VirtuaReality FighterZ ―空手王者がVR格ゲーに挑んだら?―

ROUND3:挑め、背水の逆転劇 ③

「ごめんはこっちだよー。色々お世話になったのに、この上送ってもらっちゃってさあ」

「別に構わない」


 あの後、纏(てん)火(か)とは遅(おそ)くなるまでゲーセンで遊んだ。並び待ちがあるからずっとプレイという訳にはいかなかったが、その間に話もたっぷり出来たから随(ずい)分(ぶん)仲良くなれたと思う。

 で、遊んだあとは流れで一(いつ)緒(しよ)にファミレスで夕食をして、駄(だ)弁(べ)って……今に至る。


(ゲームってすごいよな。……性別も立場も年(ねん)齢(れい)も、全部違(ちが)うのに友達になれる)


 大人になった今、その尊さが改めて沁(し)みる。

 ちなみに全ての会計は当然大人の時雨(しぐれ)が持ったが、意外なことに纏(てん)火(か)は結構気にしているらしい。この程度(一応)社会人の時雨(しぐれ)からしたら小(こ)銭(ぜに)にすぎないが、そういえば学生の金銭感覚は違(ちが)うんだった。

 一々懐(なつ)かしくて、なんだか愛(いと)しい。


「本当に気にしなくていい。こういうのは順番だからな」

「順番?」

「俺も学生の頃(ころ)はよく、ゲーセンの兄ちゃん姉ちゃんに奢(おご)ってもらったり送ってもらったりしたんだ。そのときの分を、今返してる」

「……なーる。じゃああたしも、将来返せばいっかー」


 纏(てん)火(か)が背もたれにどっかり体重を預け、足を組んだ。

 この野(や)郎(ろう)、と時雨(しぐれ)は笑う。

 不(ふ)遜(そん)で面(おも)白(しろ)い女。だけど色々許してそう思えるのは、自分が歳(とし)を取ったからだろう。

 高校の頃(ころ)に纏(てん)火(か)がいたら、間(ま)違(ちが)いなく鼻についていた。


(……そう思うと、歳(とし)取んのもたまには悪くないか)


 穏(おだ)やかな気持ちで運転しながら、しばらく話す。


「ねえぐれ兄〜。夏休みもまた遊んでよう。あたし超(ちよう)ヒマジンでさあ」

「俺より学校の友達と遊べばいいだろ」

「無理無理かたつむり。みーんな夏期講習とか部活ばっかし」

「ああ……まあ、高2は大事な時期だしな。ちなみに部活に戻(もど)るってのは?」

「ないっす」と纏(てん)火(か)が淡々と首を振(ふ)る。


「もう、冷めちった」

「……まあ、気持ちが切れたもんはな」


 纏(てん)火(か)がしばらく空手一筋で生きてきたことや、敵がいなくて冷めたことは聞いていた。おしゃべりな性格もあるだろうが、堰(せき)を切ったようにそればかり話していたので、しがらみのない誰(だれ)かに吐(は)き出(だ)したかったのかもしれない。気持ちは痛いほど分かる。


「構ってやりたいのは山々だが、夏は忙(いそが)しいんだ。特に8月は身動きが取れない」

「えぇー!? そんなぁー!?」

「悪いな。……ただ、忙(いそが)しいのはそこまでだ」


 赤信号に引っかかり、ブレーキを踏(ふ)む。

 胃が踏(ふ)まれたように、ため息がこぼれた。


「夏が終われば、俺もずーっと夏休みだ。いくらでも相手してやるよ」

「え? どゆこと?」

(……まあ、どうせ明らかになることか)

「今の所属チーム──IGNITEとの契(けい)約(やく)期間が、来月末で切れるんだ。このままだと契(けい)約(やく)更(こう)改(かい)はナシ。平たく言うとクビってことだな」

