織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第三章『女遊びと男の戦いは隠しようもないくらい派手にやれ』 ③

よしもと殿。貴公がブリュンヒルドを欲しがっているのは、やはりの忘れ形見を手に入れ、西のさいとうだいを申し込む大義名分にしたいからか?」


 ハンの問いによしもとの麻呂眉がピョンと跳ねた。


「いかにも。の内乱は誰がどう見てもさいとうの謀略。はつの施行前とはいえを使って不意打ちをするなど武士道にもとるやり口でおじゃる。さいとうわりから追い出し、の旧臣に国を治めさせる。さすればわが領内にさいとうの火の粉も及ばず安泰でおじゃるな」


 よしもとの構想を聞いてハンは確信した。先程のブリュンヒルドを巻き込もうとしたのはただの脅し。感情よりも利を優先できる人間ならば、利をもつて説けばよい、と。


「ならば、私めもご協力いたしましょう」

「協力? ホホホ、お前のようにさんくさい家臣はいらぬでおじゃる。いまがわが誇るさんえん駿すん四八姫の力をもつてすれば」

「そのの力を何倍にもして差し上げられると言っても」

「…………なんだと?」

「申し遅れました。私の名前はハン。魔法指南役としてこれまで一〇〇を超えるに魔法の使い方を指南し、その才を開花させてきた者でございます」


 よしもとは目を見張り、自分の顎をでた。


ハン……そのうわさは聞いたことがあるでおじゃる。部隊の創設にもお主が関わっていたというのはまことか?」


 の名前が出た瞬間、ブリュンヒルドは口元を押さえた。


「はい。かつて私は家の魔法指南役でした。今はさすらいの身ですが、よしもと殿が武士道をただすためにをなさるというのであれば、力を振るうことに何の異存もありません。どうか、私めの力をご利用ください」


