織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第三章『女遊びと男の戦いは隠しようもないくらい派手にやれ』 ④

 今日の政務を投げ出し、人払いをしてハンに思う存分語らせることとした。先程まで殺す気満々だったとは思えないほどフランクに接してくるのぶながに戸惑いこそしたが、ハンとしても、いつ気が変わって殺されるやも知れない我が身である。自分が知り得る魔法についての知を残すべきであると割り切って知ることをすべて語り尽くそうと決意した。

 


「なるほどな……ああ、よくわかったよ。お前みたいなガキがドス黒い負の空気漂わせて、死罪覚悟でを逃がすようなしている理由にはなるわな」


 下戸であるのぶながは酒をまず、肩肘をついて寝転がり、茶をすすりながらハンの話に聞き入った。一方のハンせいひつで美しい座り姿を崩さなかった。

 ハンに対する殺意こそ消えていたが、生来のいじめっ子気質ののぶながにとって上等な獲物であることに変わりはない。意地の悪い笑みを浮かべて言葉を投げかける。


「魔法はこの世のことわりの外にある超常の力……だったがな、今の世の中にたしかに魔法は存在していてそれが認知されている。お前が否定しようが何しようが、魔法やが戦の道具になるのは必定というやつだ。お前が命懸けで一人のめたところで何にもならねえよ。そんなもので何かやった気になっているとしたならおめでたいことよ」

「なんだと!?」


 つかかろうとするハンだったが、悪童で鳴らしたのぶながけんも強く、逆に腕を十字にひしいで床に取り押さえられた。


「どうせやるなら、もっとくやれ! もっとデカいことをやれということさ! お前も男に生まれているんだからよ。今や男と言えば、魔法を授かることのできない夢の無い方の性別だ。だからこそ誰かに与えられるのを待つんじゃなくて、自分でデカい夢を描いて生きていかなきゃがねえ!」


 のぶながはパッと手を離し、床に転がるハンの胸を踏みつけてのたまう。


「オレにはあるぜ。この国のどんな男よりもデカい夢が。こんな風にして力ずくで天下のすべてをオレのモノにするのさ。誰もオレに逆らえない。誰もがオレの言うことを聞く。だから……もう戦をする必要のない世の中となる」


 のぶながの言った通り、それはハンの想像のスケールにすら収まらない壮大な夢であった。


「結局のところよ、この乱世に夢を見ているやつが多いのさ。『主君を討って成り代われる』『兄を討って当主になれる』『百姓の子であっても手柄を挙げれば武士になれる』……戦というのは誰が勝つかわからねえ、勝ったやつがアガリを総取りできるばく。そしてこのばくが開かれているを乱世と言うのさ。自分が勝てる可能性があるなら身上潰すまで賭けてみたくなるのが人情よ」


 人のごうが乱世を生み、乱世が人のごうを育む。誰もがギャンブル中毒者のように抜けられない地獄に巻き込まれている。ばくに加わっていないの民も。


「だが、ごううんと才に恵まれたらしが誰にも勝てないと思わせるほどに暴れ回ればどうなると思う?」

「……手持ちの金を守ろうと、賭けから降りるだろうな」


 ハンの回答にのぶながは満足したようで、胸に置いた足を退けた。


「誰もが争うことが馬鹿馬鹿しくなるくらいに圧倒的な力を手にいれ、人々から戦をしようとする気持ちをくす。それがオレの考えついた乱世の終わり方で、オレの夢だ」


 乱暴で粗野極まりない男だというのがハンのぶながに対する印象だった。しかし、その口から語られた夢が純粋で美しかったので、彼に対してせんぼうの気持ちを抱いた。


「なあ、ハンよ。テメエも手を貸せ。オレは最強の軍団を編制する。一〇万の大軍にも勝る最強の軍団だ。それを実現するにはテメエは役立ちそうだ」

「俺は……魔法が正しく使われるように」

「そうだ。そのためには戦が邪魔だろう。たとえ純粋な子供であろうと戦で家や家族を焼かれれば殺意に結びつくのは必定。強大な力を持つを人間として生かしてやれる世の中は泰平でなくてはならない。そんな世の中を作れる男はオレをおいて他にはいないぜ」


