いまがわほど待遇のいい家、他にないのに……」


 さめざめと泣きながら、ブリュンヒルドに肩を抱かれて歩いていく。

 ハンは二人が夜の闇に紛れて消えるまで目で追い続けた。

 


「さて……約束を守ってくれたこと感謝する」

「うむ。今度は貴様の番でおじゃる。それを寄越せ」


 ハンの手に持たれたどうしよを指差すが、フッ、とどうしよは音もなく消えた。正確にはハンが収納したのだ。よしもとのこめかみに青筋が浮かぶ。


「……何のでおじゃるか?」

「くれてやりたいのは山々なんだが、契約済みのどうしよは他の者には使えないんだ。俺の魂に結びついている以上、俺の手から離れることはない」

「きさまっ! はかったでおじゃるか!?」


 げきこうするよしもとは再び刀をさやから抜いた。しかし、


「最後まで聞け。どうしよは魂に結びついている。つまり、持ち主が死んで魂が消失すればどうしよは誰のものでもなくなり、次に拾った者が所有者になれる」


 そう言って、ハンはその場にひざまずき、首を差し出した。


ハン……貴様、まさか!?」

「俺の首ごとくれてやる。だから、アイツには金輪際手出ししないでくれ」


 ブリュンヒルドを救い出すことを決めた時から、始末のつけ方はこれしかないとハンはわかっていた。どうしよを渡すことでしか、よしもとを交渉のテーブルにつけることはできない。

 しかし、それは自分の命を差し出すことと同義である。ひるむ心を抑えつけ、後戻りできぬよう魔法を使ってろうを破り、さんえん駿すん四八姫を蹴散らし、どうしよの存在と力を見せびらかした。たとえ、この場を切り抜けようとどうしよを持つハンは日本中から命を狙われる。自分を追い詰め、辿たどいたこの結末にハンは満足していた。


ハンよ。お主ほどの男があのような小娘のために命まで差し出すのか? そこまで好いておったでおじゃるか……」

「ハッ、あいにくその手の話はうとくてな。俺はただ、自分のを大事にしただけだ」

だと?」

が不幸にならないような世を作るために魔法指南役となり、その仕事をとして、今日まで生きてきた。だが、であろうとなかろうと、自分の一番そばにいる娘をみすみす不幸にしてしまった後の人生に、などいだせないだろう」


 ハンの言葉によしもとうなった。


「……本気でお主を惜しいと思うでおじゃる。お主が忠誠をささげてくれたのなら、どの武士よりも、よりも頼れる家臣となったでおじゃろう。だが、になることは麻呂の悲願。せめて麻呂自ら、引導を渡してやるでおじゃる」


 ハンの頭上でよしもとは刀を振り上げた。


「貴様から授かる力で麻呂は名実ともに当代最強に至るでおじゃろう。この乱世の行く末をあの世から眺めるがよい」


 武家の頂に立つ者としての顔でよしもとが告げた言葉は自信と責任感がほとばしっていた。

 昇りきった月のように、高く掲げるように刀を振り上げ、ハンの首に狙いを定める。あとひと動作でハンの首がねられる、その直前だった。

 


『みなさ〜〜〜〜〜〜ん! 私の声が聴こえますか!?』


 

 脳内に直接声が飛び込んできた。聴き慣れた声にハンは思わず、


「ブリュンヒルド!?」


 と声の主の名を口走った。その声はハン以外の人間にも……それどころか、駿すんの街にいる民すべてに聴こえたようで、いざなわれたかのように往来に人々が出てくる。

 ブリュンヒルドはその様子を民家の屋根の上から眺めていた。


「『あははは、すごいです! 本当にたくさんの人に届いているみたいですね! サラ。やっぱりあなた、いまがわから追い出されて正解でしたよ』」

「……姫様に付き合うとろくなことにならないって、昔からわかっていたのに……」

「『元々、いまがわめていなかったし先は見えてましたよ。一軍グループを追い出されたパッとしない女子が下のグループに移るのは女の世の常じゃないですか』」

「デリカシーって言葉は伝来していませんでしたっけ!? てか、駿すんじゆうに私がクビになったこと広めないでください! 一旦、切りますよ!」

「あっ……もう。次が本番なんですから、私がやめて、と言うまで切らないでくださいよ」

「これ以上何をしでかすおつもりなんですか………」


 ブリュンヒルドは柄にもなく緊張していた。何百人の前で歌うライの直前だってこのように口の中が渇き、脚が震えるような感覚を味わったことがない。しかし、邪魔なものすべてを洗い流すように笑った。


「先生に『自由に好きなようにしろ』と言われましたので、見せてやろうかと思います。私が本気でやりたいようにやったらどうなるかを!」


 

 突然聴こえてきて、突然聴こえなくなったブリュンヒルドの声に誰もが戸惑っていた。


ハン……どういうことでおじゃる?」

「知らん。いや、本当にわからん。アイツ、何しようとしてるの?」


 味方のはずのハンですら動揺していた。いや、味方だからこそ嫌な予感がしたのだ。


『あらためまして、私の名前はブリュンヒルド! お城の前で歌や踊りを披露していた天下無双の美少女アイドルです! あの時はごめんなさ───い! いまがわよしもとさまに邪魔されちゃったんです! 民の娯楽を許さないなんてきようりようなお方ですね! そう思いませんか!?』


 再び駿すんじゆうにブリュンヒルドの念話が響き渡った。領主批判でも始めるのか、と思われたが怒気はなく、それどころかうつすら笑っている。



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