──俺より強い奴に会いに行く。
1990年代に一世を風靡したゲームジャンル、『格闘ゲーム』を象徴する言葉だ。
ネットも家庭用ゲームも満足になかった彼の時代、当時の猛者たちは地元を制するだけでは飽き足らず、より強き者を求めてその身一つで全国を回ったという。
──お前より俺の方が強い。
ただそれだけを証明するために、戦わずにはいられない。
そんな愚かしくもどこか美しい兵たちの熱狂が渦巻いた、古き良き時代から幾星霜──。
時は2055年。
インターネットは宇宙にも広がり、誰もが高性能な個人端末を持ってて当然。家庭用ゲームの進化はめざましく、今や自室で全てが完結する。何もかもが満たされていて、戦いの要らない時代になった。
しかし──そんな時代になってさえ。
あるいはそんな時代だからこそ、戦わずにはいられない。
そんな酔狂たちの熱が渦巻く、新たな戦いの世界があった。
それこそが『Virtual Reality Fighting』──通称VRF。
仮想現実のゲーム世界でプレイヤー同士が実際に戦う、次世代型対戦格闘ゲームである。
〈──さあ、世界中の『レジェⅡ』ファンの皆様! お待たせいたしましたッ!〉
〈世界最強の栄冠を手にするのは、果たしてどちらかッ!?〉
〈アヴァロン・カップ2055──グランドファイナル!〉
〈1P側、時雨《蒼氷竜》! 対するは2P側、GLAZE《戦鬼》!〉
〈行ってみましょぉぉぉぉぉぉ────────────ッ!!!!〉《おなしゃーす!》
【──ROUND1……FIGHT!】
超満員の両国国技館が、歓声で地鳴りのように揺れる。
実況解説も付いた大箱での興行はさながら本物の格闘技だが、VRFのそれはまた異なる。
観客たちが見つめているのは、国技館中央の巨大な空間に投影されたARビジョンだ。仮想世界で激戦を繰り広げる二人の男が、文字通り異次元の臨場感と音響で映し出されている。
観客たちはみな、それに熱狂しているのだ。
昨今のAR/VR技術の革新を追い風に受けたゲーム業界の隆盛は凄まじく、その関連興行が『Vスポーツ』と称されるようになってもはや久しい。今やその規模は、現実のスポーツ興行と比べても何ら遜色ない。
となれば、それを生業とするプロが現れるのも自然な流れであり、
「はあッ!」「おおおッ!」
ここで鎬を削る両者は、まさにそのプロのプレイヤーだ。
彼らにとって、VRFはゲームであっても遊びではない。
己の存在意義を測られる、まさに命を懸けた戦いなのだ。
さて。
そんな世界で生き抜く彼らは、常人とは一線を画した強さの修羅たちなのだが──、
【──K.O.!】【SHIGURE WIN!】
【──K.O.!】【SHIGURE WIN!】
【──K.O.!】【SHIGURE WIN!】
そんな修羅たちが束になっても歯が立たない、圧倒的な頂点として君臨する男がいた。
それが時雨──。
【神童】の二つ名で称される、まだ17歳の少年だった。
〈うおぉおおお────────っ!? 時雨、信じられません!〉
〈一時はマッチポイントまで追い込まれ、ついに破れるかと誰もが思いましたが──〉
〈そこから神がかった粘りと猛追ッ! リセットをかけ、ついに王手をもかけた!〉
〈戦いはフルラウンドフルセットッ! このラウンドの勝者が、世界を手にします!〉
激闘は最終局面を迎える。
勢いは猛追をかける時雨にあったが、対するGLAZEもここまで上り詰めた猛者中の猛者だ。齢34──歴戦の強さで勢いを押し止め、じわじわと時雨を追い込んでいく。
〈ああーっと!? 時雨、僅かに残って──体力、残り1ドット!〉
〈もはや何を掠ってもその場で終わりだ!〉
間違いなく絶体絶命。
しかし、時雨はそんな背水の状況すらも楽しんでみせるかのように──、
にやり、と不敵に笑ってみせた。
「っ……!?」
吞まれたGLAZEが思わず下がる、
──とんっ。
その足を、前へ踏み込んだ時雨の蹴りが刺した。
〈うぉおおお──────っ!? 逆択中足ッ! コンボが入るっ!〉
〈いやしかし………倒し切りには僅かに足りないか!?〉
(──足りるさ。……こうすればッ!)
