「ごめんはこっちだよー。色々お世話になったのに、この上送ってもらっちゃってさあ」
「別に構わない」
あの後、纏火とは遅くなるまでゲーセンで遊んだ。並び待ちがあるからずっとプレイという訳にはいかなかったが、その間に話もたっぷり出来たから随分仲良くなれたと思う。
で、遊んだあとは流れで一緒にファミレスで夕食をして、駄弁って……今に至る。
(ゲームってすごいよな。……性別も立場も年齢も、全部違うのに友達になれる)
大人になった今、その尊さが改めて沁みる。
ちなみに全ての会計は当然大人の時雨が持ったが、意外なことに纏火は結構気にしているらしい。この程度(一応)社会人の時雨からしたら小銭にすぎないが、そういえば学生の金銭感覚は違うんだった。
一々懐かしくて、なんだか愛しい。
「本当に気にしなくていい。こういうのは順番だからな」
「順番?」
「俺も学生の頃はよく、ゲーセンの兄ちゃん姉ちゃんに奢ってもらったり送ってもらったりしたんだ。そのときの分を、今返してる」
「……なーる。じゃああたしも、将来返せばいっかー」
纏火が背もたれにどっかり体重を預け、足を組んだ。
この野郎、と時雨は笑う。
不遜で面白い女。だけど色々許してそう思えるのは、自分が歳を取ったからだろう。
高校の頃に纏火がいたら、間違いなく鼻についていた。
(……そう思うと、歳取んのもたまには悪くないか)
穏やかな気持ちで運転しながら、しばらく話す。
「ねえぐれ兄〜。夏休みもまた遊んでよう。あたし超ヒマジンでさあ」
「俺より学校の友達と遊べばいいだろ」
「無理無理かたつむり。みーんな夏期講習とか部活ばっかし」
「ああ……まあ、高2は大事な時期だしな。ちなみに部活に戻るってのは?」
「ないっす」と纏火が淡々と首を振る。
「もう、冷めちった」
「……まあ、気持ちが切れたもんはな」
纏火がしばらく空手一筋で生きてきたことや、敵がいなくて冷めたことは聞いていた。おしゃべりな性格もあるだろうが、堰を切ったようにそればかり話していたので、しがらみのない誰かに吐き出したかったのかもしれない。気持ちは痛いほど分かる。
「構ってやりたいのは山々だが、夏は忙しいんだ。特に8月は身動きが取れない」
「えぇー!? そんなぁー!?」
「悪いな。……ただ、忙しいのはそこまでだ」
赤信号に引っかかり、ブレーキを踏む。
胃が踏まれたように、ため息がこぼれた。
「夏が終われば、俺もずーっと夏休みだ。いくらでも相手してやるよ」
「え? どゆこと?」
(……まあ、どうせ明らかになることか)
「今の所属チーム──IGNITEとの契約期間が、来月末で切れるんだ。このままだと契約更改はナシ。平たく言うとクビってことだな」
「ええっ!? 何でっ!?」
「……勝ててないからだよ。これ以上ないシンプルな話だ」
契約更改の条件は、二年以内に何かしらの大きな大会で優勝することだった。
だが、結局それは叶わなかった。
悪いのは自分であり、そこに文句は一つもない。
「一応、ラストチャンスはもらったんだが……望み薄な上に、半分他力ってのはな……」
「どういうこと?」
「『MDC』っていうデカいお祭り大会が8月にあるんだ。忙しいのはそのせいでな」
車を進めながら、時雨は簡単に説明する。
MDCの主催はVRF業界のビッグボス、『レジェ』シリーズ開発元のアヴァロン社。
二人一組のチーム対抗戦で、アヴァロン公認プロチームから選出された6チームが戦う。
ただし、あくまで各チームから出てくるのは代表プロ選手一名のみという点に特色があり、
「もう一人の相棒は、VRF初心者を連れてくるんだ」
「いいっ!? 何ソレ!?」
「と言ってもアレだぞ? VRFの初心者ってだけで、他の界隈では大人気だったり凄い実績を残してたりする有名人ばっかりだぞ」
要は他業界から沢山お客さんを呼び込み、そのままVRFのファンになってもらいたい。
大枚はたいてでも新規開拓やってくぞ、というアヴァロン肝煎りの一大興行なのだ。
「MDCっていうのは、Master and Diciple Cupの略。日本語に直すと師弟杯だ」
「……シテイハイ……」
「師匠と弟子の大会な。プロ選手は『師匠』となり、大会期間の三週間でVRF初心者を『弟子』としてみっちり鍛える。で、最後は背中を預け合う相棒として戦いに挑むんだ」
「おおお……!?」
「ちなみに予選会場は宵街スタジアム。本戦会場は両国国技館だ。チケットも既に完売済み」
「────────────────」
急に黙ったので、運転中だが脇見する。
明らかに眼の色が変わっていた。
「…………し…………」と纏火が一瞬溜めて、
「──師匠っ!!!」
腕をガッと掴んできた。車の軌道がぎゅわんとたわむ。
