カナエの星

山辺手梓の事情 1

 私の頭は特別、出来の良い方ではないと思う。

 ひがみやけんそんじゃない。せいせき上位者を見渡せば、なるほど、出来る人のふんというのは分かるものだ。理性や知性を自然にまとっていて、人より静かだったり外れていたりする。

 私は、そういう雰囲気を持ち合わせていない。

 せいぜい、押し出しが強いだけのぼんじんだった。そんな私が成績上位にまぎれていられたのは、だから単純に、必死に追いつくための努力をした、というへいぼんな行為の結果だった。

 そんな程度だった自分に、不満があったわけじゃない。

 ただ、こうとう一年生の二学期を修了したとき、成績が学年五位からこぼれたことを両親に責められたのは、こたえた。出来るようにがんってきた、という私の平凡ながら大変な行為を、出来るのが当然、と思うようになっていた両親は、まるで私がなまけて緩んだかのように、今度は頑張りなさい、気を引きめなさい、とき付けた。

 そんなことは、言われなくとも分かっている。人をりように放り込んだまま、顔も見に来ないくせに、私のなにを分かったふうに言うのだろう。いい気なものだ。

 三学期になって、引きぢかりようちようの手伝いを始めると、思うように自分の時間を持てなくなったが、それでも、より必死に努力したことで成績上位を保つことができた。そして、そうした以前とはやや違ったけい辿たどったことで、逆に気付かされた。私のめずらしくもない平凡な行為は、他人には見えていないらしい、ということに。

 皆、両親と同じで、山辺手梓は出来る人間だから出来る、としか思っていないのだ。特別頭の出来の良くない、平凡な私の本当の姿すがたを、だれも見ていない。

 きゆう校舎群のてんけん作業にり出されたのは、そんなころだった。自分を見ない他人の目がいやになっていた私は、無人のせいじやくしかない場所をさんさくすることに、しんせんな喜びを感じた。学校側が予定していたしよを調べ終えても、自主的な作業のけいぞくを申し出た。

 息抜きというより、まるでとうすいするように、私は無人の静寂を彷徨さまよった。いきづかいと足音しか聞こえない廊下を、歩くほどに続く校舎を、疲れたときほどしつこく、苦しいときほどたくさん。そこには、誰がかいするでもない、私だけしかいなかった。

 だから、その人を見つけたときは、不快感しか抱かなかった。

 その人は、私だけの空間にしんにゆうしてきたじやもの、だったのだ。