織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第三章『女遊びと男の戦いは隠しようもないくらい派手にやれ』 ①

 久方ぶりに戻ったはままつの街の往来は男女がほぼ五分五分の比率で歩いていた。そんなありふれた光景がハンの目にはみた。


「つくづくのやの仕事はきつかったなあ。前のこめろうもなかなかだったけど……やはり、お前を連れ歩くようになってからではないだろうか」

「それは、私と出会ったことで世界が色づいたということですか?」

「厄介事を引き連れてくるやくびようがみじゃないかって疑ってるんだよ。次は無難な仕事がいい」

「じゃあ、私はどんなつまらない仕事でも先生が楽しめるように努力します」

「犯行声明か? 俺は屈さないぞ」


 軽口を飛ばし合っているとせんそうえきの店にたどり着くのはあっという間だった。

 

 奥のしきに通されたハンそうえきにでっち上げたなおとらとおつるの悲恋話を語った。うわさばなしが広まれば二人が行方をくらましやすくなる、ともくんだハンなりのアフターサービスである。


「なるほどなるほど……やっぱ男の娘は女装しているより、少年っぽい格好で無防備にわきとか太ももとか露出してる方があはれやなあ」

「見てきたかのように言うな。そこまで事細かに説明してないだろ」


 ニタニタと笑いを浮かべるそうえきあきれ、ハンは大きなため息をいた。


「しかし、今回もブリュンヒルドに振り回された。話せない苦労話が山ほどある」

「お大名相手にやられている商いなんて、知りすぎるとろくなことにならへんからな。聞かせてもらわんでも結構。それにしても毎度のことながらブリちゃんは飽きさせてくれへんなあ」

「まったくだ。次はどんなことをやらかすのか……考えるだけで頭が痛い」


 皮肉っぽい言い回しをしながらも、ブリュンヒルドを邪険にしているわけではない。

 魔法を指南することはできるが、ブリュンヒルドのように大勢の民を沸かし楽しませることなどハンにはできない。乱世に振り回される人々にとって彼女のライになる。平和で人心穏やかなればは自身の力に溺れたり悪用したりすることなく共存できるようになるだろうから、それだけでもブリュンヒルドを連れ回すがある……というのは自分自身にも向けた建前で、実のところは単純に彼女との道中が楽しかったのだ。


「てっきりブリちゃんに寄生されているだけかと思いきや、満更でもなさそうやんけ」

「寄生されているのは事実だろ。ああ、アイツがいないと心穏やかかな


 ブリュンヒルドはチョコバナナの収益をそうえきに渡すと早々に街に繰り出した。そのおかげでハンはゆっくりとそうえきてた茶の味をたんのうできていた。


「そういやハンくん。いまがわの殿さんのことは知っとるか?」


 のやの騒動に一枚んでいることは口にしていないのに、いまがわの話題が出てきたことにハンは警戒した。


「一応、茶飲み友達でもあるんやけど、捉えどころのないお方や。高貴にして野蛮。臆病にして豪胆。破廉恥にして純朴。商人ぜいじゃ推し量ることすらかなわん。ただ、言えとるのは天下に最も近い大名であり、集めにご執心や。君さえ良ければ仕官の口いたろか」

「えらく唐突だな。茶飲みついでに頼まれたか?」

もちろんハンくんのことは話しとらんよ。やけど人のうわさが回るのは早いもんや。の名将ながひでいまがわの縁をつなぎ、家相手にを申し込んで、いえそうどうまでしずめたイケメン魔法指南役なんてあはれすぎるやろ」


 表向きの話とはいえ家のてんまつが既に伝わっていることにハンの背中が冷たくなった。その反応の一つ一つをつまみ食いするかのようにそうえきはつぶさに観察して、鼻を鳴らした。


