織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第三章『女遊びと男の戦いは隠しようもないくらい派手にやれ』 ②

 半笑いでハンは首をかしげた。ちなみに、ハンは『まひる』モードである。素性を隠し、ブリュンヒルドのそばにいるには、女装するのが手っ取り早いと考えてのこと。趣味ではない、はずである。


「クンカクンカ……むむっ! こちらに嗅いだことのない匂いがするでおじゃる!」


 よしもとは目隠しをしたまま鼻の穴を膨らまし、ブリュンヒルドに近づいてきた。


「ふむ……若いおなの匂い。としは一五そこそこでおじゃるが、大人の香りが朝露のように浮かび上がってきてなんとも────」

「とりゃああああああっ!」


 胸元に迫ってきたよしもとの鼻にブリュンヒルドの正拳突きがたたまれた。


「ぐばっはあああ─────っ!」


 よしもとが鼻血を噴き出し大の字に倒れたのを見て勝ち誇るブリュンヒルド。


「ブリュンヒルドぉぉおおおっっっ!? 何をしでかしけつかるでございますかああっ!!」

「だ、だってキモかったんです!」

「キモくてバカ殿みたいな格好してても偉い人なんだよっ! 殴るやつがあるか!」


 真っ青な顔でブリュンヒルドを叱りながらハンよしもとに目を向ける。


「あいた〜〜〜〜! 鼻血が止まらないでおじゃる〜〜〜〜! 死ムゥうう!!」

「おいたわしや! 『いやしの水、荒野の渇きを潤したまえ』───【女神の絶対領域アクエリアス】」


 深紅の髪のよしもとの顔をでるようにして魔法をかけると五秒とかからず傷が癒え、何事もなかったかのようによしもとが立ち上がった。それを見てハンは唇をむ。


(傷の修復、血の補給、痛みの除去のすべての効果を持つ治癒魔法……完成度が高すぎてそだがないレベルだ……)

「痛たたた……くはもうないけど、いきなりなにしてくれるでおじゃる?」


 よしもとに詰め寄られたが、ブリュンヒルドはされることなく反論する。


「なにしてくれる? こっちのセリフですよ! ミスコンで優勝して気分が良かったのに、脅されてここに連れてこられたんですよ! 今すぐ帰らせてください! お土産付きで!」

「ミスコン……じゃあ、お前がはままつで有名な美少女ということでおじゃるか?」

「ふぅん、私ってそんなふうに言われているんですかぁ……さすがに面と向かって美少女って言われると照れくさいものですね。ねっ?」


 と自慢たらしい視線をチラチラと送られてハンはうんざりした。


「民草の間では『借金だらけのうつけ姫』『歌って踊れる火薬庫』『見た目は最強、行動は最恐』と派手な異名がつけられておったな」

「別の人じゃないですか? あんまりうわさに踊らされちゃいけませんよ」

「人の鼻を折った現行犯がよくも抜け抜けと言えたものでおじゃる……」


 よしもとの言葉にハンも同意するように首を何度も縦に振った。


「で、そちの名は?」


 よしもとに目をつけられたハンは全力で美女を演じる。


「わたしはブリュンヒルド様の侍女のまひる────」

「そういうのいいから。ずいぶん自分の美貌に自信があるようでおじゃるが、匂いでお前が女を抱いたことのない男であることくらいわかるでおじゃ」

「ぶち殺すぞっ!? 取り消せっ! 貴族かぶれのバカ殿野郎がっ!」


 ハンが鬼の形相でよしもとの首を絞め始めた。


「先生! 落ち着いて! どっちが地雷ですか!? ナルシストの方ですか!? それともどう

「ヒロインがそんな言葉使うなっ! そもそもお前が────────ッ!?」


 ハンが反射的によしもとから手を離し、身を反らした。次の瞬間、シュパァン! と音が鳴り、鮮血が舞った。


「先生っ!」

「かすり傷だ。だが、動くな」


 ブリュンヒルドをかばうように前に立ったハンは腕に斬り傷が刻まれている。そして、部屋中の女のてのひらが銃口のように突きつけられている。この部屋にいる女は皆、である。

