織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征く

第二章『一肌脱ぐ、と女性に言われると少しドキッとしてしまう』 ⑮

 ハンの魔法指南は魔法をうまく使えるようにするだけのものではない。魔法の正しい使い方、さらに言えば魔法を誰かのために使う心構えを説くものであるとなおとらは理解した。

 おつるもその場に平伏し、ハンに頭を下げた。


「……数々のご無礼、お許しください。ボクの傲慢さが主人とその魔法を暗殺のための凶器におとしめるところでございました」

「おつる……それを言うなら我だって……のやを守るどころかこれまで尽くしてくれた家臣たちを遠ざけ、このような騒ぎまで……当主失格だ」

「まあ、気に病むことはないですよ。大名なんて大抵はわがままで嫉妬深くてこだわりとクセが強い厄介者と相場が決まっておりますので。それに、家の問題は解決しそうですし」

「それはどういう────」


 おつるが尋ねようとした、その瞬間、


「つっかまえましたああああああ!」


 ブリュンヒルドが背後からガバっと抱きついた。


「はい! 捕まえましたよ! は私の勝ちです!」

「はぁっ!? ブリュンヒルド!? 貴様どこから湧いて出た!」

「失礼ですね! 火事の中、謎のと大立ち回りを演じ、撃退した私に対して!」


 お前はいったい何をしていたんだ!? とハンが突っ込む前になおとらが声を上げた。


「火事……そうだ! 急ぎ戻って消火の指示をせねば!」

「ああ、大丈夫ですよ。なおもりさまと名乗る方が家来を引き連れて助けに来てくれましたから。もう鎮火に向かってます」

「「なんだとっ!?」」


 なおもりの帰還になおとらとおつるおののいた。混乱に乗じてのやを奪還しに来たと思ったからだ。


「これも貴殿の策か!? ハン殿!」

「え……知らない。なに、それ怖い」


 ハンよしに命令するどころか、相談一つ受けていない。全貌を知るのはのやを出た後のことである。


「結局、元サヤということか。仕方あるまい。ボクが腹を切って騒動の始末をつけよう。かんしんと愚民にかつげられたのであれば、とらの処遇はいくらかマシなものになるだろう」

「ダメだ! そんなの! つるが死ぬなら我も後を追うぞ! ようなどせぬからな!」


 再び死ぬ死ぬ言い出した二人にハンあきかえったが、ブリュンヒルドは違った。状況を一切把握してはいないが、困っている人を見ると反射的に手を差し伸べたくなる性分なのだ。


「ああ、じゃあ二人とも死んじゃったことにしてのやから出てはどうです?」


 その提案に全員がきようがくした。


「二人が助かった、って知っているの私と先生だけですし、多分いけますって」


 ハンうなりながら考えたが、これ以上の策はないと結論づけた。


「たしかに、死んだことにすればさまざまな遺恨はになり、いまがわにらまれることなく、のやも元通りになるかもしれん……ブリュンヒルド、花丸だ」

「フフン。まあ、家来を守ってあげるのも主人の務めですので!」


 ドン、と胸を張るブリュンヒルド。彼女の中では自分がの勝者になっている。おつるは言いたいことが山ほどありそうな不満顔だったが、なおとらはスッキリした面持ちで笑った。


