織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第三章『女遊びと男の戦いは隠しようもないくらい派手にやれ』 ⑥

「おい! スケベぼう! 姫さまがどうしているのか知ってるでござるか?」


 つかみかかるようにしてよしは問い詰めるがそうえきは鼻で笑いながら答える。


「そんなもん……わいい女の子にお仕置きする方法なんて、あはれなことしかないやん」

「びゃああ──────っ!! 姫さまああああ!! すぐ助けに行くでござるぅううっ!!」


 壁を素手で殴ろうとするよしを羽交い締めして止めるハン。こうなるから黙っていたのに、とそうえきを恨めしげににらみつけた。


「怖い目やな。やけど、そうやって感情をズルムケにしているうちはバカ殿……もといよしもとはんには勝てんよ。あの御仁は心も下の方も分厚いかわかぶりやからな」

「見たことあるのかよ……だが、その通りだな。俺にはアイツがよくわからん。ほうにも悪辣にもひょうきんにも誠実にも見える。どれが本性なのか……」

「全部やな。一人の人間の中に何人もの人間がおって、時と場合に応じて使い分ける。それができるから……あの御仁は強い」


 そうえきの言葉がストンと腹に落ちた。のぶながもまた複数の人格を有している人間だった。


「測り損ねたか。俺としたことが……こんなことならさっさと逃げておけば良かった」

「ややっ! やはりハン殿! いまがわ家に臣従したわけではござらんかったか!」

「あの時は従わざるを得なかったんだよ。何十人ものに囲まれていたし。それに……ブリュンヒルドが嫁ぐのであれば家の内情を知っておきたかったからな」

「ん? どういうことでござるか? ハン殿と姫さまが一緒に逃げるんだからそんなこと」

「一人で逃げるつもりだったんだよ。アイツが家の姫ならば俺では守りきれない」

「はああああああっっ!? 姫さまがのっ────」


 よしは慌てて口を押さえた。ハンとしては予想外の反応だった。


「てっきり、お前は知っているものかと思っていた。姫さま、姫さまと呼んでいるし」

「い、いや……拙者はてっきり天からけがれた大地に降り立った神の子だと」

「お前の世界のリアリティラインどこに引かれているんだよ……まあ、そういうわけだから、よしもとも人目につかないようにしたがっているのさ。もっとも、他の大名が知るのも時間の問題だ。そうなった時に俺ではアイツの身を守れない」


 大名家に命を狙われる。それは生き地獄に等しい人生の始まりである。暗殺におびえなくてはならないだけでなく、ほうしようてのやからにも気をつけなくてはならない。領国はもちろん、敵領であっても外交材料になるから、と追われ続ける。安住の地は無く、人とのつながりを断ち、生きたあかしを作らず、ひっそりと息を潜め続けなくてはならない。

 そんな状況から逃れる手段は一つ。強い後ろ盾を得ることだ。


「た、たしかにそうかもしれんが……とはいえ、いまがわに嫁ぐことが姫さまの幸せとは到底思えんでござるよ! あの者は姫さまのライにじったでござる! きっとこれからも、姫さまは自由など与えてもらえんでござるよ!」


 よしの悲痛な叫びがハンの耳には痛かった。奥歯をめて力不足を悔いる中、


「茶ァでもシバかへん?」


 そうえきのんな関西弁が差し込まれた。


「……こんなろうに釜も火もないだろ」

「わかっとらんなあ、ハンくん。茶の湯なんてのは極端な話、砂の器一つあればやれるもんや。もっとも、手前もりやから器くらいはええもん使うけど」


 と言っていつもかぶっている帽子を外し、その中から黒いちやわんを取り出した。さらに、ふところから竹筒を取り出し、星がまばらに浮かぶ漆黒の空を思わせるちやわんの底面に濃緑の茶を注いだ。その所作は厳かで美しく、取り乱していたよしの平静をも取り戻した。


