「義元殿。貴公がブリュンヒルドを欲しがっているのは、やはり織田の忘れ形見を手に入れ、西の斎藤に大魔擬合を申し込む大義名分にしたいからか?」
夜半の問いに義元の麻呂眉がピョンと跳ねた。
「いかにも。織田の内乱は誰がどう見ても斎藤の謀略。法度の施行前とはいえ魔姫那を使って不意打ちをするなど武士道にもとるやり口でおじゃる。斎藤を尾張から追い出し、織田の旧臣に国を治めさせる。さすればわが領内に斎藤の火の粉も及ばず安泰でおじゃるな」
義元の構想を聞いて夜半は確信した。先程のブリュンヒルドを巻き込もうとしたのはただの脅し。感情よりも利を優先できる人間ならば、利を以て説けばよい、と。
「ならば、私めもご協力いたしましょう」
「協力? ホホホ、お前のように胡散臭い家臣はいらぬでおじゃる。今川が誇る三遠駿四八姫の力を以てすれば」
「その魔姫那の力を何倍にもして差し上げられると言っても」
「…………なんだと?」
「申し遅れました。私の名前は夜半。魔法指南役としてこれまで一〇〇を超える魔姫那に魔法の使い方を指南し、その才を開花させてきた者でございます」
義元は目を見張り、自分の顎を撫でた。
「夜半……その噂は聞いたことがあるでおじゃる。織田の魔姫那部隊の創設にもお主が関わっていたというのはまことか?」
織田の名前が出た瞬間、ブリュンヒルドは口元を押さえた。
「はい。かつて私は織田家の魔法指南役でした。今はさすらいの身ですが、義元殿が武士道を糺すために魔擬合をなさるというのであれば、力を振るうことに何の異存もありません。どうか、私めの力をご利用ください」
義元は「ふむ……」と少し考え込むと、家来の魔姫那たちに振り返って問う。
「お前たち。この者の魔法指南を受けてさらに強くなりたいでおじゃるか?」
すると、数十人の魔姫那たちは一斉に、
「「「なりた──────い!」」」
とおねだりの声を上げた。義元はニタニタと微笑み、夜半に振り返る。
「よし! 貴様のことは不問とするでおじゃる。今川家の魔法指南役として懸命に励めよ」
夜半の目論見通り、この場を切り抜けることはできた。しかし、関わることを避けていた今川家の檻の中に閉じ込められてしまったことも事実である。
夜半とブリュンヒルドは離れの屋敷に通された。解放されたことに安堵の息を吐き、ブリュンヒルドはいつもどおりの笑顔を振りまく。
「いや───、さすが先生! 素晴らしい口車でバカ殿を説き伏せましたね!」
「滅多なことを言うな。比喩抜きでここは義元殿の庭だぞ」
「あっ、そうでした……じゃあ、前みたいにお布団の中でお話ししましょうか?」
揶揄うようにニタニタとした笑みを浮かべるブリュンヒルド。しかし、
「織田のお姫様と同衾するような不届きなこと、もうできない」
一線を引くように夜半は目を逸らす。ブリュンヒルドは不貞腐れながら嘯く。
「今さら織田家も何もないですけどね。お兄さまが死んだ時に織田の名前は捨て、乞食同然にまで落ちぶれましたから。シャルロットに拾われなければ餓死してたでしょうね」
「命の恩人に仇を返すように借金作りまくってたのか……」
「いや、それはですね、彼女も悪かったんですよ。縁もゆかりもない私を甘やかして叱らない育児をするから私もつい増長してしまい」
「なお悪いわ! 義元に頼んであの娘絡みの借金はのし付けて全部返せよ!」
「ええっ! イヤです! そんな借り作っちゃったら逃げられなくなるじゃないですか!?」
「良いことじゃないか。『海道一の弓取り』今川義元。申し分ない結婚相手だ! きっと、信長様もご納得されることだろう!」