 よしもとは「ふむ……」と少し考え込むと、家来のたちに振り返って問う。


「お前たち。この者の魔法指南を受けてさらに強くなりたいでおじゃるか?」


 すると、数十人のたちは一斉に、


「「「なりた──────い!」」」


 とおねだりの声を上げた。よしもとはニタニタとほほみ、ハンに振り返る。


「よし! 貴様のことは不問とするでおじゃる。いまがわ家の魔法指南役として懸命に励めよ」


 ハンもくどおり、この場を切り抜けることはできた。しかし、関わることを避けていたいまがわ家のおりの中に閉じ込められてしまったことも事実である。


 ハンとブリュンヒルドは離れのしきに通された。解放されたことにあんの息をき、ブリュンヒルドはいつもどおりの笑顔を振りまく。


「いや───、さすが先生! 素晴らしい口車でバカ殿を説き伏せましたね!」

「滅多なことを言うな。比喩抜きでここはよしもと殿の庭だぞ」

「あっ、そうでした……じゃあ、前みたいにおとんの中でお話ししましょうか?」


 揶揄からかうようにニタニタとした笑みを浮かべるブリュンヒルド。しかし、


のお姫様とどうきんするような不届きなこと、もうできない」


 一線を引くようにハンは目をらす。ブリュンヒルドはくされながらうそぶく。


「今さら家も何もないですけどね。お兄さまが死んだ時にの名前は捨て、じき同然にまで落ちぶれましたから。シャルロットに拾われなければ餓死してたでしょうね」

「命の恩人にあだを返すように借金作りまくってたのか……」

「いや、それはですね、彼女も悪かったんですよ。縁もゆかりもない私を甘やかして叱らない育児をするから私もつい増長してしまい」

「なお悪いわ! よしもとに頼んであの娘がらみの借金はのし付けて全部返せよ!」

「ええっ! イヤです! そんな借り作っちゃったら逃げられなくなるじゃないですか!?」

いことじゃないか。『海道一の弓取り』いまがわよしもと。申し分ない結婚相手だ! きっと、のぶなが様もご納得されることだろう!」


 のぶながの名前が出た瞬間、ブリュンヒルドはピタリと騒ぐのをやめて、歯を食いしばって拳をぎゅっと握り込んだ。


「あの……さっき、バカ殿が口走っていましたけど、先生って、家にいたんですか?」

「……ああ。そうだ。家の魔法指南役……というよりも、のぶなが様が俺に魔法指南役という役目をお与えくださったんだ」


 ハンの脳裏にのぶながと出会った頃の記憶が去来する。

※ 一〇年前────わり じよう ※

 のぶながの前に家のをかどわかした罪で一人の少年が縛られ座らされていた。


「テメエがウチのを横取りしたっていうクソガキか。誰に命じられた?」

「……誰の命でもない。俺の意思だ」


 と少年が答えると、のぶながは容赦なく頰を蹴り飛ばした。


「あの女をモノにするのにどれだけ手間と金をかけたと思ってやがる。テメエの命じゃ釣り合い取れねえぞ」

「知るかよ。アンタがフラれたからって、別に俺のモノになったわけじゃない」

「ほう……そうか、生きてるのか。どこに逃げた? 教えれば死なずに済むかもしれんぞ」


 てのひらで少年の命を転がすことを楽しむかのようにのぶながぎやくてきな笑みを浮かべる。しかし、少年からの返答は血混じりの唾だった。のぶながは頰についた唾を指で拭うと刀を抜いた。


「つくづくわからねえな。、こんなをした? あの娘は仕官口を失い、オレは手間と金を失い、テメエは命を失う羽目になった。誰が得をする?」


 はくじんは瞬時に少年の首を落とせるよう振り上げられていた。少年はそのことに恐れる様子も開き直る様子もなく、


「アンタは彼女を人殺しの道具にしか使えない。だから、俺は彼女の魔法に可能性を示し、正しい使い方を教えてやった。自分が安くたたかれていると知れば逃げるのは必定だ」


 と言って勝ち誇った。のぶながはくじんを振り下ろすと────少年の首の薄皮を裂くだけにとどめ、やいばを戻した。


「あの女の魔法は毒を作る魔法だろ? ちやさじひとさじで牛を即死させる程の毒を」

「毒だけではない。あのの魔法は『錬金術』。毒だけでなく、燃料や、薬、純金までも作ることができる。毒しか作れなかったのは彼女の魔法の使い方が拙かったからだ。修行次第でこの世のあらゆる物質を作れるようになる。そのことを説明して、砂糖を作らせてみた。その甘さに顔を綻ばせていたよ。毒よりよっぽどつくがあったんだろうな」


 少年の語り口はじようぜつだった。そして、のぶながは先ほどから何ひとつ自分の考えた通りに話が進まずナナメ上の答えばかり返ってくることにうつすら興奮していた。


「なるほど、オレの目が節穴だったということか。だが、この乱世においてを戦の道具にするのはオレの意思ではなく、世の流れというものだ」


 と、のぶながが言った瞬間、火がついたように少年は大声を上げた。


「違う! は、魔法の力は、か弱く心優しい少女たちが、理不尽な運命から身を守るために授けられたものだ! 断じて人殺しの力なんかじゃない!」


 少年のげきこうのぶながの家来や小姓は臨戦態勢に入った、が、のぶながは彼らをいさめた。


「魔法の話をする時、皆、似たようなことばかり語りやがる。あのの魔法は強いだの、こんな効果があるだの、自分が見聞きしたものを自慢たらしくな。魔法の発祥だの在り方だの説くやつはいなかった。誰も見聞きしていないことを語るクソガキよ。名前は?」

「…………ハンだ」


 少年は名乗った。


「男のくせに南蛮かぶれした名前だな。だが、南蛮のものは好物なんでね」


 のぶながはくじんハンの腕を縛る縄にませ、一気に切り裂いた。解放されたハンは戸惑ったが、当ののぶながは上機嫌だった。


「喜べ。死罪人からオレのおもちやに格上げしてやる。じっくり聞かせてもらおうじゃないか。魔法とは何か、をよ」



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