「ところでや、ブリちゃんがよしもとはんに見初められたほんまの理由ってなんやと思う?」

「それはもちろん姫さまが天下の万物より美しく、見る者すべてをとりこにするあいきようを兼ね」

「お猿に聞いとらへん。ハンくん?」

「……わり侵攻の大義名分。謀略にてわりを乗っ取ったさいとうから家にわりを返還させることを名目に国取りを起こしたい。そんなところだろ」

「うんうん。さすが大名相手に仕事しとるだけあってまつりごとの常識を心得とる」


 と、そうえきは含みのある言い方でハンを褒め、ちやせんを持たぬ指で茶をてるフリをする。


「やけどな、あの御仁が『天下を治める』と一言述べれば京に上ってあしかがに代わり将軍となるっていう大義名分ができるねん。わざわざブリちゃんを神輿みこしにせんでもな」

「じゃあ、だったらどうしてブリュンヒルドを?」

「……きよの変が起こって間もない頃にな、あるうわさが立ったんや。暗殺されたのぶながはとある財宝を隠し持っとった。なんでもさいとう家が家の人間皆殺しにしたのはそのありを聞き出そうとしたことと他の人間に渡したくなかったから、っちゅううわさや」

「財宝って……大大名のいまがわよしもとさんあさりのような下品なをするなんて、いったいどんなものがあったらそんなことに」


 ばなしたぐいかとハンあなどった。しかし、


「魔法の指南書。それを読めば誰でも、男であろうと魔法が使えるようになるという」


 ハンの顔色が変わるのを見たそうえきは意味ありげにゆっくりとうなずいた。


よしもとはんはその指南書が実在しとると思ってはる。いや、しててほしいんやろうな。長年の夢がかなうかもしれんねんから。で、のぶながつながりのある人間を探しとったところにブリちゃんのうわさが流れてきたんや。目立つ美少女やったのが裏目に出てもうたな」


 突拍子もない話である。しかし、ハンよしもとの魔法への執着をたりにしている。ブリュンヒルドのライをやめさせたのも、家の姫の存在を知られたくなかったからだ。


「隠し財宝とやらにつながる唯一の道筋がブリュンヒルドだということか。しかし、それにしては扱いが丁重じゃないか? もっと手っ取り早くやる方法がある」

「たしかに、もし見つかったのがブリちゃんだけやったら拷問しまくりやったやろな。全年齢向けあはれじやないのもなのも。やけどよしもとはんも予想外やったんや……ハンくん。キミも一緒に手に入れてしまうなんてな」


 ハンは言われてハッとした。のぶながの妹と元家の魔法指南役が一緒にいる。偶然にしては出来過ぎていて、いよいよのぶながのこした指南書の存在が真実味を帯びてきた、とよしもとは興奮したことだろう。


「俺とアイツが出会った理由って強引な客引きに捕まったせいなんだが……」

「ほう。かっこええやん。ハンくんがさつそうと助けに入って」

「いや……俺がコンカフェ嬢にからまれて困ってたところをアイツに助けてもらって」

「めっちゃダサいやん、ハンくん。何やっとるん?」

「ま、まあそれはさておいて……俺たちが一緒にいるのは偶然の成り行きで」

「それを知らん人間からすれば、兄のぶながの遺言かなんかを頼りにブリちゃんがハンくんを見つけたってストーリーを想像するやろな。人間ってのは物語のような実話を好むもんや。せやからこそ、成功を目の前にした時にこそ慎重になるもんや。下手に敵対すれば財宝のありを教えてもらえへん。かといって下手に出てもめられる。丁重に扱い、信頼を得ながらもキチンと上下関係をたたむ。よしもとはんのれんくだを味わったやろ」


 ハンはぐうの音も出なかった。為政者として相応ふさわしい人物と思い、ブリュンヒルドを預けることすら前向きに考えていたのだから。


「やけど、いつまでもお客様扱いしてくれるわけでもない。よしもとはんもブリちゃんをネタにハンくんに脅しかけるのが最適解てつとりばやいと気づいてもええ頃やろ」



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