今日の政務を投げ出し、人払いをして夜半に思う存分語らせることとした。先程まで殺す気満々だったとは思えないほどフランクに接してくる信長に戸惑いこそしたが、夜半としても、いつ気が変わって殺されるやも知れない我が身である。自分が知り得る魔法についての知を残すべきであると割り切って知ることをすべて語り尽くそうと決意した。
「なるほどな……ああ、よくわかったよ。お前みたいなガキがドス黒い負の空気漂わせて、死罪覚悟で魔姫那を逃がすような真似している理由にはなるわな」
下戸である信長は酒を吞まず、肩肘をついて寝転がり、茶を啜りながら夜半の話に聞き入った。一方の夜半は静謐で美しい座り姿を崩さなかった。
夜半に対する殺意こそ消えていたが、生来のいじめっ子気質の信長にとって上等な獲物であることに変わりはない。意地の悪い笑みを浮かべて言葉を投げかける。
「魔法はこの世の理の外にある超常の力……だったがな、今の世の中にたしかに魔法は存在していてそれが認知されている。お前が否定しようが何しようが、魔法や魔姫那が戦の道具になるのは必定というやつだ。お前が命懸けで一人の魔姫那を堰き止めたところで何にもならねえよ。そんなもので何かやった気になっているとしたならおめでたいことよ」
「なんだと!?」
摑み掛かろうとする夜半だったが、悪童で鳴らした信長は喧嘩も強く、逆に腕を十字にひしいで床に取り押さえられた。
「どうせやるなら、もっと上手くやれ! もっとデカいことをやれということさ! お前も男に生まれているんだからよ。今や男と言えば、魔法を授かることのできない夢の無い方の性別だ。だからこそ誰かに与えられるのを待つんじゃなくて、自分でデカい夢を描いて生きていかなきゃ生き甲斐がねえ!」
信長はパッと手を離し、床に転がる夜半の胸を踏みつけて宣う。
「オレにはあるぜ。この国のどんな男よりもデカい夢が。こんな風にして力ずくで天下のすべてをオレのモノにするのさ。誰もオレに逆らえない。誰もがオレの言うことを聞く。だから……もう戦をする必要のない世の中となる」
信長の言った通り、それは夜半の想像のスケールにすら収まらない壮大な夢であった。
「結局のところよ、この乱世に夢を見ている奴が多いのさ。『主君を討って成り代われる』『兄を討って当主になれる』『百姓の子であっても手柄を挙げれば武士になれる』……戦というのは誰が勝つかわからねえ、勝った奴がアガリを総取りできる博打。そしてこの博打が開かれている賭場を乱世と言うのさ。自分が勝てる可能性があるなら身上潰すまで賭けてみたくなるのが人情よ」
人の業が乱世を生み、乱世が人の業を育む。誰もがギャンブル中毒者のように抜けられない地獄に巻き込まれている。賭博に加わっていない無辜の民も。
「だが、豪運と才に恵まれた賭場荒らしが誰にも勝てないと思わせるほどに暴れ回ればどうなると思う?」
「……手持ちの金を守ろうと、賭けから降りるだろうな」
夜半の回答に信長は満足したようで、胸に置いた足を退けた。
「誰もが争うことが馬鹿馬鹿しくなるくらいに圧倒的な力を手にいれ、人々から戦をしようとする気持ちを失くす。それがオレの考えついた乱世の終わり方で、オレの夢だ」
乱暴で粗野極まりない男だというのが夜半の信長に対する印象だった。しかし、その口から語られた夢が純粋で美しかったので、彼に対して羨望の気持ちを抱いた。
「なあ、夜半よ。テメエも手を貸せ。オレは最強の魔姫那軍団を編制する。一〇万の大軍にも勝る最強の軍団だ。それを実現するにはテメエは役立ちそうだ」
「俺は……魔法が正しく使われるように」
「そうだ。そのためには戦が邪魔だろう。たとえ純粋無垢な子供であろうと戦で家や家族を焼かれれば殺意に結びつくのは必定。強大な力を持つ魔姫那を人間として生かしてやれる世の中は泰平でなくてはならない。そんな世の中を作れる男はオレをおいて他にはいないぜ」
