織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第四章『切り札は切らずに見せびらかすのが高値を付けるコツである』 ①

 城の中は逃げる場所も隠れる場所もないありさまだった。


「もしかして、人増えてません? イチャイチャしていた間に事態が悪化してます?」

「間違いないな。城の外からも兵が集まってきている。イチャイチャはしていない、あやしてやっていただけだ」

「何か抜け道とか知らないんですか? バカ殿に気に入られていたんでしょう。弟子にときめいたからって恥ずかしがらなくてもいですよ」

「新参者にそんなもの教えてくれるものか。地道に行くしかないな。いきなりはよくない。ときめいたんじゃなくて驚いただけだ」

「急がば回れ……私の嫌いな言葉です。素直じゃないなあ、もう」


 二つの会話を同時にこなすという器用なことをしつつ、徐々に城の出口に近づく二人。


「それはそうと……ごめんなさい。さっきのにうっかり先生がのやで魔法を使ってたことを言っちゃったんですよ」

「見られていたのか。どうしてすぐに尋ねてこなかった?」

「先生が魔法は男には使えないって言ってましたから。自分が使えるのにそれを言わないってことは隠しておきたいことなんだと思って。しつこく聞いて先生に嫌われたら嫌ですし。これでも他人との距離の取り方には自信があるので!」

「超接近戦型のくせに……だがまあ、そのとおりだよ。男であろうと魔法を使え、しかも後天的に習得できる方法があるなんて知られたら天地がひっくり返る騒ぎになる。その習得法を手に入れ独占しようとする大名どもによってどれだけの悲劇が生み出されるのやら……」


 ハンの言葉にブリュンヒルドは震え上がり、自分の発言がどれだけ重大な事態を招いているのかを察した。


「ご……ごめんなさい……で、すまないことやっちゃいました?」

「大丈夫だ。もう、秘密にする必要がないからな」

「えっ? それはどういう────」

「『とがにんよ、姿をさらせ、天道はお前を見ている』──【壁を照らす光円プロサークル】」


 ブリュンヒルドの問いを遮るように魔法の光がサーチライトのように二人を照らし出した。駆けつけた兵とにすぐさま取り囲まれ、逃げ場を失ったところによしもとが自ら姿を現した。


ろうやぶりをした挙句、主人のめかけあいきとは……なかなか大胆でおじゃるな」

「あなたのめかけなんてゴメンです。いくら私が美しく気品があるからといって」

「だまりゃ! 麻呂の城で好き放題やってくれおってからに! 弟子が弟子なら師も師でおじゃ! よくもうそはつぴやくで麻呂を痛めつけてくれおって! 命の危機が迫るたび『これでまた一歩、に近づいた』とおもいをせていた麻呂の純心を返すでおじゃる!」

「チッ。うるさいな……ムシャクシャしてやった。今は反省しているっての」

「どこが反省している男の態度でおじゃる! そっちがその気ならこっちも野蛮にいくでおじゃる! まことの魔法習得法は、しっかりカラダに聞いてやるから覚悟するでおじゃる!」


 下卑た笑みを浮かべ、わしゃわしゃと指をみしだくように動かすよしもとハンは告げる。


「ブリュンヒルドは何も知らない。もし、お前の言うように魔法を習得する方法を知っていたなら借金まみれのニセなんかやってるわけないだろ」

「あの、先生……事実ですけど……もう少し、その、手心いただけませんか?」

「信用できんでおじゃる! その減らず口、しっかりたたなおしてやるでおじゃ!」


 よしもとが叫ぶと兵たちはやりを、たちは手のひらをハンに突きつけた。絶体絶命の状況である……にもかかわらずハンは平然とした様子で首を鳴らしていた。


「先に言っておくが、魔法は誰もが使えるものじゃない。このもとにばらかれた魔法は本来、力が無くとも純粋で心優しい少女たちに授けられる奇跡の力。力を有し強欲で他人をしいたげることに何の躊躇ためらいもないお前のような男には決してあずかれない力だ」

「まるで見てきたような顔でほざくでおじゃるな。仮にお前が知らなくとも必ず探し当てる! 魔法の力を手にしてまことの天下人へと昇り詰めてやるでおじゃる!」


 よしもとは魔法伝来以降、ずっと不条理に怒りを募らせていた。名門いまがわ家に生まれたからといって甘やかされて育ったわけではない。少年の頃は京の寺に預けられ厳しい鍛錬の日々を過ごした。ぜいたくなど許されない暮らしの中できらびやかな貴族たちにしんを抱き、その鬱屈としたおもいすらも向上心へと変換した。その結果、先祖代々受け継いだ土地だけでなく自分の代で勢力を拡大し、いまがわ家にもちづきがごとき隆盛をもたらすこととなった。