──ずがんッ!
〈あああ──────っ!? 時雨、補正切り中段ッ! これはっ!?〉
「う、お、ぉおおおおおお────────ッ!」
[中W⇒2中W⇒CD⇒2強W⇒【氷流転式】⇒【天空閃】⇒J2中S⇒DJ2中S⇒J強W⇒J強W]
時雨が無双の剣舞を舞う。
完走できれば世界一。失敗すればその場で即死。
天国と地獄の狭間で踊る少年はしかし、この場の誰よりも無邪気に笑い──、
【──MYSTIC ARTS:蒼天雪華】
秘奥義まで見事に完走。マントが靡く後ろ姿を、大観衆に見せつけた!
【──K.O.!】【SHIGURE WIN!】
〈き……決まったぁああああ─────っ! これぞ背水の大逆転劇!〉
〈アヴァロン・カップ2055! 優勝はイナズマゲーミング所属、時雨────っ!〉
〈そしてこの瞬間──前人未到の大記録!〉
〈VRF史上初! 15歳からの、アヴァロン・カップ三連覇達成だ───ッ!!〉
× × ×
『──俺より強い奴? いるなら会ってみたいもんだなぁ!?』
……なんてことを優勝インタビューの場で豪語したあと、時雨は肩で風を切り、会場二階の通路を歩いていた。
「フッ。三連覇の神童、堂々トイレへ……!」
時雨は酔っていた。もちろん自分に。
ギリギリからの逆転勝利ほど気持ち良いものはなく、しばらくルンルンで歩いていると、
「……ん?」
通路にひとり、帽子を被った小学生ぐらいの男の子を見つけた。見た感じすごく心細そうで、放っておけない。
「どうした? はぐれちゃったか?」
その場にかがみ込んで声を掛けると、
「……What?」
英語が返ってきてぎょっとする。
アメジストみたいに綺麗な瞳に白い肌。正対して初めて、外国人だと気が付いた。
(まっずい!? 英語なんか喋れんぞ!?)
言葉が出なくて固まってしまう。一方で男の子は目を見開き、嬉しそうに叫んだ。
「Shigure……!?」
「お……? イ、イエス。アイム時雨。プロフェッショナル・ファイティングゲーマー」
カタカナ英語でぎこちなく親指を立てる。するとどうにか伝わってくれたようで、
「Oh my gosh……!? Is it really you, Shigure!?」
男の子は目を輝かせ、一気呵成に話してくれた。
何を言っているのかは勿論分からない。
だけど何を言いたいのかだけは、泣きそうになるぐらい伝わった。
──試合最高だったよ。
──観に来てよかった。
──大好きだよ!
「Good Game. My Hero!」
「……Thank you」
時雨は屈んだまま、男の子をぎゅっと抱きしめる。
胸いっぱいに溢れた気持ちを、精一杯の言葉で伝えた。
「I love you」
しばらくすると、男の子の両親が慌てた様子でやって来た。
どうやら見立て通り迷子だったらしい。流暢な日本語で「何かお礼を」と申し出てくれた。お礼を言いたいのはこっちの方だが、ご厚意に甘えて言葉を訳してもらい、少しだけ少年と話させてもらった。
「君も格闘ゲームをやるのか?」
「ううん。初めて見た。でも……やってみたい」
「おおっ! 是非始めてくれ!」
時雨は目を輝かせる。
「格闘ゲームは宇宙一面白いぞ。特に、頑張れば誰でも強くなれるのが最高だ」
「おー……。じゃあぼくも、時雨みたいに強くなれる?」
「なれるよ。絶対」
時雨は屈み込んで、少年と対等に目を合わせる。
「強くなってくれよ。今度は、戦いの場で会おう」
「……! うん!」
「何年でも待つ。楽しみにしてるぞ」
心臓に手を当てて、時雨は誓う。
「──俺はいつでも、頂点にいるから」
想いの丈は全て伝えた。
そろそろ行かなければならないとご両親に伝えると、
「シグレ選手。よければこの子と、最後に写真を撮ってくれませんか?」
「はい、もちろんです!」
時雨が少年と肩を組む。
この美しい瞬間を、誓った約束を、一生覚えていようと思った。
2055年の夏。
時雨が『神童』と呼ばれていた、最後の夏──。
「それでは撮ります。3、2、1──……」