織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第三章『女遊びと男の戦いは隠しようもないくらい派手にやれ』 ⑤

 ハンはそう言ってよしもとの足下にひざまずき、足首に縄をくくけた。


「なんじゃこれは?」

「命綱です。ここから飛び降りてください」

「ふざけたことぬかすなでおじゃるうううううっっ!!」


 よしもとげきこうハンの胸ぐらをつかんで振り回した。


「私の言うとおりにするんでしょう? それが指南を授ける条件のひとつでしたよね?」

「それはそうじゃが……苛酷と無謀は違うでおじゃる!」

「大丈夫ですよ。これは南蛮渡来の修行法で子どもが大人になる前の儀式だとかなんとか。もし、うっかり命綱が切れてもが魔法で治してくれるじゃないですか」

「子ども向けの儀式はナイスバディの成人男性がやる想定をしておらんのでは? あと、魔法で傷が治ると言っても即死したら終わりでおじゃるよ。そもそもむっちゃ痛いし」

「その緊張感が、あなたをの域に押し上げます。さあ、やりましょう」

「くっ……あ、足がこれ以上進まぬでおじゃる! 無理でおじゃる!」


 ガクガクと足を震わせてがけぎわで振り返るよしもと


「はぁ……わかりました。そのままにしていてください。私が三、二、一で突き落としますから覚悟を決めてください」

「わ、わ、わかったでおじゃ!」


 よしもとは「ヒッ、ヒッ、フゥゥゥゥゥゥぅ!」と呼吸を整え始める。


「じゃあ、行きますよ。三────」


 どんっ。


「は?」


 覚悟が決まらぬ内に宙に放り出されて、恐怖と怒りでよしもとの顔がゆがみにゆがんだ。


ハンきさま────ああれぇええええええええええ!!」


 崖下に落下していく主君を側近のはなすすべなく見送った。


「ひぇええええっっっ! 地面近っ! 地面近っ! 地面! 死ぃぃぃぃぃぃぃぃ────」


 頭から岩にたたきつけられそうになる寸前、足首につけた縄がビンっと張り詰めてよしもとの巨体が大きく跳ね上がり、その後、ちゆうりのままブランブランと揺られた。恐怖に気を失いそうになっているところにハンから声が投げかけられる。


「魔法使えそうでしたか────?」

「そんなこと考える余裕なかったでおじゃるううううううっ!」


 

 一見、ハンよしもとをイジメているようであるがこれはれつきとした魔法指南である。

 よしもとは自分に魔法を指南するようハンに命じた。当然、ハンは女しかになれないことを説明はしたが、「ならばでありながら魔法がほとんど使えなかった者に使わせることができた指南と同じものをするように」と命じられ不承不承ながら従った。どうせ一日とたずに音を上げると思いきや、意外にもガッツがあり、苛烈な修行に耐え続けていた。


よしもと様、お加減は?」

「治癒の魔法がなければ命がいくつあっても足りんでおじゃる!」

「身と心を死に近づけることで体の中に眠る力を呼び起こし、魔法を発現させる。荒っぽいやり方ですが魔法がく使えないがこの方法で魔法が使えるようになったことも」

「何度も言われずともわかっているでおじゃる! ただの愚痴ぞ!」

「はあ……しかし、やんごとなき御身に苛酷な修行を課してまで、自ら魔法を使わなければならないものですか? あなたの側近は私の目から見ても超がつくほどの一流のぞろい。仮に魔法を使えるようになったとて、彼女たちを超えることは無理ですよ」

「で、あろうな。男が魔法を授かる奇跡が起こったとしてもせいぜいからはとを出したりさじを曲げる程度の手品めいたものが使えれば御の字だと思っているでおじゃる」

「そこまで割り切っているなら────」

「麻呂が血においても力においても武士の頂点にある者だからでおじゃる。の台頭により武士の肩身は狭くなった。『がいれば武士などいらぬ』などと妄言を垂れ流す者まで現れる始末。で、おじゃるが、男には女に負けたくないという意地がある。それらを切り捨てては世が回らぬ。彼奴きやつらのためにも、麻呂は武士の可能性を示してやらねばならないのでおじゃる。其方そなたからすれば不毛な仕事かもしれんがな、他にも可能性があるならじゃんじゃん教えてたもれ」


