織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第三章『女遊びと男の戦いは隠しようもないくらい派手にやれ』 ⑦

 ハンは理解させられる。自分こそがブリュンヒルドへの蛮行を止める抑止力。ここで逃げ出せばいよいよよしもとはなりふり構わなくなる。ブリュンヒルドは知るよしもない財宝のありを吐くことを求められ、筆舌に尽くしがたい目に遭い、他の家の兄弟姉妹と同じ末路を辿たどる。それから救う手段はただひとつしかなかった。


「お、お、おのれええええええええっ!! いまがわよしもと何するものぞっ!! もし、姫様にかすり傷の一つでも負わせようものなら臓物してらわせてやるでござるっ!!」


 よしは怒りのあまり拳を地面にたたきつけようとした。しかし、ハンがその拳を止めた。


「……やめておけ」

「止めるなでござる! こうなったら爪が剝がれようと壁を削って外に」

「忠臣ならば自分の怒りに一滴の血も流すなということだ。すべて、主君にささげろ」


 よしの拳を握った手を離すと、ちやわんに手を伸ばし、一気に飲み干した。


「苦い……だが、い気つけだ」


 ハンの切れ長の瞳にギラリと決意の光がともった。


「ほほう。スッキリした顔になったなあ。まるで一発ヌイた後みたいやんけ」

「人が覚悟を決めた瞬間を秒で台無しにしてくれるな」

「おちょくってるわけやないよ。女に会う前は一発ヌくのは大事なことや」


 熱くなった頭が冷えてきたよしはおそるおそるハンに尋ねる。


ハン殿……姫様を救ってくれるのか?」

「できるかはわからん。だが、アイツを救うためならば、俺の命を懸けるがある」

「────っ……ぉぉぉ……」


 ハンの覚悟によしの心は打ち震え、声無く泣いた。

 非力で武芸の素養もない自分では暴力のあふれる乱世においてブリュンヒルドを守り抜くことはできないと自覚していた。しかし、今ここに彼女のために命を懸けてもいと言ってくれる強者が現れた。そのがたみはてのひらを合わせあがめても足りないほどだった。


「よしっ! ならば拙者も地獄の底までお供いたす! そうえき殿! 茶をくれ!」

「えぇ……お猿にちやわん使ってほしないんやけど……しゃあなしやで」


 そうえきに茶を注がれると茶をてる間もなく飲み干した。


「ぷはぁ! 結構なおまえ!」

「やかましいわ。オキニのちやわんにお前の唾液が付いたかと思うと……」

「拙者だって貴様の禿あたまに乗っていたちやわんなど口付けたくないが腹ごしらえに──ん?」


 手に持ったちやわんをまじまじと見つめたかと思うと全身を震わせ始めた。


「そ、そ、そうえき……さま? こ、このちやわんはもしかしてなんそうの……」

「なんや、きできるんかい。どうせぜにもうけのために覚えたんやろけど、先に作法を」

「天下に名高いようへんてんもくでござるかぁ────っ!! うそであろう!? これ一つで城が買えると言われる大名物が、ど、どうしてこんなところに!?」

「うっさいなあ。偉い人と茶飲む時にはハッタリいた茶器があると話が弾むんや」

「ハッタリかせる程度の理由で買える品でないでござるよっ!! おお、瑠璃色に光り、斑紋が星のようにちりばめられて……まるで宇宙でござる」

(また、謎の経歴と技能を披露してきやがって)


