織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第三章『女遊びと男の戦いは隠しようもないくらい派手にやれ』 ⑧

 旧臣であるサラの機転により、ブリュンヒルドは拷問のたぐいまぬがれていた。しかし、


「クソ生意気な小娘がひどい目に遭わされているところを楽しめると思ったのに……ここはどちらのティーパーティ会場かしら?」


 緑髪の、クララが現れるとその場にいる者は皆ひざまずいた。ブリュンヒルドも彼女のことはしっかりと覚えている。


「あ、のやの城内を全裸で歩き回って迷惑かけまくってた人」

「人聞きが悪いってレベルじゃないわねえ……って、お前たちも変な目で見るんじゃない!」


 慌てて部下たちをいさめるクララ。のやの一件以来、ブリュンヒルドに対して恨みを抱いており、この拷問は汚名返上とふくしゆうを同時に行える格好の機会だ。


「それよりも、こんなのが拷問になるわけないじゃない。かんどころでの目撃情報もあるし、わいな形をした南蛮渡来の菓子だって売り物にしてたんだから」

「はっ……! たしかに! おのれサラ!!」


 自分たちがはかられていたことを知った家来たちはサラにつかみかかる。それを止めようとブリュンヒルドは声を上げる。


「待ってください! 私が甘いものが怖いのは本当ですよ! だからサラにひどいことしないでください! ……フゥ、おいし」

「せめて流れるように砂糖入りの紅茶を飲むのはめられなかったのかい?」


 ティーカップに口をつけるブリュンヒルドに思わず突っ込んでしまうが、ペースに巻き込まれると面倒になることは承知しているので早々に話を切り上げる。


「小娘の口を割らせるなんて簡単なこと。普通に殴ってはずかしめて心を折ってやればいい。お館様のお許しは出ているんだし遠慮いらないわ」


 ボキボキと指を鳴らすクララ。ブリュンヒルドは諦めたようにため息をきながらティーポットを手に取る。


「わかりましたよ。何でも話しますから痛いのはやめてくださいな」

「フン……協力的であるならもろもろのことは水に流してやってもいいわ」

「それはありがたいですね。お茶飲みます? 砂糖入れるとしいですよ」

「甘ったるいお茶だなんて南蛮かぶれもいいところよ。そのままでいいわ」

「ハイハイ、そうですか。では────どうぞっ!!」


 ブリュンヒルドはティーポットの蓋を外し中身をクララにぶちけた。


「あっ────っっっっつぅぅぅぅぅぃぃいいいいいいいいいいいいっ!!」


 熱いお茶を掛けられたクララはのたうち回った。すかさずブリュンヒルドは立ち上がると周りの拷問官たちを突き飛ばし、脱出する。


「サラ! 一応感謝します! あなたも逃げてくださいね!」

「そんなぁ!? 逃げないって言ったから拷問を優しくしてあげたのに!」

「お菓子も紅茶もしかったです! でも、それとこれとは話が別です!」


 脱皮するように打掛を脱ぎ捨て、城の外に向けて走り出したが、

 


いちひめ様ご乱心! 城を逃げ出そうとされておる! 誰か止めよ!』


 

 サラは触れた人間の声を周囲の人々の脳内に届けることができる。効果範囲は直径一五〇メートルほど。夜の静寂が崩れ、ブリュンヒルドを捕まえるべく城内の人間が動き出した。


「サラめぇ! 本気で邪魔しにきているじゃないですか! 覚えておいてくださいよ!」


 物陰に隠れたりして敵をやり過ごしながら、なんとか外に向かおうとするがなかなか進めない。そして、ついに廊下の曲がり角を曲がったところで誰かにぶつかった。尻餅をついて恨めしそうに相手を見上げると、