 既にのぶながハンが逃がしたのことよりもハンの方に食指が向いていた。ハンの持つ知識と力、それらの希少性と価値をこれまでの話でいだしていたからだ。


「……に魔法の使い方を、アンタにの使い方を教える。それで良ければ」

「十分だ! さしずめ、テメエは『魔法指南役』ということだな」

「指南役……とは大層な名前を」

「そうかい? 指南って言葉は方角を指し示す道具が由来なんだぜ。魔法の正しい使い方を教え、どもに道を示そうとするテメエに相応ふさわしいじゃねえか」


 その言葉はハンの胸の奥底に深く刻まれ、人生の型となった。さすらいの魔法指南役、ハンが誕生した瞬間である。


「おっと。さすがに指南役を相手に呼び捨てではマズいな。オレはテメエのことを『先生』と呼ぶことにするぜ。よろしくな、先生」


 しくも、きようだいは同じ男を同じ先生という呼び名でもつて、慕った。

※ 回想ここまで ※

 ブリュンヒルドはハンの語る過去の話にじっと耳を傾けていた。話の区切りがついたところで彼女は居ても立ってもいられず、胸の内を告げる。


「先生って、昔はヤンチャだったんですね……」

「打ち明け話のつもりだったんだが……若い頃のヤンチャ扱いかよ……いや、もっと何かあるだろ。どうしてその後、のぶなが様とたもとを分かったのかとか」

「痴情のもつれじゃないんですか?」

「もつれてたまるか! 俺とあの方の間にそういうのは一切ない! 危なかったけど……」


 ケラケラと笑うブリュンヒルド。しかし、ハンは浮かない顔でため息をいた。


「どうにせよ、もう俺がお前に関わることはない」

「えっ……どういう意味ですか?」

「言葉どおりだ。当主の妻と指南役が仲良くしてあらぬうわさを立てられてはコトだからな」

「いっ……嫌です! 絶対に嫌です! どうしてバカ殿に嫁がされる上に先生と会えなくなるんですか!? 早く脱出計画立てましょう! のやでやったみたいに鮮やかに────」

が何十人もいる城から逃げるなんて命がいくらあっても足りない」


 冷たく言い放たれた言葉にブリュンヒルドは息をみ顔をこわらせた。


のぶなが様を救えなかったことは今でも後悔している。お前にもすまないことをした」

「ちょっと……私はそんな風に」

「むざむざ妹君まで死なせてしまっては、いよいよのぶなが様に合わせる顔が無くなる。長生きして、の血を残すことがあの方へのようにもなるだろう」


 突きつけられた拒絶の言葉によってブリュンヒルドの瞳にはみるみるうちに涙がまっていく。それがあふれるのを見たくないハンきびすを返して大股で部屋の外へと出ていった。


 薄い紫がかった明け方の空をとびが横切っていく。澄んだ空気の中、駿すんじようを馬でったいまがわよしもとは側近である四人のハンを連れて近くの山にやってきていた。馬を降りて山林に入りしばらくしたところにある少し開けた場所で立ち止まる。


「さて、ハン! 今日も始めるでおじゃる!」

「はぁ……じゃあ、行きますよ」


 普段着ている貴族かぶれのごうしやかりぎぬではなく、小袖のみをまとったよしもとはやる気満々の様子。一方、ハンは申し訳なさそうに、自分のすぐ横に垂れ下がっているひもを引いた。

 瞬間、縄でるされた丸太が四方八方からよしもとに襲いかかった。


「ひょおおおおおおおおおおっ!? おい! ハン! 昨日より丸太の数が多いでおじゃる」

「昨日と同じ内容では修行になりません。まともにくらうと危ないですよ」


 淡々としやべハンの目の前でよしもとは巨漢に似合わぬ軽快さを見せつけ、襲い来る丸太をすべてった。


「はい。次の修行行きますよー、こっちに移動してください」


 ハンに言われるがままよしもとが後について行くと、川を見下ろす切り立った崖が現れた。


「なんだなんだ。この崖を下れとでも言うでおじゃるか? いくら麻呂がうしわかまるのように身軽と言ってもこれは流石さすがに無理というものでおじゃる」

「ご安心を。無理なことはやらせませんので」



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