 それでも、の存在は彼の成功をかげらせる。いくつも領国を持ち、万の軍勢を従えようとも、一人の人間としての強さはの前ではちりに等しい。自分の持つ力を、運よく魔法を授かっただけの小娘たちがりようしていく。そのことが腹立たしくて仕方なかった。


「お、お館様! 遅参申し訳ございません!」


 緑髪のクララがフラつきながらも駆け寄ってきた。


「クララ! ちょうどいい! お前の魔法であの男をなぶりものにしろ! 小娘が泣きながらすべてを垂れ流すくらいにむごたらしくな!」

「御意に! 『幕が上がる。幕が上がる。よいの舞台に上がるため、私は涙を仮面でかくす』────【舞台化粧メークドラマ】」


 クララの変身魔法は自身が触れたことのある生き物であれば何にでも変身できる上にその肉体の頑強さも模倣することができる。よしもとはクララを重用しており、彼女の変身の元となる強力な肉体をあらゆる手段を用いて調達した。

 その生き物はみんの国から運ばれてきた。海を渡ってきた当初は痩せ衰えていたが、牛や馬を食わせ、活力を取り戻させた。クララの魔法を最大限にかすために。


「グルルルルル……」


 着物は膨れ上がった巨体によってバラバラに引き裂かれた。よろいすら切り裂く爪とくだく牙を備えながらも身のこなしは猫のようにしなやか。日本列島には存在しない黄色と黒のしまようの猛獣。それを知らないブリュンヒルドは慌てふためく。


「な、なんなんですか!? あのデカいネコは! 全然わいくないですよ!」

「あれはな、虎って言うんだ。俺も実物は初めて見た」

「グァオオオオオオオオオオ!!」


 虎と化した力を誇示するかのようにクララは大声でえた。その迫力に味方までもが思わず腰が引けているが、よしもとは勝利を確信し、ニンマリと笑っていた。


「せ……先生……流石さすがにこれは」

「ネズミに化けられるから逆もあると踏んでいた。だが、やつの魔法はさんえん駿すん四八姫の中でも二流止まりだ。恐れることはない」


 そう言ってハンは鼻で笑った。それが挑発だとわかっていたが、散々二人にしてやられた上に虎の肉体に宿った凶暴性がクララを突き動かした。四肢をバラバラに食い千切ってやろうと牙をき地面を蹴った。


「男は魔法を授かれない。これは魔法伝来における摂理で動かしようがない。だが、逆に言えば魔法伝来以外の摂理によるものであれば……話は別だ」


 ハンわんを持つようにてのひらを胸の前に持ち上げる。すると彼のてのひらの上に淡く光る光球が生まれた。間近で見たブリュンヒルドはそれが何か、反射的に悟った。


「魔法の……光?」


 自信なさげな解答に丸をつけてやるようにハンほほむと光球は、一冊の本に変わった。

 革で表紙が作られた古めかしく分厚い洋風の書物。それを開き、ハンは唱える。


「『』────【舞台化粧メークドラマ】」


 言い終えると同時にクララが肩にいた。虎の顎の力は肉食獣の中でも極めて強く、人間ならば骨ごとくだかれる。

 しかし、そうはならない。先ほどクララが使った魔法と同様にハンの体が光に包まれるとその光は膨張し、クララはたまらず顎を離す。人間の形から解き放たれた後も質量は増大し、最終的には家のような大きさに至った。


『そっちが虎を出してくるなら、こちらも相応のもてなしが必要だな。以前、指南したが召喚した生物だが、お気に召してくれるかな』


 ハンは変身した姿でもなお、人語を使った。

 巨体を支えるきようじんな足。鋼のようなうろこ。天を覆う巨大な翼。わにのように突き出した長い顎。西洋における悪獣モンスターの象徴にして神の化身とされる最強の獣────ドラゴンが顕現した。

 ドラゴンと化したハンはクララが変身した虎に目をやる。古来よりりゆうと虎は並び立てられるものであるが、蛇ににらまれたかえるのようにクララは動けなくなっていた。


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