「ブリュンヒルド! 探したぞ!」

「先生!? どうしてここに?」


 見間違えるわけもないハンの顔があった。再会の喜びよりも驚きが勝ったブリュンヒルドとは対照的にハンは場にそぐわないような爽やかな笑顔を浮かべ、


「そんなのお前を助けに来たに決まっているだろう! こっちに来るんだ!」


 ブリュンヒルドの腰に手を回すと近くの部屋に忍び込み、息を殺す。追っ手の兵は部屋の中には目もくれずに前の廊下を走り抜けていった。


「た、助かりました。先生」

「ああ。知ってのとおり、この城の中は敵だらけだ。武士だけでなくよしもと直属のもウロウロしている。まともなやり方では到底脱出できない」

「そこは先生の力でなんとかなりませんか?」

「……俺のどんな力を使えばなんとかできるっていうんだ?」

「あののやで使った、シュン! パッ! みたいな力ですよ! 出し惜しみせずにやっちゃいましょうよ〜、減るもんじゃないですし〜」


 ブリュンヒルドは茶化すような調子で言ったが、ハンの顔がみるみる青ざめていった。


「まさか……まさか、それは! 俺が魔法を使ったのを見たということか!?」


 ガバッとハンはブリュンヒルドの肩をつかみ、背中を壁に押し付けた。


「わ……わぁ……先生ったら大胆ですね。他人のお城で壁ドンだなんて」

「うるさい! 俺の魔法のことで知っていることを答えろ!」


 あせった様子で怒鳴りつけるハン。普段とは違い、けんのんな雰囲気をまとっている。


「あれ魔法だったんですかぁ。えっでも、男の人は魔法使えないって先生教えてくれましたよね? まさか……先生は女の子……」


 明後日あさつての方向に思考しているブリュンヒルドを見て、ハンあきれたようなため息をく。


「……俺のことは後回しだ。話を戻すが、脱出するためにはよしもと様に献上する情報がいる」

「情報、ですか?」

「そうだ。あの方は魔法に執着されている。その執着心を満たしてやることができればお前を解放してくれるかもしれない」

「へ───。じゃあ、先生。ちょちょいと情報あげちゃってくださいよ。先生ならそういうネタたくさん持ってるんでしょう?」

「まあ……無いわけじゃないんだが、よしもと様が確実に欲しがっている情報はわかる。それを知っている可能性があるのはお前だけなんだ、ブリュンヒルド」

「私が? またまたご冗談を。私の髪は血によるもので、じゃありませんし」

「その血が重要なんだ。のぶながは魔法の有用性に気づき、独自に研究も進めていた。その中に魔法の常識を根本からひっくり返す魔法の習得法についての情報があったという。いわく、それを使えば魔法の才が無くとも、男であろうとも魔法を使えるようになると!」


 ハンの目はいつになく危険な光を宿している、とブリュンヒルドは感じ、茶々を入れることもできなかった。


のぶながにとってお前は特別な存在だったと聞く。そんなお前ならのぶながつかんでいた魔法の習得法について知っているはずだ! 教えてくれ! そうすればお前は自由になれる!」


 息を荒らげて詰め寄ってくるハンにブリュンヒルドはため息をいた。


「……わかりましたよ。耳を貸してください。夜半様」

「ブリュンヒルド……よくぞ決断してくれた」


 表情を和らげたハンは耳を向けて頭を寄せた。その頭からかすかに紅茶の匂いがしていることにブリュンヒルドは気づいており────ブスリ! と耳に指を突っ込んで爪を立てた。


「いっ……たぁああああああああああ!!」

ハン様! お忘れですか? 二人きりの時は私がハン様と言ったらハニーと呼ぶって!」

「す、すまない……はに〜?」


 ハン狼狽うろたえながらそう返すが、ブリュンヒルドは噴き出した。


「プークスクス……なんですか、それ? 私たちそういう関係でしたっけ? 童貞にしても突っ走りすぎですよ」


 あえて揶揄からかう言葉を使ったが、ハンは痛がるだけで反撃してこない。それで確信した。


「すごい魔法ですね。本当に先生とうりふたつじゃないですか。でもかけられた紅茶の香りは残ったままでしたね」


 ブリュンヒルドは目の前のハンがクララの化けた姿であると看破していた。


「……思ったよりも鼻がくし目ざといねえ。だけど、大事なことがわかった。ハンは魔法を使えるんだな!」


 ハンの目が獲物を狩る前の肉食獣のように細められたかと思うと、瞬時にブリュンヒルドを押し倒した。


「魔法指南役とはいえ、魔法を使える男など見たことも聞いたこともないねえ! つまりハンは特別な魔法習得法を知っていて自分で使った! そういうことだろう!」

「し、知りませんよ! てか力強っ!」

「私の魔法は変身した姿の体重や筋肉量まで再現するからねえ! 先生、先生と慕っている男に襲われる気分はどうだ!?」


 ぎやくてきな笑みを浮かべるにせハンことクララの問いに、ブリュンヒルドは頰を赤らめた。


「……正直なところ、ちょっとだけ興奮します」

よろこぶなっ! 本当にお前はどこまでもムカつくヤツだねえっ! そのキレイな顔、元に戻れないくらい潰されたら減らず口も直るのかしらね!」


 クララは拳を大きく振りかぶった。さすがに身の危険を感じたブリュンヒルドは顔を腕でかばいながら救いを求めて、ポツリとつぶやく。

 


「先生っ……!」

「呼んだか?」


 


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