信長の名前が出た瞬間、ブリュンヒルドはピタリと騒ぐのをやめて、歯を食いしばって拳をぎゅっと握り込んだ。
「あの……さっき、バカ殿が口走っていましたけど、先生って、織田家にいたんですか?」
「……ああ。そうだ。織田家の魔法指南役……というよりも、信長様が俺に魔法指南役という役目をお与えくださったんだ」
夜半の脳裏に織田信長と出会った頃の記憶が去来する。
※ 一〇年前────尾張 那古野城 ※
信長の前に織田家の魔姫那をかどわかした罪で一人の少年が縛られ座らされていた。
「テメエがウチの魔姫那を横取りしたっていうクソガキか。誰に命じられた?」
「……誰の命でもない。俺の意思だ」
と少年が答えると、信長は容赦なく頰を蹴り飛ばした。
「あの女をモノにするのにどれだけ手間と金をかけたと思ってやがる。テメエの命じゃ釣り合い取れねえぞ」
「知るかよ。アンタがフラれたからって、別に俺のモノになったわけじゃない」
「ほう……そうか、生きてるのか。どこに逃げた? 教えれば死なずに済むかもしれんぞ」
掌で少年の命を転がすことを楽しむかのように信長は嗜虐的な笑みを浮かべる。しかし、少年からの返答は血混じりの唾だった。信長は頰についた唾を指で拭うと刀を抜いた。
「つくづくわからねえな。何故、こんな真似をした? あの娘は仕官口を失い、オレは手間と金を失い、テメエは命を失う羽目になった。誰が得をする?」
白刃は瞬時に少年の首を落とせるよう振り上げられていた。少年はそのことに恐れる様子も開き直る様子もなく、
「アンタは彼女を人殺しの道具にしか使えない。だから、俺は彼女の魔法に可能性を示し、正しい使い方を教えてやった。自分が安く買い叩かれていると知れば逃げるのは必定だ」
と言って勝ち誇った。信長は白刃を振り下ろすと────少年の首の薄皮を裂くだけに止め、刃を戻した。
「あの女の魔法は毒を作る魔法だろ? 茶匙ひとさじで牛を即死させる程の毒を」
「毒だけではない。あの魔姫那の魔法は『錬金術』。毒だけでなく、燃料や、薬、純金までも作ることができる。毒しか作れなかったのは彼女の魔法の使い方が拙かったからだ。修行次第でこの世のあらゆる物質を作れるようになる。そのことを説明して、砂糖を作らせてみた。その甘さに顔を綻ばせていたよ。毒よりよっぽど作り甲斐があったんだろうな」
少年の語り口は饒舌だった。そして、信長は先ほどから何ひとつ自分の考えた通りに話が進まずナナメ上の答えばかり返ってくることに薄ら興奮していた。
「なるほど、オレの目が節穴だったということか。だが、この乱世において魔姫那を戦の道具にするのはオレの意思ではなく、世の流れというものだ」
と、信長が言った瞬間、火がついたように少年は大声を上げた。
「違う! 魔姫那は、魔法の力は、か弱く心優しい少女たちが、理不尽な運命から身を守るために授けられたものだ! 断じて人殺しの力なんかじゃない!」
少年の激昂に信長の家来や小姓は臨戦態勢に入った、が、信長は彼らを諫めた。
「魔法の話をする時、皆、似たようなことばかり語りやがる。あの魔姫那の魔法は強いだの、こんな効果があるだの、自分が見聞きしたものを自慢たらしくな。魔法の発祥だの在り方だの説く奴はいなかった。誰も見聞きしていないことを語るクソガキよ。名前は?」
「…………夜半だ」
少年は名乗った。
「男のくせに南蛮かぶれした名前だな。だが、南蛮のものは好物なんでね」
信長は白刃を夜半の腕を縛る縄に嚙ませ、一気に切り裂いた。解放された夜半は戸惑ったが、当の信長は上機嫌だった。
「喜べ。死罪人からオレの玩具に格上げしてやる。じっくり聞かせてもらおうじゃないか。魔法とは何か、をよ」