 騒ぐ声を聞きつけてろうばんが飛んできた。


「どこ? どこ? どこ? お城が買えるっていう高いおちやわんは!?」


 慌ててよしは衣の胸元にちやわんを入れて、抱き抱えるようにして隠した。


「うわ……もう、そんなちやわん使えへんやん……お猿の餌入れにでも使いや」

「く、くれるのでござるか!? あ、ありがとうでござるっ!」

「話進めてんじゃないわよ! 罪人の分際でお宝なんてぜいたくね! 私によこしなさいな!」

「嫌でござるよ! 悔しかったら力ずくで取ってみろでござる!」


 を挑発しながらよしハンに目配せする。扉が開くか、魔法でぶち破ってきたら逃げ出せという合図である。わざわざ大声を上げたのもよし流の謀略であった。しかし、


「野蛮ねえ。私は力ずくなんてことしないわよ。もっと華麗にキメてみせるわ」


 は不敵な笑みと共に詠唱を始めた。


「『この手にれないものはなし』────【強盗の手法ブンドル】!」


 魔法が発動すると、の手の先から黒い稲光のような腕が伸びた。その腕はろうこうをすり抜けるとよしの胸倉につかかり、ちやわんを奪って主人の元に戻った。


「おろろ!? 拙者のようへんてんもくが!」

「あははは! 残念だったね! さーて、どうやってお金に換えようかしら!」


 ろうこうには傷ひとつない。策が破られたよしは悔しそうに奥歯をんだ。しかし、


「よくやったよし。おあつらえ向きの魔法を見ることができた」


 ハンは浮かれているの腰に提げられた鍵束を注視し、手を差し伸ばす。


「あれ? これが欲しくて手を伸ばしてるの? ムダムダ。鎖でつないでるんだから」


 彼女の言う通り、仮に手が届いたとしても引きちぎることはできず、鍵を奪うことはできない。だが、ハンは自信たっぷりに言い放つ。


「後先考える必要がなくなったからな。ここからは、ド派手にやらせてもらう」


 その頃、ブリュンヒルドは駿すんじようないの御殿の一室に監禁されていた。座り込んだ彼女の周りには拷問役を務める家来が囲むように立ち並び、しつような尋問を行っていた。


「しらばっくれるな! お前がのぶながのお気に入りだったと聞いている! ぎわにも一緒にいたのだろう! 何を言い残された!?」

「何を、って……あ、もしかして、あのことですか?」


 何かを思い出したようなブリュンヒルドの反応に拷問官たちは身を乗り出した。


「お兄さまが言っていました。オレが死んだらきよじように隠しているあるモノを燃やせ、と」

きよじよう!? それでは既にさいとうに……くそっ! そのあるものとは何だ!?」


 ブリュンヒルドは躊躇ためらいながら、そっと口を開く。


「それは……お兄さまがひそかに練習していた春画エツチイラストです。特にちようさまをモデルに描かれたものだけは絶対にこの世に残すな……と」

「きさま! やっぱりおちょくってるな!」

「だって本当に知らないんですよ! お兄さまが財宝を隠していたなんて! もし、お兄さまがそんなものを持っていたなら誰より先に最愛の妹である私にくれるに決まっているじゃないですか! てか、くださいよ! 財宝! ライが中止になって大赤字なんですから!」


 ブリュンヒルドは聞かれていないことまで正直に話しているのだが、家来たちは聞く耳を持たず、ボロン……と黒光りする二〇センチほどの得物を突きつけた。


「ひっ……な、なんてモノを見せるんですか! それで私に何をするつもりですか!?」


 黒いモノから目を背けるブリュンヒルドだが家来たちは頭をつかんで押さえつけた。


「フフフフ……お前がどういうことをされるのが一番嫌がるのか、サラからしっかり聞き出している……オラァ! 口を開けろ!」

「やっ、やめ──んぐっ!?」


 強引にブリュンヒルドの口に黒いモノが突っ込まれた。


「〜〜〜〜っ♡ いやぁ……もぐもぐ……あんっ、んんっ♡」

「おいおい。の姫君とあろう者がはしたないな。こんな大口を開けて!」

「んん〜〜〜〜〜〜っ♡」


 黒いモノはブリュンヒルドの口の中で小さくなり、中に詰まっていた黄ばんだ白いクリームを解き放った。小さな口からあふれたそれは彼女の唇を白く汚した。


「ううっ……おいひぃ♡ ペロペロ♡」

「……なあ、サラ。本当にこの姫様ってコレが怖くて仕方ないんだよな?」


 拷問役の中にかつて家に仕えていたサラが交ざっている。彼女は堂々と、


「はい! おいち様は甘いものが大の苦手で無理やり食べさせられた日には苦痛のあまりすべてを白状すると思われます!」


 と言い放つ。ブリュンヒルドも乗っかるように、


「ひいいい。もう、これ以上甘いモノを持ってこないでください。特に南蛮渡来のクリームや旬の果物が入っていると耐えられません。あ、口の中がパサパサしているので、砂糖たっぷりの紅茶なんかが来るとさらにヤバいです」


 と、黒く光るエクレアに入っていた白いカスタードクリームをって注文をつけた。


「変わり者と聞いていたがここまでとは……紅茶を用意しろ!」

「いやあああああ。ティーポットにたっぷり入ってたらおかしくなっちゃいます〜〜」



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