織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第四章『切り札は切らずに見せびらかすのが高値を付けるコツである』 ②

 そして、次の瞬間、ハンは大木のような長く太い尾をしならせて、横にはらった。尾はしきに直撃し、壁や屋根瓦の破片が雨のように降り注いでよしもとの配下はきようかんの混乱に陥った。そのついでのようにしてクララは振り戻した尾に巻き込まれ吹き飛ばされた。またしても変身が解かれたクララは全裸で地面に転がった。


『乗れ! ブリュンヒルド!』

「私の考えていること伝わっちゃいました!? いいんですか!? 本当にいいんですか!? うわあ、めちゃくちゃワクワクしますね! 子供の頃に乗ったお兄さまの馬よりずっと大きいです! こんな大きな生き物に乗れるなんて感慨深いですよ!」

ふけるな! 早くしろ!』


 かしながらブリュンヒルドが背中に乗ってしがみつくのを待ってハンは駆け出した。巨体を揺らしながら城壁に近づき、その手前で翼を羽ばたかせて浮かび上がる。


「わぁ…………空飛んじゃいましたよ!」


 月の浮かぶ夜空に少女を乗せたドラゴンが舞う。このまま彼女はドラゴンの背に乗り自由に────とはいかなかった。

 空を舞っていたハンは徐々に高度を落としていき、地面に着く寸前に変身は解け、地面にたたきつけられそうになるブリュンヒルドをハンは抱き止めた。


「えっ? もう終わりですか? 一文課金しますからあと三分くらい」

「遊び用の乗り物じゃない! 本家のドラゴンならともかく俺の変身では対空攻撃が得意なに的にされるだけだからな。足で逃げるぞ」

「チェッ。でも、また今度やってくださいね。やっぱり、ブリュンヒルドと名乗っているからには竜とは積極的にからんでいきたいじゃないですか」

「やめておけ。かはわからないが怒られそうな気がする……」


 城の外に出ることには成功し、今いるのは城下町。しかし、天下一を自負するさんえん駿すん四八姫を擁するいまがわの追撃が終わるはずがなかった。まず、走力を強化できる魔法を使うたちが追いつき、戦闘となった。次に城下町に住むたちが集結し、ハンたちの足を止めた。彼女らを打ち倒しても次から次へとが押し寄せてくる。

 そして、ついに城にいたたちが追いつき始めた。サラは馬を駆る侍にしがみついたまま、魔法を唱える。


「『内なるおもいを、あなたに託す』────【】!」

『逃げた賊二人を発見! 場所はよこまちの手前!』


 と侍の声がハンとブリュンヒルドの脳と耳にステレオで響いた。


「サラ! またしてもですか!」

「『念話』の魔法だな。離れた相手にも声を届けられるんだろうが雑な魔法操作だ。対象を選べないから効果範囲にいる人間全部に声を伝えてしまっている。騒ぎになるぞ」


 ハンの予想通り、眠っていた城下の民が脳内に響く声に起こされ、家の先に出てきた。


「指南役殿! お覚悟を! 『炎の腕、すべてをはらえ』───【獄炎乱れ打ちインフエルノエンサ】」


 の手から炎がショットガンのようにしてらされる。


「バカがっ! 人家が建ち並ぶ場所でなんてを!」


 ハンは再びどうしよを召喚する。


「『』────【獄炎乱れ打ちインフエルノエンサ】!」


 ハンの手からも炎がらされる。放たれた炎は自在に宙を泳ぎ、相手の炎をそうさいし、他の塊は誘導弾のようにして追っ手に襲いかかり、かすめるようにして衣を焼いた。


「アチチチチチチ! もうヤダァ!」


 馬から振り落とされたサラはその場に突っ伏した。


「サラ! 大丈夫ですか!?」

「やめろっ! 近づくな!」


 ハンの制止を聞かず、ブリュンヒルドはサラに駆け寄ろうとした。しかし、そこに自ら馬を駆ってよしもとが現れ、すかさずブリュンヒルドの喉元に刀を突きつけた。身動きが取れなくなった二人に向かってよしもとは叫ぶ。