 よしもとでている。いまがわ家をまもり、他家と戦う強力な兵器である彼女たちの女の部分を我が物とすることで支配欲を満たす。倒錯しているようで道理の通った性癖である。


「さっきからなんでおじゃる! 初対面の麻呂を殴ったり首絞めたり野蛮すぎでおじゃ!」

「一理あるが、アンタも大概だろう。ミスコンで女を集め、誘拐まがいのやり方で愛人を増やそうだなんて。この部屋の面々だけで質も量も十分だろうが」


 さいはつこうがんに目が行きがちだが、不思議とは顔立ちのい者が多い。種々の宝石をかき集めたようなけんらんごうなハーレムはよしもとの権勢の一端を示していた。


「別に美しい女をでたいからミスコンを開いたわけではないでおじゃる。サラ!」


 よしもとに呼び立てられて、紺色の髪をしたが前に出てきた。まだ、としわかく一四、五という風貌に加えて他のにヘコヘコと頭を下げている様子から比較的低い立場にいる者とハンは推測する。一方、ブリュンヒルドはスッ、と顔を横に背けた。


「姫様! おなつかしゅうございます! かつてお仕えしておりましたサラでございます!」

「あ……あっはっはっは! 『姫様、おなつかしゅうございます』ですって! 漫画でしか見たことないセリフですよ! 知らない人です、全然」


 わざとらしいほどの大声で笑うブリュンヒルドだが明らかに顔が引きつっている。


「そんなぁ! あなたの思いつきや突飛な行動に付き合わされていたせいで、地元で再就職できず駿するまで流れてきた私をお忘れになるなんて!?」

「あっはっはっは、よくできたストーリーですね。ひめしようより漫画家になるべきですよ! それはさておき、きよに面白い漫画を描く人がいましてね」

「漫画みたいな雑な話の逸らしかたやめてくださいよ! 相変わらずですね!」

「俺は立て札漫画くらいしか読まないが……後ろめたいことがあるキャラの仕草だ」

「先生までやめてくださいよ〜。私がお姫様だなんて漫画じゃあるまいし────」

「漫画、漫画としつこいでおじゃる! しかし……語るに落ちたでおじゃるな。麻呂は最初からお前だけを探していたのでおじゃるよ、ブリュンヒルド…………いや──」


 よしもとは満足そうに目を細め、告げる。

 


のぶながの妹、いちひめよ」


 

 ハンあつに取られた後、恐る恐るブリュンヒルドの顔を見た。いつも自信とふてぶてしさにあふれているその表情が、悪さをとがめられた子供のように力なくおびえたものになっていた。


のぶながの父であるのぶひでは女好きで子沢山でおじゃったの。それものぶなが暗殺の嫌疑をかけられほとんどが粛清されて残っておらぬが、まさか南蛮の血を引く娘が野に放たれているとは」

「ひ、人違いですよ! 私が、家の……姫だなんて」

「心配せんでもさいとうに売り渡すようなはしないでおじゃるよ。のぶひでのぶながも、戦場で相まみえた時は憎たらしかったが、いざくなられてしまうともの寂しいものでおじゃる。どちらもがたでおじゃった。そのよしみでそなたのことは悪いようにはせんでおじゃるよ…………そっちの女装男は別でおじゃるが」

「エェッ!? なんでですか!? 先生も悪いようにしないであげてくださいよ」

「女装してしきに忍び込み麻呂の首を絞めてきたの馬の骨ともわからん男に優しくする義理も得もないでおじゃるよ!」

「…………正論だな」


 狙い損ねることがないようにじり寄るたち。よしもとの号令ひとつで魔法が一斉に放たれる。そんな状況でブリュンヒルドはハンかばうように立ちはだかった。


いちひめ!? どくでおじゃる!」

「どきませんっ! 先生を殺そうとするなら先に私を殺しなさい!」

「わかったでおじゃる! 皆の衆! いちひめもろとも」

「ちょ───っと待ってください! 悪いようにはしないんじゃなかったんですか!? 私、の忘れ形見ですよ!」

「麻呂はその時の気分を大事にするでおじゃる! 今の気分は『邪魔ならば 殺してしまえ ホトトギス』でおじゃる!」

「くっ……その時の気分で動く人はタチが悪いです!」


 ブリュンヒルドはすごすごとハンの後ろに隠れた。


「お前は何をやりたかったんだ……」

「先生を守ろうとしたに決まってるじゃないですか。言わせないでください、恥ずかしい」

「おちょくるために前に出たかと思っていたよ」

「結果として私もピンチです……どうしましょう」


 両手を上げて降伏の意思を示すブリュンヒルド。ハンはため息をつきながらも打開策の端っこがつかめたような気がした。



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