直会カナエは暫し、落下その他の衝撃に身を浸して地面に伸び、
「── っ!?」
やがて不意に覚めて、素早く身を起こした。
そうして、見つける。
半壊した旧校舎の傍ら、胸に瞬く渦巻文を回しながら、それはゆっくりと身を起こした。機械の駆動音とも重量の軋みとも付かない金切り声が、一帯に響く。
巨大な、襤褸布を皮膚とした機械仕掛けの人型だった。
三階建ての屋根をゆうに超えた高さの頭部、口らしき穴に、何処からともなく集いくる無数の部品が吸い込まれている。最初は穴だらけの皮膚に覆われた骨組みとしか見えなかった巨体が、吸い込まれたそれら……歯車や発条を筋肉に、テンプやガンギを神経に、捻子やシャフトを血管に、容積と密度を増してゆく。
カナエは呆気にとられて、その威容を見上げていた。
「なんだ、あれ……」
「あれこそ私たちの敵──『友たるハイン』の生み出す、歪んだ運命の塊にして連鎖の起点、世界を破滅に導く運命の獣『死像』だよ」
肩の上から説明するパペットの口調も、どこか硬い。
これまで蹴散らしてきた雑魚などとは比べものにならない巨大さ、禍々しさだった。パペットの大仰極まりない説明文句も、現に聳えている脅威の姿を目にすれば、信じざるを得ない。
数十秒と経たず重量感の塊となった巨体は、身じろぎ一つで、校舎脇に立つ広葉樹の並木を裂き、根元からへし折る。痛みすら覚えさせるその音が、脅威に現実の危機感を加えていた。
と、カナエが眉を顰めて眺めやる。
「ん?」
動かすに足るだけの強度を得た足が、緩慢な歩行を始めていた。気付くのに時間を要したのは、あまりに大き過ぎて、視覚だけだと動いている実感が摑みにくかったためである。
「動き、出してるのか。あんなの、どうやって止めれば──、っ!?」
言う間に気付いて、カナエは顔色を失う。
「あいつの歩く先って、道沿いの校舎じゃないか! あそこは今も普通に使ってるんだぞ」
木々を薙ぎ倒して進む大重量は、一歩ごとにバランスを補正し、速さを増していた。このままでは、ほどなく学院の外にまで到達してしまうに違いない。
慌てて後を追いかけるカナエの肩で、パペットが言う。
「大丈夫……では全然ないけど、死像はクレンペルよりも運命への干渉力が強い。騒がれることは、たぶんないよ」
「たぶん? っていうか、騒がれる騒がれないの問題じゃないよ!」
頼りない保証へと突っ込む間に、一歩の大きな死像は早くも林を抜け、学院外郭に位置する校舎へと到達していた。圧倒的な体積と重量からなる巨体が、屋根の上に頭を覗かせ迫る。不幸中の幸いと言うべき偶然か、それとも核となっているモノの影響か、進行方向は校舎に掠らず、その間に付けられた広い石畳の通路に沿っていた。
パペットの言った通り、巨重の及ぼす地響きや、踏み潰される石畳に鉄柵、門の内側に駐車してあった自動車の上げる断末魔には不思議と、あるいは不自然に、気付く者がない。オバケ騒ぎの余韻にざわつく校舎内の様子が遠目にも窺える程度で、窓の外に発生している新たな、より大きなそれを、誰も見留めず、指差すこともない。
学院の外においても、同じ。むしろ無反応という状態が、光景の帯びる異常さを、より際立たせていた。緩い坂となっている大通りを行き交う人や車が、通りの真ん中へと歩み出た巨大な怪物を無視している……だけではなく、わざわざ避けているのである。まるで互いに示し合わせているかのような、奇怪で歪な日常の眺めだった。
その中を人知れず、しかし確かに圧して、死像は歩みを進める。
頭上遠く、旋回する渦巻文を背に浮かぶ『ハインの手先』に導かれ──終末の地へと。
息を切らしてこの後を追いかけながら、カナエは傍らに尋ねる。
「この力って、自分の足を速くする、とか、空を飛ぶ、とか、できないの?」
「できるよ」
パペットの即答に、カナエはすっ転びそうになった。
「最初から、言ってよ!!」
「いやだって、キミってば迂闊に教えるのが躊躇われるタイプって言うか」
「今はそういう、場合じゃ、ないでしょ……」
どっと力が抜けて、疾走がヘナヘナ歩きになる。
パペットは、それもそうか、と腕組みをして頷いた。
「さっき落下を止めたのと逆のやり方だよ。今いる場所で、キミが『そこに立っていることを止めて』しまえばいいの。落下のそれと併せて使えば、それなりに空を──」
ガン!
と説明の終了を待たず、即行で足下に十字印が穿たれる。
「やっぱりー!?」
叫ぶパペットを引き連れ、カナエは跳び立った。
巨体の内に囚われた、一人の少女を助けるために。
宙を舞う、というには乱暴過ぎる直線軌道を描いて。
行く先を見据えつつ、常識だの理屈だの打算だので足踏みしそうになる思考を、吹っ飛ばして後回しにするための呪文が──まさに今こそとばかり、口を突いて迸る。
「ええい、ままよ!」