でおじゃるか!? ハン! お前はどうして魔法を使えるのでおじゃる!?」


 よしもとの問いにしゆんじゆんするハン。それに答えることはハンにとって禁忌であった。魔法の伝来、の台頭、による合戦における魔法使用の制限。それらによって生まれかけている新しい秩序を壊してしまいかねないことだからである。


「先生……」


 おびえた瞳でハンを見つめるブリュンヒルド。よしもとは気分一つで彼女をどうにでもできる。美しい顔を傷つけることも、喉を傷つけ歌えなくすることも。

 だから、ハンは最後の切り札を切ることにした。


「……よしもと。お前にしてやる最後の魔法指南だ。魔法伝来によってこの国の少女たちには魔法の力が授けられた。男はその力にあずかれない。だが、一つだけ例外がある。この『どうしよ』を手にした者は誰でも魔法を使えるようになる! 指南書なんてチャチなものじゃない。これこそのぶなが様がのこした財宝! 生前の約定に従い、俺が預かってきた!」


 ハンの言葉によしもときようがくし全身を震わせ、よだれを垂れ流した。


「欲しい……欲しいでおじゃる! ハン! それを寄越せ! さすればこの件は不問……いや、望む物ならなんでもくれてやる! 金か? 城か? それとも領地か!? 何ならさいとうからわりを奪い、それをくれてやってもいでおじゃるよ!」


 豪気な交渉である。が、それほどまでによしもとは魔法に執着し、手に入れたいと願っている。しかも魔法を操るハンは一騎当千の三遠駿四八姫SES48を何人も撃退している。覇者に相応ふさわしい、焦がれるほどに欲しがった夢の力だ。

 ハンよしもとの狙いがブリュンヒルドではなく魔法であると知って、どうしよが交渉材料になると確信した。よしもとは魔法の正しい使い方など気にも留めない。欲望の赴くまま他者をじゆうりんするためにその力を行使する。そういう人間だとわかりきっている。

 それでも、主義を曲げ、すべてを捨てることになったとしても、やらなくてはならないことがあるとハンは決心していた。


「城も国もいるものか。どうせお前はこれを手にした途端、約束をにするだろうしな」

「しないでおじゃるよ! なんならお前を養子に迎えていまがわ家を継がしてやってもよい! 麻呂に魔法を授けてくれるならば我が子よりもいとしい存在でおじゃるからな!」


 よしもとのなりふり構わなさに臣下の者たちも流石さすがにたじろいだ。方便であろうと自身が誇りとしている血統すら放り出すなど思いもよらないことだったからだ。


「わかった。だが、俺の望むものはもっと安いものでいい。お前にとっては取るに足らないつまらないものだ」

「おお! 言ってみよ! なんでもかなえてやるでおじゃる!」


 ハンはブリュンヒルドに目を向けた。

 きよの街で彼女にわなければ、このような事態に巻き込まれることはなかっただろう。戦や謀略をのらりくらりと避けながら、足が動かなくなるまで魔法指南の旅を続け、世を憂いながら何人かのを救い、それをと称して人生を終えたことだろう。

 そんな、程良く立ち回る人生と引き換えにしても取り戻したいものができたのだ。


「俺の望みは一つ。ブリュンヒルドに自由を与えてやってくれ」


 その答えに一番驚いたのはブリュンヒルド自身だった。何かを叫ぼうとしたがハンはそれを目で制して言葉を続ける。


「『のぶながのこした財宝はいまがわ家に渡り、いまがわよしもとは魔法を手に入れた』。そのようにけんでんするんだ。そうすれば、どうしよを譲り、今度こそお前に魔法の使い方を指南してやる」


 のぶながの財宝などハンは知らない。生前の約定などうそハッタリである。しかし、そのあるかどうかわからない物の争奪戦にブリュンヒルドは巻き込まれ、命をおびやかされている。彼女を救うためにはその争奪戦に終止符を打たなければならない。だから、自身の持つどうしよのぶながの財宝、ということにした。一世一代の賭けにして、唯一の勝ち筋だった。

 よしもとはニンマリとほほみ、刀をさやに戻した。


いでおじゃるよ!! 小娘、貴様はお役御免でおじゃる! とっととね! 二度と麻呂にその顔を見せるでないぞ!」



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