つる! もうよい! ともに逃げよう! お前と一緒なら、我はどこまでだって跳べる!」


 そう言ってなおとらはおつるの手を握り、魔法を唱える。


「【一寸発心センチメンタル】!」


 すると、なおとらとおつるそろって二〇メートルほど離れた場所に瞬間移動した。髪の毛一本運ぶことのできなかった魔法が一人の人間を運べるまでに成長していた。


「勘所をつかんだか。やはり、破格のだな」

「カッコつけてるところ失礼しますが……アレは健全な男女のあり方でしょうか」


 ブリュンヒルドの足元には二人が着ていた衣が落ちている。


「わ───っ!? わ────っ!? とら!! ボクを運べているのはすごいが裸────!」

「あれっ! できると思ったんだがなあ……まあ、いいか」

「よくないっ! ボクが着せた衣も無駄になったじゃないか!」

「誰かに見られる前に行けば問題ない! 【一寸発心センチメンタル】!」


 ブリュンヒルドとハンは消えていく全裸の二人を複雑な気持ちで見送った。


 のやじようの火災は翌朝には完全に鎮火した。

 しかし、火元である蔵にいたおつるは焼け死に、追うようにしてなおとらも火に飛び込んだ。筆頭家老であるおつるの正体は家に因縁のある家の嫡男。いろけでなおとらに近づいてのやを分断し、家の悲願である家乗っ取りを企てていた。

 ところが、おつるなおとらを本当に愛してしまった。なおとらもまたおつるを真剣に慕っていた。主君とかんしんが結ばれるようなことになってしまえば、家の家名は地にち、崩壊するだろうとおつるは思って自害し、なおとらもおつるを追って心中した────

 

 と、いう悲恋話がのやに広まった。身勝手だ、となじる者もいたが、民の多くは同情的で二人の純愛に涙を流した。

 なおとらの父であるなおもりは再び家の当主に返り咲き、最初に行ったことはなおとらとおつるを丁重に弔うことだった。それにより、なおとらに取り立てられていた女たちはりゆういんを下げ、のやは一つにまとまっていく。そして────


「本日のライとこの曲をなおとらさまとおつるさまにささげます。どうか、聴いてください────『何度生まれ変わっても』」


 優しくどこかノスタルジックなバラードソング。それをしっとりと歌い上げるブリュンヒルドとメロウなギターをかなでるよし。大勢の観客は静まり返り彼女の歌に聴き入る。中には感極まって泣き出す者もいた。

 きゆうきよ開かれた追悼ライのこされた者たちに対するとなり、二人への鎮魂歌レクイエムとなった。

 


「筋書きどおりに事が進んだな」


 キッチンカーに乗ってハンはこっそりと家の領地を出た。ブリュンヒルドのライに民は引きつけられており、彼らを気に留める者はいなかった。

 のやから離れたところでハンがキッチンカーの扉を開けると、中から旅装束に身を包んだなおとらとおつるが出てきた。


「何もかもかたじけない」

「気にしないでください。好きでやっていることなので。ブリュンヒルドは特に」


 ハンがそう言うとおつるった笑いを返す。


「悲恋話をでっち上げた挙句、それにまつわる曲を歌って人心を操るなど発想がナナメ上すぎる。あの女、バカなのか傑物なのかよくわからん」

「後者だろう。なんと言ったって我らの主君だからな」


 女装をやめたおつると男装をやめたなおとらは並んでのやの方角を見つめ、おもいをせた。


ハン殿、貴殿のご指南がなければ、過ぎた魔法の力によって修羅にち、悲惨な運命にまれていただろう。鍛えていただいた魔法は貴殿に恥じぬような使い方をしていく」


 凶器として使われかねない魔法が人を救う魔法として使われるようになる。ハンが魔法指南において最もやりがいを感じる瞬間であった。


ライは大成功! きゆうきよ作ったグッズも完売! なおもりさまからはほうまでいただいちゃいました! 騒動もありましたけど終わってみれば良いこと尽くめでしたね!」

よしも俺も危うく犯されそうになるし、命運を懸けたをやらされるし、お前がかたる不届き者だとバレたことも踏まえて、同じセリフが言えるか?」

「やだなあ、かたった覚えは一度もないですよ。訂正しなかっただけです」


 ペロリと舌を出して悪びれる様子もないブリュンヒルドにハンはため息をつく。しばしの沈黙の後、ブリュンヒルドは恐る恐るハンに尋ねる。


「あの……やっぱり、じゃないとダメですよね。先生の助手は?」


 無言のハン。しゅん、とした表情でブリュンヒルドはつぶやく。



刊行シリーズ

織田ブリュンヒルド信長は天下のナナメ上を征くの書影