織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ⑯

「……素晴らしいことだな、って思ったんです。先生の仕事も、そのおもいも。にも憧れていましたし、私もごとをしてみたかったんです。先生が私をだと勘違いされていることも気づいてましたけど、利用しました。ごめんなさい」


 ペコリ、と頭を下げながらブリュンヒルドは続ける。


「借金は……絶対に返します。そうちゃんに預けますので、ちょくちょくはままつのお店に取りに行ってください。今まで……お世話に────ん?」


 ハンの肩が震えていることにブリュンヒルドは気づいた。


「ああ……先生もつらくて泣いているんですね……ただでさえ寂しい成人男性の一人旅。なまじ私を知ったせいで太陽が消えたように暗く寒々しいものになるとは思いますが──」

「笑ってんだよ! このアホめ!」


 ハンはしてやったりという顔で罵った。


「あ、あほ?」

「ず─────っと、調子に乗りっぱなしだからやり返したんだよ。ちょっと無言になったくらいで殊勝に謝ってくるあたり、まだまだ小娘よのう」


 手のひらで転がされたことに気づき、頰を膨らませるブリュンヒルド。


「ハハハ、てっきり、魔法指南を求めて俺に付いて回っているのかと思っていたんだがな」

「受けさせてもらえるなら是非! 『魔法を全く使えないサボり癖のある女の子でも、たった三ヶ月で片手間に天下が取れる!』的なやつを」

「そんなやつに天下を渡せるか。そもそもになれなければ魔法は使えない。そして、一三のとしを過ぎて、ただの娘だった者がとなった例はない」

「年齢制限厳し過ぎやしません? を選ぶ神様ってなんですか?」

「純粋で心優しい人間に絞ろうとした結果なんじゃないか……知らんけど」

「ええっ!? だったらどうして私が選ばれていないんですか?」

「本気で疑問に思うお前の感覚が俺には疑問だよ……」


 あきれたようにため息をつきながらもハンの横顔は穏やかな笑みをたたえていた。


「魔法は使えないですけど、先生のお手伝いはさせてもらえる、ってことでいいですか?」

「そもそもお前は俺の借金のカタで働く羽目になったんだろうが。せいぜい使い潰してやるから覚悟するんだな」

「ええ、先生が言うなら火の中でも水の中でも飛び込みますよ、私の代わりによしが」


 名前を呼ばれた途端、キッチンカーの窓からよしが首を出して応える。


「姫さまのためなら喜んで!」


 今回の騒動の収束において最大の功労者とも言えるよしだが、高らかに手柄を主張することなく、ブリュンヒルドの下僕に徹し続けている。ハンは、


(こいつ、しかるべき主人を得たらメチャクチャ出世しそうだな)


 とその才を惜しまないでもなかったが、ブリュンヒルドに忠義を尽くしているよしが何よりも楽しそうなので、野暮なことは口にしなかった。

 互いのことを知り、それでもともに旅を続けることになった三人は、しばらくこんな日々が続くと思っていた。

 

 だが、時は乱世。

 ブリュンヒルドがハンの弟子として旅をするのはこれが最後のこととなる。



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