「やけどまあ、いまがわの殿さんにそこまで義理立てすることないからな。忘れてええで」

「察しが良くて助かる。野心でギラギラした大名は好かないんだ」

「みたいやな。ええと思うで。手前もやけど身軽な方が人生は楽しいもんな」


 立派にはんじようしている店を切り盛りする立場で身軽とはこれに、と思いながらハンが再びちやわんに手を伸ばすと、番頭が部屋に入ってきた。


「失礼します、旦那様」

「失礼するなら帰りなはれ。まったく客人と語ろうとる時に無粋なやっちゃの」

「も……申し訳ありません。ですが、お耳に入れたいことが」

「なんや。お前の粗末なものは耳にでも入るんか? フハハハハ! さっさと済ませ!」


 流れるようなパワハラとセクハラ。そうえきの下で働く者は大変だ……と、ハンは茶をすする。


いまがわ家主催のミスコンに金髪青眼のが飛び入りして大騒ぎになっています!」


 ブッハアアアアアアアアアアアッ! とハンは茶を噴き出した。


「第一回! はままつミスコンテストの優勝者は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜飛び入り参加をしてくれた『ブリュンヒルド』ちゃんに決定しました! おめでとうございます!」


 舞台の上で司会者が高らかに声を上げる。ブリュンヒルドは笑顔をいて、観衆を沸かせていた。


「わ〜〜〜〜っ! ありがとうございます! で、賞品は?」

「あら、現金な娘! だがそこもい! とりあえず今のお気持ちは!?」

「どんな相手の挑戦も受けます! 私の首をってみなさい!」

「ん〜〜〜っ! 勝ったのはミスコンだよ。格闘大会じゃないよ。では賞品の発表です。今回のミスコンで優勝したブリュンヒルドちゃんには……」


 舞台の上にるされた大きなくす玉がパカっと開く。


『海道一の弓取り! いまがわよしもとの側室になる権利!』と書かれた紙が出て────


「権利を放棄します」

「地の文に対して食い気味でのリアクション! 素晴らしい反応速度だが、ちょっと黙れ」

「嫌ですよ! 賞品をくださいって言ったのにどうして私が賞品になっているんですか!?」


 ごねるブリュンヒルド。取り押さえようとする司会者。彼らに襲いかかるよし

 その光景を見て、ハンはまたしても大騒動に巻き込まれることを予感した。


 いまがわ家はあしかが将軍家においていつとされるの庶流であり、『あしかがの血が絶えればが継ぎ、が絶えればいまがわが継ぐ』という言葉がささやかれるほどの名家である。さらにほうじようたけといったもと屈指の名将とよしみを結んでおり、かつての主君、のぶながから「天下取りの最大の障害」だとハンは聞かされていた────


「聞かされていたんだが……」


 駿すんじようないの御殿にやってきたハンは寝所と言うには広すぎるひやくじようじきの大広間に通された。そこにはとんが敷き詰められていて、何十人ものよしもとが遊戯にふけっていた。


「鬼さんこちら! 手の鳴る方へでおじゃる〜〜〜!」

「えいっ……あらやだっ、お館様ったらもうお脱ぎになられて」

「鬼といえば裸と相場が決まっているでおじゃる。見てくれ、このそそり立つ我が金棒を」

「すごく……大きいです……」

「そうであろう、そうであろう! よーし! 次も麻呂が鬼じゃ! この金棒をぶちかますでおじゃる〜〜」


 寝巻き姿のたちをふんどしいつちようで追いかけ回す巨漢の中年男。顔は真っ白に塗られ、ぷっくりとした唇に毒々しい紫色の口紅を施した不気味な容貌である。


「どう見てもバカ殿じゃないか」

「バカ殿なんて言っちゃダメですよ。商標に触れるかもしれません」

「バカ殿であることは否定しないんだな……というかお前、本当にアレの嫁になるの?」

「なるわけないじゃないですか。逃げてもよかったんですけど、そうしたら取り逃がした人たちが罰されるかもしれないので情けをかけてあげたんですよ。『いまがわよしもとはバカのくせに執念深い』と父と兄から聞かされていましたので」

「お前の父と兄があのバカ殿が嫌いなことはわかった。しかし、他人のこと気遣えるんだな。俺のことは無茶苦茶振り回すのに」

「イヤですねえ。先生は他人じゃないじゃないですか。もはや私の一部です! 運命も借金もいちれんたくしようですよ。だから付いてきてくださったんでしょう」



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