「ええっ!? 何でっ!?」

「……勝ててないからだよ。これ以上ないシンプルな話だ」


 契(けい)約(やく)更(こう)改(かい)の条件は、二年以内に何かしらの大きな大会で優勝することだった。

 だが、結局それは叶(かな)わなかった。

 悪いのは自分であり、そこに文句は一つもない。


「一応、ラストチャンスはもらったんだが……望(のぞ)み薄(うす)な上に、半分他力ってのはな……」

「どういうこと?」

「『MDC』っていうデカいお祭り大会が8月にあるんだ。忙(いそが)しいのはそのせいでな」


 車を進めながら、時雨(しぐれ)は簡単に説明する。

 MDCの主(しゆ)催(さい)はVRF業界のビッグボス、『レジェ』シリーズ開発元のアヴァロン社。

 二人一組のチーム対(たい)抗(こう)戦(せん)で、アヴァロン公(こう)認(にん)プロチームから選出された6チームが戦う。

 ただし、あくまで各チームから出てくるのは代表プロ選手一名のみという点に特色があり、


「もう一人の相棒は、VRF初心者を連れてくるんだ」

「いいっ!? 何ソレ!?」

「と言ってもアレだぞ? VRFの初心者ってだけで、他の界(かい)隈(わい)では大人気だったり凄(すご)い実績を残してたりする有名人ばっかりだぞ」


 要は他業界から沢(たく)山(さん)お客さんを呼び込み、そのままVRFのファンになってもらいたい。

 大枚はたいてでも新規開(かい)拓(たく)やってくぞ、というアヴァロン肝(きも)煎(い)りの一大興行なのだ。


「MDCっていうのは、Master and Diciple Cupの略。日本語に直すと師(し)弟(てい)杯(はい)だ」

「……シテイハイ……」

「師(し)匠(しよう)と弟(で)子(し)の大会な。プロ選手は『師(し)匠(しよう)』となり、大会期間の三週間でVRF初心者を『弟(で)子(し)』としてみっちり鍛(きた)える。で、最後は背中を預け合う相棒として戦いに挑(いど)むんだ」

「おおお……!?」

「ちなみに予選会場は宵(よい)街(まち)スタジアム。本戦会場は両国国技館だ。チケットも既(すで)に完売済み」

「────────────────」


 急に黙(だま)ったので、運転中だが脇(わき)見(み)する。

 明らかに眼(め)の色が変わっていた。


「…………し…………」と纏(てん)火(か)が一(いつ)瞬(しゆん)溜(た)めて、


「──師(し)匠(しよう)っ!!!」


 腕(うで)をガッと掴(つか)んできた。車の軌(き)道(どう)がぎゅわんとたわむ。


「危ねえ馬鹿ッ!!! 運転中だぞ殺す気か!?」

「ねえそれ出たいっ! あたしを出してよMDC!」

「はあ……!? 何訳分からんことを」

「自分いけます! 空手最強です! めっちゃ可(か)愛(わい)いです! ジュルスケも空いてます!」


 それから、と輝(かがや)く目をして纏(てん)火(か)が続ける。


「時雨(しぐれ)選手のファンです! 一(いつ)緒(しよ)に戦えるなんて夢みたい!」

「…………その気持ちは嬉(うれ)しいが……」


 こんな不(ふ)振(しん)の中でもそう言ってくれる存在がいることに、心が動く。

 でも無理なものは無理なのだ。もう何ヶ月も前から弟(で)子(し)は決まっている。

 それにこんな大きな話を、『やりたい』の情熱だけで動かせるわけが──、

 ──ぴぴぴ。ぴぴぴ。

 ──着信:村(むら)重(しげ)オーナー


「……!? 悪い、そこのコンビニに停(と)める! 一(いつ)瞬(しゆん)降りてくれ!」


 滅(めつ)多(た)に話さない相手から、このタイミング。

 とてつもなく良(い)い、悪い予感がしていた。


× × ×


「──右(みぎ)腕(うで)を骨折…………ですか…………!?」

『ウム。撮(さつ)影(えい)中の事故、ということらしい。人気アクション俳優というバックボーンは面(おも)白(しろ)かったが、こういうリスクをもっと重く見るべきだった。……MDCまでには治らん。今回は弟(で)子(し)枠(わく)を辞退するしかないという話で、今し方先方から速報と謝罪が来た』


 重(じゆう)厚(こう)な嗄(か)れた声が、通話越(ご)しに響(ひび)いてくる。

 今年でもう70歳らしいが、オーナーの圧は衰(おとろ)えるどころか年々増している。


『オファーに最終的なゴーを出したのは私だ。今回は、本当に申し訳なく思う』

「いや、そんな。仕方ないですよ。……しかし実際問題、どうするんですか?」

『規模が規模だけに、穴は空けられん。代理を探すことになるだろうが、彼と比(ひ)肩(けん)するほどの人物のスケジュールを直近で、しかも練習期間込みで押さえるとなると至難を極(きわ)めるね』


