少し歩いてガード。少し歩いてガード。少し歩いてガード……繰り返して、徐々に。
「『レジェⅣ』には横軸が無いから、弾を『避ける』ってことができない。だから対処法は主に二つ。こうやって歩きガードでじりじり近づくか、」
纏火が続けて放った火球が、相手不在で空を切る。
「──こうやって、飛ぶかだ!」
「なぬーっ!?」
弾に合わせて前ジャンプ──上空で一回転して勢いを付けた時雨の刀が、脳天を叩いた。
纏火はくらっ、とその場でよろける。そのまま連撃で切り刻まれた。
「これがいわゆる飛び──ジャンプ攻撃だ。弾に嚙み合わせられたらでかいコンボが入って、相手の体力の四分の一は持っていける。とても強い行動だ」
(そ、そっか。横はないけど上はあるのか……!)
目からウロコだ。でも待てよ。
「あたし咄嗟にガード入れてたよ?」
「ダメだ。格闘ゲームは技を撃った後に必ず『硬直』って隙が出来るようになっている。その間はどんな入力も受け付けない。つまりいかに相手の技を空かして、その隙にこっちの技を叩き込むか、逆にいかに付け入る隙を与えないか。それがこのゲームの基本にして神髄だ」
(な、なるほど……!)
さっき戦ったとき、全然身体が動けなくなって負けたのはそういうことだったのか。
現実のように途中で引っ込めるワケにはいかない。もっと慎重に技を振らないと──なんて考えていたら、
「──ほれ、ほれ、ほれ、ほれっ」
今度は時雨がぴょんぴょん飛んできた。
これが落とせない。殴り返そうとしても技が潰れるし、ガードをしても硬直する。
「うざぁあああ────いっ!? 何これぇ!?」
「飛びは喰らうと最悪。ガードしても相手が先に動ける。だからこそ強力な行動だ」
「そんなの一体どうすんの!?」
「対空必殺技で咎める。撃ってみろ」
纏火が教わった通りに物理入力──、
「──焰昇拳っ!」
真上に飛び上がっての火炎アッパーで、時雨をぼこーんと叩き落とした。
「わはーっ!? 気持ちイイー!」
「OK。そんな感じで相手が飛んだら落とせ。じゃないと一生舐めた飛びを喰らうぞ」
「押忍!」
今度は弾と上空のやり取りは無しで、互いに地上から間合いを詰め合う。
くいくい、と時雨が指で招くので、
「──はあッ!」
素早く中段蹴りを繰り出す。が、上手く腕で捌かれた。
ならこのまま中段突きを追加で──、
「ほれっ」
ざくん! と時雨の刺突が腹に刺さる。
「痛ぁっ!? ちょっ……なんで出ないの!? あたしの中段突き!」
「言ったろ。硬直だ。技撃った後は固まるんだよ」
「あ……そっか」
「硬直は技によって変わる。基本的に小振りの技ほど短く、大振りの技ほど長い。あとは例外技も死ぬほど隙がでかい」
「例外技って?」
「ゲームに想定されてない技や連携のことだ」
例えば今の中段蹴りなんかがそうだ、と時雨が指摘する。
こんな技は《焰王獅》の通常技としてゲームに定義されてない。だから例外技と判定され、ガードされると大きな硬直ペナルティを負うことになってしまうのだ。
「ちゃんと補正ボタンを押しながら技を振れ。そうすればちゃんとゲームの技になる。最初は慣れないかもしれないが、やってるうちに元技の綺麗な省略動作が身についていく」
「おおお……!」
基本の大振りの技を元にして、実戦では省略した小振りの技を当てに行く、なんて。
(まんま武道じゃーん!)
「続き行くぞ。自分と相手、技の切れ目を意識して動け」「押忍っ!」
激しい打ち合いが始まる。
時雨が突く。これを捌く。
纏火が蹴る。躱される。
時雨が払う。手甲で受ける──。
(そっか。分かってきた……!)
技を撃ち切ると硬直してしまうから、ガードされた場合は自分の攻め番がそこで終わる。
今度は硬直目がけて相手が攻めてくるから、それをガードする守り番になる。
で、守り切ったらまたこっちの攻め。守り。攻め。守り。攻め──。
高速で切り替わる状況を把握して動く纏火に、時雨は頷く。
「分かってきたみたいだな。格闘ゲームの『高速ターン制』が」
「うん! ってか、守るのも気持ちイイこれ!」
何ならガードをずっと続けてもいいかも、と纏火がガードボタンを押しっぱにする。
(フッ……これってもしかして最強では?)
そんなに甘くない。
近づいてきた時雨が纏火の胸ぐらを掴んで氷漬けにし、ぽいっと投げた。
「ぎゃ────っ!?」
「ターン制に加えて、じゃんけんだ。『ガード』は『打撃』に勝てるが『投げ』に負ける。だが『投げ』はダメージが低い上に密着間合いである必要があるから、当てにいく前に『打撃』に潰される。相手の手を見て、読んで、自分の選択肢を変えていくんだ」
「お……押忍!」
「じゃんけんに負けたら超有利状況で相手のターンだ。特にダウンして起きた後は暴れるな。不利フレではガードを固めろ。相手の起き攻めでめちゃくちゃにされて、さっきみたいに即死だぞ。抗うには逆択もいいんだが──」
時雨が一気に加速して話す。
が、纏火は全く付いていけない。
(暴れる……ってなんじゃ? フリフレ? オキゼメ? ギャクタク……???)
謎語のオンパレードに、両目が『?』マークになる。
そんな纏火の様子に時雨も気付いて、
「あー……そうか。方言かこれ。ええっとだな……」と、困った顔で翻訳しようとする。
だけど、結局上手くいかなかったらしい。
「──もういいっ! 後で別途教えるから、今は身体で覚えろ!」
「……ふっ。あははっ! うん! そうする!」
この人好きだな、と纏火は笑う。
『伝説の男』とか呼ばれてるから取っ付きづらい人なのかな、なんて思ってたけど全然そんなことはない。初対面だなんて噓みたい。
まるで生き別れの兄に出会えたような親愛が、纏火には芽生え始めていた。
「ねえぐれ兄」
「ん?」
「格闘ゲーム、めっっっちゃおもろいね! 超ワクワクするっ!」
楽しくて仕方がないと、纏火は無邪気に笑う。
「……ああ。そうだな」
それを受ける時雨は、同じようには笑わない。
苦しそうな表情を、おそらく不器用な彼は隠すことができないでいる。
「──そうだったなあ……」
しかしその複雑な表情は、決して悪いという訳でもなさそうで。
最後の最後には、やっぱり同い年の少年みたいに笑ってくれた。
「面白いよ。……一生、止められないぐらいな」
☂
──見失っていた大切なことを、始まりの場所で思い出させてもらう。
言葉にしてみるとコテコテすぎて、正直気恥ずかしいぐらいだ。
だけど、来て良かった。初心を思い出せて良かった。
纏火にはもちろんだが、キッカケをくれた葉山には感謝の念に堪えない。
(人の助言は、やっぱり聞いてみるもんだよなあ……)
分かりきっていることなのに、大人になるとどうしてかそれが難しい。
でも今夜ばかりは、少年の頃に戻れた気分だった。
「──ぐれ兄。信号青だよ?」
「……ああ。すまん」
助手席で前を指す纏火に応えて、アクセルを踏む。
時雨の愛車──スカイラインのヘッドライトが夜を裂き、車道を滑るように動き出した。最近の車はすっかりEV化されているから、スポーツセダンでもエンジン音がまるでしない。
その分纏火がうるさいから、静かではないのだが。