 まっすぐ目を見て考えを伝えてくるよしもとの真剣さにハンほだされた。


(バカ殿の振る舞いをしてはいるが、したたかさと実直さも兼ね備えている。血筋も踏まえると、のぶなが様よりも天下に近い場所に立っているのかもしれんな)


 

 早朝の鍛錬を終えて駿すんの町に戻ると、まだ昼前だというのに往来には人があふれ、一方向に向かって進んでいた。


「何事でおじゃるか? 今日はいちも立っていないはずでおじゃるが……」


 ハンはいつものパターンだ、と察しがついた。


「いいえ、市が立っているんですよ。舞台の上にね」


 ハンの含みを持った言い方が気にさわったのかよしもとは荒っぽく、馬を駆けさせ人混みを割って走る。しばらくすると激しい楽器の演奏音と歓声に交じった伸びやかな歌声が聴こえ始め、進むほどにその音は大きくなっていった。

 


駿すんのみなさ──ん! 盛り上がっていますか!?

 乱世に舞い歌うアイドルことブリュンヒルドです!

 名前だけでも覚えて帰ってください!」


 


「「「ブリュンヒルドさま〜〜〜〜〜〜〜!!」」」


 例によって、ブリュンヒルドのライが行われていた。しかも駿すんじようの目と鼻の先にある空き地でのことである。よしもとも目を見開いて驚いている。


「な、なにをやっているでおじゃるかぁ〜〜〜〜〜〜!?」

ライですよ。ブリュンヒルドはああやっていろんな場所で自作の歌や舞を披露しているのです。けたたましく騒がしいですが、受け入れてしまうとこれはこれで趣ある────」

「誰か! あやつを舞台からろせ!」


 よしもとが叫ぶと側近の薄紫色の髪をしたが人だかりを蹴散らして舞台に上がる。


「なっ! 乱入ですか!? 私と歌で対決を」

「主命である!」


 は問答無用でブリュンヒルドをかつげると舞台を横切るように走り出す。


「おい! 姫さまに何を────ゴブッ!!」


 止めに入ろうとしたよしが鼻っ柱を潰すように殴られて気絶した。


よしっ! 放してください!」


 ブリュンヒルドがジタバタともがくが大男のような体格のはビクともせず、そのまま城の方に運ばれて行った。ハンは思わずよしもといさめにかかる。


よしもと様! 乱暴が過ぎます!」

「黙るでおじゃ! こんなふざけたをしおって! 関わった者をみなひっ捕らえろ!」


 好色なバカ殿とも誠実な為政者とも違うふんに満ちたよしもとには別の顔が現れていた。不満の声を上げていた観衆もその怒りぶりに震え上がり、の子を散らすように逃げていく。


「おのれ……優しくしてやったのがあだになったでおじゃる。もうなりふり構っておられぬ。さいとうたけに嗅ぎつけられる前にあの小娘を……」

「おい……ブリュンヒルドに何を────ぐぅッ!?」


 無詠唱の雷撃魔法。よしもとの側近の一人が使う最速の魔法はハンに見切る暇すら与えずに意識を刈り取った。


 ハンが目を覚まして最初に見たものは大きく顔を腫らした見慣れたサル顔であった。


「おおっ! 気がついたでござるな!」

よし……お前がいるということは、ろうの中ということか……」


 自分のものとは思えないほど重く感覚のない身体からだをゆっくりと起こす。目の前にはてつごうがあり、向かいや隣のろうライの観客たちで埋まっていた。


よしもとやつめ。貴族かぶれの割に荒っぽいやり方を知っているじゃないか」

「感心している場合じゃないでござる! 姫さまは、姫さまは無事でござるか!?」


 よしもとの漏らした言葉を聞けば早まったことをしかねないと思い、


「アイツはよしもとにとっても大事な外交の切り札なんだ。あまり無体なことはできまい」


 と告げた。案の定、よしは胸をろしたのだが、


「目が泳いどるで。ハンくん」


 と、聞き覚えのある関西弁がした方を向くと、はままつの街にいるはずのせんそうえきが同じろうの隅に置物のように座っていた。


そうえき殿!? どうしてあんたがここに」

「ブリちゃんのライがあるって聞いたからやってきたに決まっとるやんけ。それなのにあのバカ殿がろくでなしなことしおってからに。今度茶飲む機会あったら鼻クソ入れたろ」


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