 そこでだ、とオーナーが口調を軽くする。


『君、誰(だれ)か適任を知らんかね? もちろん誰(だれ)でもという訳にはいかんが』

「……それ、私に聞くんですか?」

『みぞれくんのようなツテがあるのではと思ってな。それに、君から聞くのがスジだろう』


 愉(たの)しそうな声(こわ)音(ね)でオーナーは言う。


『君の首を懸(か)けた、一世一代の見世物だ。命を預ける相手の希望ぐらいは聞こう』

「……性格悪いな、マジで」

『はっはっ。言えた立場かね?』

「まあ、ですね。こんな崖(がけ)っぷちまで追い込まれる奴(やつ)がそもそも悪い」


 でも不思議なことに、氷(ひ)川(かわ)時雨(しぐれ)という男はいつもそうで。

 こういう絶望的な状(じよう)況(きよう)でこそ、もうやるしかないって逆に笑えてきて。

 大逆転への一筋の光を、ぐっと掴(つか)んで這(は)い上(あ)がる──。


「代わりならいますよ。……こいつしかないってぐらいの奴(やつ)がね」


 

 外に出て、ばたん、と車の扉(とびら)を閉める。

 駐(ちゆう)車(しや)場(じよう)の車止めブロックの上でヤンキー座りをしていた纏(てん)火(か)はすぐに気付いて、獲(え)物(もの)を見つけた獣(けもの)みたいに駆(か)け寄(よ)ってきた。


「ねえ、さっきの続き! あたしを出せえ! えむ・でぃー・すぃー!」

「……お前、好きなアイスは?」

「え……なに急に。もしかして食べ物でごまかす気?」

「いいから言ってみろ」と構わず流す。

 纏(てん)火(か)は頰(ほお)を膨(ふく)らませ、ジト目で睨(にら)んできた。


「ハーゲンダッツ。夏限定のやつね!」

「フッ。国宝級の図(ずう)々(ずう)しさだな」


 時雨(しぐれ)は財(さい)布(ふ)からクレカを抜(ぬ)き出(だ)し、手首を利(き)かせて纏(てん)火(か)に投げる。


「好きなだけ買ってこい。ご家族への手(て)土産(みやげ)分も含(ふく)めて」

「い……?」

「お前は未成年だから、出場には親の許(きよ)諾(だく)が必要だ。……勝ち取ってこいよ。弟(で)子(し)」

「っ……! 押(お)忍(す)っ!! 師(し)匠(しよう)!!!」


 太陽が出てきたみたいに明るくなった纏(てん)火(か)の表情を見て、時雨(しぐれ)は苦(く)笑(しよう)する。

 プロになって十年以上、色んな大会を戦ってきた。優勝したこともあれば、初戦で負けたこともある。昔はそれを全て実力だと思っていたが、今は違(ちが)う。

 強さは勿(もち)論(ろん)大切だけど、勝つためにはもっと俗(ぞく)で大切なものがある。


「──纏(てん)火(か)。お前は今回、間(ま)違(ちが)いなく『持ってる』」


 試合を観(み)てくれた後、引き寄せられるようにゲーセンで出会えた。

 MDCに出たいと言ったら、本当にそんなチャンスが転がり込んできた。

 一つなら『偶(ぐう)然(ぜん)』の一言で済むかもしれない。

 だけど二つ以上重なるならそれは、『運命』と言える何かを持っているに違(ちが)いない。


「経験上、最後に勝つのはそういう奴(やつ)だ。……会ったばかりなのに、何をという話だが」


 勝てなくて、苦しくて、もうダメだと思(おも)い詰(つ)めていた。

 そんな自分を再び熱くさせてくれる程(ほど)のものが、この子には絶対眠(ねむ)っているから。


「お前に懸(か)けてみていいか?」


 時雨(しぐれ)が拳(こぶし)を突(つ)き出(だ)す。

 にーっと笑って、纏(てん)火(か)も拳(こぶし)を突(つ)き返(かえ)してくれた。


「任せな。あたしと出るからには、最低でも優勝だっ!」

「頼(たの)もしいな」


 ごつん、と熱い拳(こぶし)を弟(で)子(し)と交(か)わして。

 


「──よぉし。……じゃあ、ひっくり返してやるか!」


 

 時雨(しぐれ)の人生を懸(か)けた背水の逆転劇が、ここに幕を開ける。


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