既に信長は夜半が逃がした魔姫那のことよりも夜半の方に食指が向いていた。夜半の持つ知識と力、それらの希少性と価値をこれまでの話で見出していたからだ。
「……魔姫那に魔法の使い方を、アンタに魔姫那の使い方を教える。それで良ければ」
「十分だ! さしずめ、テメエは『魔法指南役』ということだな」
「指南役……とは大層な名前を」
「そうかい? 指南って言葉は方角を指し示す道具が由来なんだぜ。魔法の正しい使い方を教え、魔姫那どもに道を示そうとするテメエに相応しいじゃねえか」
その言葉は夜半の胸の奥底に深く刻まれ、人生の型となった。さすらいの魔法指南役、夜半が誕生した瞬間である。
「おっと。さすがに指南役を相手に呼び捨てではマズいな。オレはテメエのことを『先生』と呼ぶことにするぜ。よろしくな、先生」
奇しくも、織田の兄妹は同じ男を同じ先生という呼び名で以て、慕った。
※ 回想ここまで ※
ブリュンヒルドは夜半の語る過去の話にじっと耳を傾けていた。話の区切りがついたところで彼女は居ても立ってもいられず、胸の内を告げる。
「先生って、昔はヤンチャだったんですね……」
「打ち明け話のつもりだったんだが……若い頃のヤンチャ扱いかよ……いや、もっと何かあるだろ。どうしてその後、信長様と袂を分かったのかとか」
「痴情のもつれじゃないんですか?」
「もつれてたまるか! 俺とあの方の間にそういうのは一切ない! 危なかったけど……」
ケラケラと笑うブリュンヒルド。しかし、夜半は浮かない顔でため息を吐いた。
「どうにせよ、もう俺がお前に関わることはない」
「えっ……どういう意味ですか?」
「言葉どおりだ。当主の妻と指南役が仲良くしてあらぬ噂を立てられてはコトだからな」
「いっ……嫌です! 絶対に嫌です! どうしてバカ殿に嫁がされる上に先生と会えなくなるんですか!? 早く脱出計画立てましょう! 井伊谷でやったみたいに鮮やかに────」
「魔姫那が何十人もいる城から逃げるなんて命がいくらあっても足りない」
冷たく言い放たれた言葉にブリュンヒルドは息を吞み顔を強張らせた。
「信長様を救えなかったことは今でも後悔している。お前にもすまないことをした」
「ちょっと……私はそんな風に」
「むざむざ妹君まで死なせてしまっては、いよいよ信長様に合わせる顔が無くなる。長生きして、織田の血を残すことがあの方への供養にもなるだろう」
突きつけられた拒絶の言葉によってブリュンヒルドの瞳にはみるみるうちに涙が溜まっていく。それが溢れるのを見たくない夜半は踵を返して大股で部屋の外へと出ていった。
薄い紫がかった明け方の空を鳶が横切っていく。澄んだ空気の中、駿府城を馬で発った今川義元は側近である四人の魔姫那と夜半を連れて近くの山にやってきていた。馬を降りて山林に入りしばらくしたところにある少し開けた場所で立ち止まる。
「さて、夜半! 今日も始めるでおじゃる!」
「はぁ……じゃあ、行きますよ」
普段着ている貴族かぶれの豪奢な狩衣ではなく、小袖のみを纏った義元はやる気満々の様子。一方、夜半は申し訳なさそうに、自分のすぐ横に垂れ下がっている紐を引いた。
瞬間、縄で吊るされた丸太が四方八方から義元に襲いかかった。
「ひょおおおおおおおおおおっ!? おい! 夜半! 昨日より丸太の数が多いでおじゃる」
「昨日と同じ内容では修行になりません。まともにくらうと危ないですよ」
淡々と喋る夜半の目の前で義元は巨漢に似合わぬ軽快さを見せつけ、襲い来る丸太をすべて避け切った。
「はい。次の修行行きますよー、こっちに移動してください」
夜半に言われるがまま義元が後について行くと、川を見下ろす切り立った崖が現れた。
「なんだなんだ。この崖を下れとでも言うでおじゃるか? いくら麻呂が牛若丸のように身軽と言ってもこれは流石に無理というものでおじゃる」
「ご安心を。無理なことはやらせませんので」