「危ねえ馬鹿ッ!!! 運転中だぞ殺す気か!?」
「ねえそれ出たいっ! あたしを出してよMDC!」
「はあ……!? 何訳分からんことを」
「自分いけます! 空手最強です! めっちゃ可愛いです! ジュルスケも空いてます!」
それから、と輝く目をして纏火が続ける。
「時雨選手のファンです! 一緒に戦えるなんて夢みたい!」
「…………その気持ちは嬉しいが……」
こんな不振の中でもそう言ってくれる存在がいることに、心が動く。
でも無理なものは無理なのだ。もう何ヶ月も前から弟子は決まっている。
それにこんな大きな話を、『やりたい』の情熱だけで動かせるわけが──、
──ぴぴぴ。ぴぴぴ。
──着信:村重オーナー
「……!? 悪い、そこのコンビニに停める! 一瞬降りてくれ!」
滅多に話さない相手から、このタイミング。
とてつもなく良い、悪い予感がしていた。
× × ×
「──右腕を骨折…………ですか…………!?」
『ウム。撮影中の事故、ということらしい。人気アクション俳優というバックボーンは面白かったが、こういうリスクをもっと重く見るべきだった。……MDCまでには治らん。今回は弟子枠を辞退するしかないという話で、今し方先方から速報と謝罪が来た』
重厚な嗄れた声が、通話越しに響いてくる。
今年でもう70歳らしいが、オーナーの圧は衰えるどころか年々増している。
『オファーに最終的なゴーを出したのは私だ。今回は、本当に申し訳なく思う』
「いや、そんな。仕方ないですよ。……しかし実際問題、どうするんですか?」
『規模が規模だけに、穴は空けられん。代理を探すことになるだろうが、彼と比肩するほどの人物のスケジュールを直近で、しかも練習期間込みで押さえるとなると至難を極めるね』
そこでだ、とオーナーが口調を軽くする。
『君、誰か適任を知らんかね? もちろん誰でもという訳にはいかんが』
「……それ、私に聞くんですか?」
『みぞれくんのようなツテがあるのではと思ってな。それに、君から聞くのがスジだろう』
愉しそうな声音でオーナーは言う。
『君の首を懸けた、一世一代の見世物だ。命を預ける相手の希望ぐらいは聞こう』
「……性格悪いな、マジで」
『はっはっ。言えた立場かね?』
「まあ、ですね。こんな崖っぷちまで追い込まれる奴がそもそも悪い」
でも不思議なことに、氷川時雨という男はいつもそうで。
こういう絶望的な状況でこそ、もうやるしかないって逆に笑えてきて。
大逆転への一筋の光を、ぐっと掴んで這い上がる──。
「代わりならいますよ。……こいつしかないってぐらいの奴がね」
外に出て、ばたん、と車の扉を閉める。
駐車場の車止めブロックの上でヤンキー座りをしていた纏火はすぐに気付いて、獲物を見つけた獣みたいに駆け寄ってきた。
「ねえ、さっきの続き! あたしを出せえ! えむ・でぃー・すぃー!」
「……お前、好きなアイスは?」
「え……なに急に。もしかして食べ物でごまかす気?」
「いいから言ってみろ」と構わず流す。
纏火は頰を膨らませ、ジト目で睨んできた。
「ハーゲンダッツ。夏限定のやつね!」
「フッ。国宝級の図々しさだな」
時雨は財布からクレカを抜き出し、手首を利かせて纏火に投げる。
「好きなだけ買ってこい。ご家族への手土産分も含めて」
「い……?」
「お前は未成年だから、出場には親の許諾が必要だ。……勝ち取ってこいよ。弟子」
「っ……! 押忍っ!! 師匠!!!」
太陽が出てきたみたいに明るくなった纏火の表情を見て、時雨は苦笑する。
プロになって十年以上、色んな大会を戦ってきた。優勝したこともあれば、初戦で負けたこともある。昔はそれを全て実力だと思っていたが、今は違う。
強さは勿論大切だけど、勝つためにはもっと俗で大切なものがある。
「──纏火。お前は今回、間違いなく『持ってる』」
試合を観てくれた後、引き寄せられるようにゲーセンで出会えた。
MDCに出たいと言ったら、本当にそんなチャンスが転がり込んできた。
一つなら『偶然』の一言で済むかもしれない。
だけど二つ以上重なるならそれは、『運命』と言える何かを持っているに違いない。
「経験上、最後に勝つのはそういう奴だ。……会ったばかりなのに、何をという話だが」
勝てなくて、苦しくて、もうダメだと思い詰めていた。
そんな自分を再び熱くさせてくれる程のものが、この子には絶対眠っているから。
「お前に懸けてみていいか?」
時雨が拳を突き出す。
にーっと笑って、纏火も拳を突き返してくれた。
「任せな。あたしと出るからには、最低でも優勝だっ!」
「頼もしいな」
ごつん、と熱い拳を弟子と交わして。
「──よぉし。……じゃあ、ひっくり返してやるか!」
時雨の人生を懸けた背水の逆転劇が、ここに幕を開ける。