織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第三章『女遊びと男の戦いは隠しようもないくらい派手にやれ』 ⑨

 何者かがクララの背後に立ち、涼やかな声で答えた。次の瞬間、振り向こうとしたクララに向かって目にも留まらない速度の蹴りを放つ。みなに岩を落としたような音とともにクララの頭部は首から千切れそうなほど跳ね上げられ、吹き飛ばされた。


「自分の顔を蹴飛ばすのは初めてだが、なかなかがあったな」


 意識を失ってクララは元の姿に戻った。差し込んだ月明かりはブリュンヒルドの窮地を救った本物のハンの姿を照らし出していた。


「一歩遅れたが、本物のお出ましだぞ」

「…………っ! どう…………て……」


 涙目で、声が出てこないブリュンヒルドの様子を見て、怖い思いをさせてしまった、と反省するハン。彼女の声に耳を傾けようと、腰を下ろす。


「どうして? と聞いているのか」


 ブリュンヒルドは首を横に振り、片手を口の横に添えてささやく。


「童貞ナルシスト侍さま、お会いしとうございまし」

「このに及んで言うことがそれかあああああああああっっっっ!!」

「あはっ! あはははは! いたたた! 痛いですって! いファっファファファファ!!」


 ハンに頰をつねられてハムスターのようになりながらもブリュンヒルドはあんしていた。


「よはっはああ……ほふほほはあ(よかったぁ、ホンモノだ)」

「反省したことを反省しているよ。相変わらずメチャクチャ無礼な女だ」

「フフフ、今のは正体を確認すると同時に私がしつような拷問を受けても心が壊されていないということのアピールも兼ねているんですよ。ああ、でも良かった。四八姫の指南役なんてよりどりみどりな環境だったから先生の経験人数が一気に四八人になっちゃったかと」

「発想があのスケベぼうと同じなのは恥ずべきことだぞ」

「えへへ……あの、恥ずかしいついでにアレなんですけど起こしてくれませんか? 足が震えて立てなくって」

「ハァ……お前がそんなタマかよ。次はいったい何を仕掛けてくるんだか」


 そううそぶきながらもハンは右手を差し出して引き起こした。すると、ブリュンヒルドはハンの胸に頰を当てるようにしがみついた。


「……へっ?」

「足が震えているんですよ。だから、もうすこし……ここにいさせてください」


 敵地のど真ん中。数多あまたの敵が自分たちを見つけようと躍起になっていて、さらに言えば蹴り倒した女が転がっている部屋だ。というのに、ブリュンヒルドの感情の発露をハンとがめない。むしろ、抱き締め返すか、返すまいか悩んだ挙句浮かせた腕の処遇に悩んでいた。それに気づいてか、ブリュンヒルドはより一層身体からだを強く預けた。


「やっぱり、強引な先生よりも優しい先生の方がずっと素敵ですね」

「……お前にはかなわないな」


 ため息交じりに、ポンポン、とブリュンヒルドの頭をでた。一〇秒に満たなかったが、離れていた時間と心の距離を埋めるのには十分な抱擁だった。



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